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19 皆目分からぬまま
な、なんかよく分かんないけど……
パチパチと盛大な拍手をいただき、腑に落ちないながらも、苺は頬を赤く染めて素直に称賛を受け取ることにした。
苺、褒められたっぽいぞ。
一時はどうしようかと思っちゃったけどね。
苺が居眠りをしていた事実、誰にも気づかれなかったみたいだ。
それにしても、どのくらいうたた寝しちゃってたのかな?
三人の様子からして、ほんの数秒だったような感じだったんだけど……
体感的にはもっと長かった気がして、苺としてはちょっと納得が……
ま、まあ、いいか。
自分の感覚を気にして、わざわざ問題視することもないよね?
結果的に問題は起こらなかったわけだしさ。
「鈴木さん、何をしているんです。店舗の場所は決定しました。時間を無駄にしても意味はない、さっそく次のミッションに移りますよ」
「ミ、ミッション?」
おおっ、なんか凄いかも!
苺が感激している間も、三人は書類を手になにやら活発に意見交換をしておいでだ。
まさにできる男たちって感じで、ぽーっと見惚れてしまう。
な、なんかさ。この場に一緒にいる苺も、大事業に携わってる感じがするよね。
うひょーーーっ!
内側からビリビリしたものが突き上げてくるんだけどぉ。
「鈴木さん、トイレに行きたいのではありませんか? ならばさっさと行っていらっしゃい」
興奮に身を震わせていたら、爽はそんなトンチンカンなことを言ってくる。
「違いますよっ!」
失礼な爽に、苺は鼻息荒く返事をし、さらに言葉を続けた。
「苺はいま、ミッションって言葉に興奮してるんですっっ!」
「そうでしたか。失礼しました。しかし、貴女の興奮した姿は、トイレを我慢しているようにしか見えませんね」
「はあっ⁉」
クールな顔で、な、なんという失礼なっ!
たとえ愛する相手であっても、許せないぞっ!!
「トイレに行かないのであれば、出掛けますよ」
爽に言い返す言葉を、頭の引き出しをひっかきまわして探していた苺はぽかんとした。
「出掛けるんですか?」
いまここに来たばっかりで、会議も始まったばっかりなのに……出掛けるのか?
「ええ」
爽は携帯を手にしていて、画面を見つつ上の空っぽい返事をする。
見れば、藍原さんもドア口に立ち、携帯を操作している。
なんか誰も彼も、ずいぶん忙しそうだな。
そんなことを思いつつ、岡島さんを探して部屋を見回した苺は「あ、あれっ?」と眉を上げた。
「岡島さんがいませんけど……どこに行っちゃったんですか?」
いまのいままでいたよね?
「彼は車を手配しに行きましたよ。さあ、行きますよ」
爽に背中を押され、苺は社長室のプレートがつけられた新しいオフィスを後にした。
エレベーターに乗り込み、下まで降りたら、大型の乗用車が目の前に横付けされていた。
「藤原社長」
車の横には三人のスーツ姿の人たちがいて、みんな爽に向けて恭しく頭を下げた。
この人たち、お屋敷のスタッフさんなの?
けど、三人ともいままで見たことないな。
「では、怜」
爽は岡島さんに向けて声を掛けた。
「はい。皆様もお気をつけて」
仕事の顔で岡島さんは頭を下げる。
「苺、ほら乗りなさい」
爽に促され、苺はよく分からないまま、車の後部座席に乗り込んだ。
続いて爽も隣に乗ってくる。
そして藍原さんは助手席に乗り込んだ。
運転手は、苺の知らない男の人だ。
結局、苺たちの乗った車は、岡島さんとふたりの見知らぬ男の人に見送られて出発した。
いまさらだけど、岡島さんは黒いファイルを手にしていた。そしてそれと同じものを爽と藍原さんも手にしている。
「いま十時過ぎたところか……昼食は……」
爽は独り言のように言い、なぜかちらりと苺を見てきた。
「な、なんですか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
なんでもない顔じゃないんですけどね。
不審な目つきで爽を見ていたら、携帯で誰かと小声で話していた藍原さんが爽に話しかける。
「爽様。やはり、今日は無理とのことです。目的地を変更せざるを得ませんが?」
藍原さんは爽に向けて言ったが……
無理ってなにが?
それに目的地を変更せざるを得ませんって?
「そうだな。そうするとしよう」
藍原さんの言葉を爽はすべて呑み込んでいるようで、彼は当たり前に返事をする。
けど、苺は何も呑み込めていないんだよ。
「何を、そうするって言うんですか? 苺、全然分かんないんですけど……」
黙っていられず、そう突っ込む。
そうしたらその瞬間、運転手さんがひどく驚いたような反応をした。
な、なに?
どうも苺、この運転手さんに強烈に興味を抱かれているような?
もちろん異性として興味を持たれたとか、そういうのではなくて……そう、まさに珍獣を見ているような?
「目的地は……さて、どちらにしましょうか」
爽が曖昧に言うので気にかかり、苺は運転手から爽に意識を戻した。
手にしていたファイルを、爽は一部藍原さんに渡している。
そのファイルは、なんなんだろうね?
しかし、三人とも持っているのに苺は持たせてもらえてないとか、ちょっと物足りないんですけど。
けど、いまはそんなことより……
「目的地が決まってないんですか?」
「ええ。もう少し待ってください」
爽がそう言ったところで、運転手さんが「あの」と藍原さんに話しかけ、さらに「車を停めたほうがよろしいでしょうか?」と聞く。
藍原さんは首を横に振った。
「予定通りで構いませんよ。このまま進んでください」
そう指示を受けた運転手さんは、藍原さんの言葉に頷き、その後は運転に集中したようだった。
状況は皆目分からぬまま、苺は流れ去る景色を眺めたのだった。
つづく
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