苺パニック




お知らせ
・こちらの32話ですが、31話との間に、11周年記念の「主の憂い」が入っております。それを踏まえて読んでくださいね。


32 創作魂



一心不乱に作業していた苺は、疲れを覚えて手を止めた。

う、うーむ。
集中しすぎてたかな。首と肩らへんがこっちゃったよ。

苺はいま、彼女のメインの仕事である新しいお店の模型作りをしているのだが……

こういう作業してると、つい夢中になり過ぎちゃうんだよね。

両目を閉じて眉を寄せ、凝り固まった首をぐるっと右回りに回したら、ゴキッゴキッと音がした。

「お疲れだねぇ、苺」と、笑い交じりに自分を労いつつ、彼女は周りに視線を向けてみた。

あれ、誰もいない。

爽と藍原さんがいたのに……ふたりともいつの間にいなくなっちゃったんだろう?

岡島さんは、昨日からどこぞに出張中だ。

それしても、宝飾店で働いていた時は、順番でお休みを取っていたから、全員揃ってるってことがなかなかなかったんだよね。
いまは基本、土日がお休み。

新しいお店を開店させたら、また順番にお休みを取ることになるんだろうから、この状況はいまだけの特別ってことか。

しっかし、バイト辞めてから、苺の生活はめまぐるしく変化してくよなぁ。

苺は頬杖をつき、宙に視線を向けて考え込んだ。

松見たちのことを思い出し、口元が自然と弛んでくる。

ふふっ。ほんとよかったよねぇ。

それもこれも藍原さんのおかげ。

つぶれる寸前だった元バイト先の会社が、まさかあんな風に変貌を遂げてたなんてさ。まさに、奇跡を見た。

あれから、もう数回に渡って顔を出してもいる。なんと取引先としてだ。

新しいお店で使う贈答用のパッケージなんかを、作ってもらう予定になっているのだ。

苺は満ち足りた気持ちで立ち上がり、窓に歩み寄った。

今日は朝からずっと雨で、景色はたっぷり潤ってる感じ。

アジサイの季節だねぇ。

そうだ。苺、紫陽花がいっぱい咲く場所を知ってるんだよ。
次のお休みにでも、爽を誘ってみようかな。

苺はうんうんと頷き、自分の机に駆け戻った。
そして、水色の紙を取り上げると、せっせと折り始めた。

………

「鈴木さん?」

背後から藍原に呼びかけられて、苺はくるりと振り返った。

気づかぬうちに藍原が戻って来たらしい。

「お帰りなさい」

「どうですか、模型の進み具合は?」

藍原さんは苺が手にしている水色の物体を見つめておいでで、それと気づいた苺は焦って机の下に隠した。

「うん?」

眉をひそめられて、しまったと気づく。

何も隠すことはなかったんだ。
隠したりしなければ、これも模型のパーツの一つだと思ってくれたかもしれないのに……

だが、すでに遅い。
焦って隠したことで、これがそういうものでないと藍原さんにはバレバレだ。

仕事中に折り紙してたなんて……

「ご、ごめんなさい」

気まずい顔で謝ったら、「それはなんなのですか?」と聞かれた。

「えーと……アジサイです」

「アジサイ?」

「こ、これをいっぱい作って、組み立てると……アジサイに」

口ごもりつつ説明したが、藍原さんは腑に落ちない顔をする。

なんで仕事中にアジサイなんぞを作っているんだ? と、思ってらっしゃるんだろうなぁ。

さらに気まずさが増してきて俯いていたら、藍原さんの手がすっと伸びてきた。

驚いている間に、手にしていたアジサイのパーツをもってゆかれた。

「ふむ」

見上げると、ずいぶん興味深そうに見ていらっしゃる。

「何を見ずとも、織れるのですか?」

「一度折ったことのあるものなら、だいたいは」

「驚きましたね」

「そ、そうですか? ああ、でも、仕事の一環だったんですよ」

「仕事……ああ、そういうことですか」

一を聞いて十を知る藍原さん、すぐに悟ったようだ。

「前の職場でよく作ってたんです。飾りにしたりすると喜ばれて……」

「ですが、かなりの手間でしょう?」

「時間はかかりますけど、苺こういうの作るの好きですから」

藍原さんは苺を見つめて、ちょっとだけ微笑んだ。

そういう笑みはあまり見たことがなかったので、ちょっとびっくりしてしまう。

「あ、あの、それじゃ……すぐに仕事に戻るですから」

「鈴木さん、これを完成させてください」

藍原さんは手にしていたアジサイのパーツを机の上にそっと置き、そして自分のディスクに歩み寄って、すぐに仕事を始めた。

そんな藍原を、苺は困惑顔で見つめてしまう。

仕事中なのに、ほんとにこれを完成させちゃっていいのかな?

けど、そう言われたし……

怒られたりしなかったんだから、素直に指示に従った方がいいのかな?

苺はそう結論を出し、アジサイ作りに取りかかったのだった。





ちょうど良かったよね。

仕事を終え、爽の運転する車に乗り込み、苺はニンマリ笑った。

ひさしぶりにアジサイを作ったことで、折り紙創作魂に火がついた苺だった。

今日は金曜日。毎週金曜日は、苺の実家で一晩過ごすことになっている。
もちろん爽も一緒だ。

そして苺の部屋には折り紙や、折り紙に使える紙がいっぱい仕舞い込んであるのだ。

どのみち爽は、苺の父の宏や兄の健太とお酒を飲んだりして時間を過ごす。
苺は苺で、あれこれ作って楽しむとしよう。

まこちゃんも、もうお座りができるくらいまで大きくなっている。
折り紙で色々作ってあげたら、喜んでくれるかもしれない。

うん、絶対喜ぶよね。

「ご機嫌ですね」

軽く跳ねるように身体を動かしていたら、爽が話しかけてきた。

「はい。創作魂に火がついちゃったですよ」

「創作魂? なんの創作です?」

そう問われて、苺は言葉をためらった。

実は、仕事の合間にアジサイを作ったことを爽には伝えていないのだ。

爽が戻ってくる前にアジサイは出来上がり、藍原さんが持って行ってしまった。
そしてまた藍原さんは出かけて行き、ひとりで模型作りをしていると爽が戻ってきたのだ。

「苺?」

返事を催促して呼びかけられ、これはもう白状するしかないと、苺は叱責覚悟で、事実を伝えた。

「紙でアジサイの花を?」

「ごめんなさい。仕事中に……」

「それで、そのアジサイはどこにあるんです?」

へっ? お咎めなしなの?

「まだ完成していないんですか?」

「かっ、完成しましたよ」

よかったぁ。怒られずに済んだみたい。

ほっとしていると、爽は続けて尋ねてきた。

「完成したものはどこにあるんです? オフィスに置いてきたのですか?」

「藍原さんが持ってっちゃったんです」

「要?」

「はい」

あんなもの、なんで藍原さんが持ってっちゃったのか、よくわかんないんだけど……

「ショッピングセンターに寄りましょう」

唐突に爽が言う。苺は眉を寄せた。

「買いたいものでも思い出したんですか?」

「あなたの作ったアジサイが、どんなものなのか見たい」

おりょ? それってつまり、折り紙を買おうということなのか?

「なら、実家に帰れば作れますよ。折り紙ならいっぱいストックしてあるんで」

それにしても、そんなに興味が湧いちゃったのかな?

「そうなのですか?」

「そうなのですよ」

苺はわざとらしく澄まし返って答えた。

すると、それまでいくぶんしかめっ面だった爽の表情が和んだ。

「アジサイの他にも、何か作れるのですか?」

「色々作れるですよ。まこちゃんの喜びそうなもの作ろうと思ってるんです」

そのあと実家に到着するまで、車内は折り紙の話で楽しく盛り上がった。

だが、そんな中であっても、爽が藍原に対して忌々しい思いを抱いているとは知りもしない苺だった。





つづく





  
 
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