続苺パニック




6 鋭く突っ込み



ゆったりと壁に凭れ、藍原要は屋敷のスタッフたちが右往左往している様を眺めていた。

今日は、彼が仕えている主、藤原爽の婚約パーティーだ。

とはいっても、互いの家族が参加するだけの小規模なもの。

藤原財閥を背負って立つお方なのだから、それなりの規模のパーティーも、開くべきではないかと要は思うのだが……いまのところ、爽様にそのつもりはないようだ。

執事頭である吉田さんも、私と同じように考えているようだが……

要は、真剣な表情で場を仕切っている吉田に視線をやった。

吉田さん、楽しそうだな。全身にパワーがみなぎっている。

今日という日を、指折り数えて待っていたようだからな。

要としても、父親的雰囲気の吉田が嬉しそうで満足だ。

微笑ましく吉田を見詰めていたら、視線に気づいたのか、吉田がこちらをちらりと見る。
そして目が合うと、さっと手を上げて挨拶をくれる。
けれど、忙しい最中なので歩み寄って来ることはない。

「藍原さん、こんなところにいたんですか」

そう声をかけてきたのは、岡島怜だった。

「探したんですよ」

「何か用か?」

「いえ、用があるわけではないんですが……なんとなく、そわそわしてしまって落ち着かないので」

怜は中途半端に口にし、言葉通りそわそわしている。

「主の慶び事だからな。私もかなり気が上がっている」

「そうなんですか? いつも通りにしか見えませんが」

意外そうに言われ、要はふっと笑む。

「ここにいる全員、今日はハイテンションだろう」

「確かに」

怜は苦笑しつつ、会場を見回す。

屋敷のスタッフとしては、腕の見せ所だからな。

料理長の大平松をはじめとする厨房のスタッフも、大張り切りだ。

爽様のご両親もこの婚約パーティーのために帰国され、羽歌乃様もこの数日ここで過ごされている。

そういうこともあり、婚約パーティーが執り行われる今日という日を、スタッフはみんな、いい意味での緊張の中で迎えている。

「予定では、鈴木様ご一家はそろそろご到着なさるはずですよね?」

「ああ。けれど、少し遅れるのだろう」

吉田の動きを見つつ要が言うと、怜も吉田に目を向けた。

「確かに、まだ玄関に向かう様子はありませんね」

「それに……」

要が言いかけたところで、羽歌乃が現れた。

ドレスアップなさって、凛とした貴婦人という感じだ。

それを見た要は、眉を曇らせてしまう。

今日は、あまり気負うべきではないと思うのだが。

鈴木苺の家族は一般家庭の人々だ。あまりに貴婦人然としていると、気後れするかもしれない。

いったんは、そう考えた要だが……

だが、あの苺の家族なのだからな。

苺は、物怖じしない。あの彼女ならではの、なあなあっぷりでこの屋敷にも吉田にもすんなり馴染んでしまったし、大平松などはすでに崇拝の領域だ。

さらに、かなり気難しいところのある大奥様まで、彼女はあっさりと自分の手の内に入れてしまった。

そんな鈴木苺は、見た目は一般人だが、中身は超人だと要は思っている。

苺はどこにでも馴染む。誰にでも馴染む。すぐ馴染む。

それだけでなく、相手を自分の色に染めてしまう。
それは、爽様や爽様のご両親、大奥様と共通する点だ。

庶民の育ちなので、上品さははなはだ欠けておいでだが、ご結婚後、藤原を名乗るうえで、一番大切な資質は兼ね備えておいでだ。と、要は思う。

上品に振る舞わねばならぬときは、最終手段として『真似っこ』という特殊な特技を持っているしな。

要が見出した特技なのだが、要ですら舌を巻くほど真似て見せるのだから、恐れ入る。

彼女は、まさに感覚で生きている。

そのほかにも、驚くべき才能を持っているし、爽様にとってこれ以上ない程の良縁だろう。

そして要にとっては、爽様に匹敵する飽きない観察対象。

あのふたりは、私の人生を豊かにしてくれる。

いい気分でいたら、怜が「藍原さん」と話しかけてきた。

「なんだ?」

「ほら、動きがありましたよ。鈴木家の方々が到着なさるのではないでしょうか」

怜の言葉を受けて、視線を吉田と羽歌乃に向けてみたら、ふたりは足早にこの部屋から出て行くところだった。

「藍原さん、我々はどうしますか?」

「爽様のご両親もお出迎えなさるはずだ。あまりに大人数で出迎えては、鈴木一家を緊張させる。我々はここで待機していよう」

「わかりました」

そこで要は、壁から身を離し、パーティーの準備の整った部屋全体を見回す。

あまり堅苦しくないようにしてくれとの爽の指示で、立食パーティーの形式になっている。

中央の丸いテーブルを見て、要は苦笑した。

イチゴ尽くしだ。

「見事ですね」

要の後についてきた怜が、笑いながら言う。

「ああ。日本全国から、色々な品種を取り寄せたらしい。中には一粒数千円というものもあるらしい」

「一粒数千円! いったいどれなんでしょう?」

「たぶん、手を入れていないそのままのものが、そうじゃないかと思うが」

要は、ざっと見回し、可愛らしい器に盛り付けてあるイチゴに目を付けた。

「これだろう」

その艶は、まさにルビーの輝きだ。

「綺麗ですね」

怜は感嘆した様に言う。

「皆様が、お出でになります」

ドアのところから、会場のあちこちにいるスタッフに向けて声がかかった。

聞き耳を立てると、大勢の話し声が近づいてくる。

「藍原さん、どこでお迎えしますか?」

「ここでいい」

要はドアを向いて背筋を伸ばした。怜もそれを真似る。

そして待つほどなく、全員パーティー会場にやってきた。

爽と鈴木苺を見て、要は笑いを堪えた。

今日の爽は真っ白なスーツだった。苺のほうも真っ白なドレスだ。

「今日の鈴木さん、別人のようですね」

怜がこそっと耳打ちしてきた。

確かに、しっかり磨き上げられ、キラキラと輝いている。

「真理様を、お近くで見せていただきたいものですね。鈴木さんから、真理様の写真は見せていただいたんですが」

怜は、いま羽歌乃が抱いている、赤ん坊の真理が気になってならないようだ。

それは吉田も同じらしく、時々ちらちらと視線を向けている。

赤ん坊というのは、まさに敵なしだな。

執事頭の吉田がそつなく仕切り、パーティーは開始される。

まずはシャンパンで乾杯……

「うわーっ、ご馳走ですねぇ。あっ、見て見て、ここのテーブル、イチゴだらけだ!」

要の思考は、苺によって遮断された。

「こっ、こら、苺。おとなしくしてなさい!」

苺の母親が、慌てて娘を叱る。

「えーっ、だってすっごい可愛いんだもん。ほら、この真っ赤なイチゴ、こんなおしゃれな入れ物に入れてあるぅ。もう宝石扱いだね」

テーブルの上に、綺麗に並べられている器のひとつをためらいもなくひょいと持ち上げ、苺はくんくんと匂いを嗅ぐ。

さすが鈴木さんだ。期待以上のことをやってくれる。

「うわーっ、すっごい甘い匂い」

苺の大暴走に、鈴木家と吉田は固まっているが、藤原家のほうは楽しそうに苺を見ている。

いつもなら、マナーにうるさい羽歌乃が、苺をたしなめるところなのだろうが、いまは抱いている赤ん坊以外、眼中にないようだ。

「うん、甘そうですね。どれ」

爽の声に、要が目を向けると、爽はイチゴを口に入れた。

「うん、甘い」

おやおや。まだパーティーは始まっていないというのに……

吉田を見ると、いくぶん動転しているようだ。

吉田さんにしてみれば、手ぬかりないようにと慎重に準備してきた主の婚約パーティーを、滞りなく進めたいのだろうに……

「ちょっと、爽ってば。まだ食べちゃダメですよ。まだパーティー始まってないんだからぁ」

なんと苺が爽をたしなめた。

それをお前が言うのか? と、要は心の内で鋭く突っ込んだのだった。





つづく





   
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