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第3話 先行き不安(松見
「見た?」
職場に飛び込んできた河野が、勇んで聞いてくる。
「見た見た。新しい経営者、凛々しくて男前だったわね」
三瀬が河野に勢い込んで答えた。そんなふたりの会話に、松見も加わる。
「けど、既婚者よ。薬指に指輪嵌めてたもの」
「松見さん、よく見てるわね」
「ふふっ。まあね。けど、新社長が引き連れてきた正社員たちは独身みたいよ。どっちも指輪嵌めてなかったもの」
「松見さん、いまどきは、結婚してても指輪してない人も多いわよ」
「それはそうだけど。でも、苺ちゃんがいたら、結婚相手にぴったりだったかも……」
思わず苺ちゃんのことを話題にしたら、三瀬も河野も顔をしかめる。
「苺ちゃんの話はしないでよぉ。寂しくなるじゃないのぉ」
河野から文句を言われ、松見は苦笑いしてしまう。
ついつい苺ちゃんを思い出して話題にしちゃうのよね。
苺ちゃんに復帰してほしくて、色々頑張ったけど……苺ちゃんはあの宝飾店でしあわせにしてる。
顔を見に行きたいけど、なんとなく行きづらくて、あれきりになってしまっている。
わたしだけじゃなくて、河野さんも三瀬さんも苺ちゃんに会いたいんだろうけど……
それはともかく、松見の勤めている会社の経営者は、本日付で代わることになったのだ。
苺ちゃんがこの会社に入ってきて以来、ぐんぐん業績を伸ばしていたのに、苺ちゃんが辞めちゃって、業績はどんどん落ち込んで行った。
もちろん、松見たちパートは頑張った。
この会社がつぶれてしまってはみんな困る。
だが、社長はパートが頑張らないからだと怒鳴るばかり。
社長の娘たちなど、最後まで我関せずの給料泥棒状態だった。
そんな状況が続き、松見たちは、いつ倒産の知らせが入るのだろうと戦々恐々としていたのだ。
そんなある日、経営者が替わるというニュースが飛び込んできた。
そして、そう日を置かず、社長は娘ともども会社を去り、新たな経営者がやってきたというわけだった。
「けど、かなりの金額で買収されたみたいね」
河野の言葉に三瀬が頷く。
「ええ。社長の娘たち、それはもうホクホクしてたわよ」
「つぶれそうなところを大金で買い取ってもらえたんだから、それは当然よね。倒産してたら、多額の負債が残ったんだろうから」
河野はふたりの会話を聞きながら、微笑んだ。
色々と困らされた社長だけど、なんだかんだで情もあった。
路頭に迷わず良かったと素直に思う。
河野も三瀬も、口では色々言うけれど、松見と同じ気持ちなのだ。
けど、今後この会社が、そして自分たちがどうなるのかわからない。
先行きは不安だらけだ。
そのとき、新しい経営者が職場に入ってきた。
松見は気を引き締め、ピンと背筋を伸ばしたのだった。
つづく
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