彼の隣



透也視点

第4話 決戦の準備



どうするかな?

自転車に乗ったものの、透也は目的地を決めかねて、のろのろと進んだ。

文香との約束は明日…

ホワイトデーの品物ってのは、明日まで売ってるんだよな?

たぶんそうだろうと思うのだが…

万が一無くなっていたら、そのときはその場で、計画を変更するしかないか…

眉を寄せて考えていた透也は、マリ子のことを思い出して笑みを浮かべた。

そうだ。あいつなら…

チョコをもらったお返しを渡すことは、すでに暗黙の了解。

買うことになっているんだから、マリ子に聞いてもまずくはない。

透也は自転車をストップさせ、乗ったまま携帯を取り出した。

電話をしようと携帯を開いてみると、着信の表示があった。

兄の駿が電話を掛けてきたようだ。

着信時間を見ると、三十分ほど前と十分前の二回。

緊急の用なのか?

透也はすぐに駿に電話を掛けた。

「兄貴?」

『おお。なあ透也、お前いま、まだ学校か?』

「いや、帰ってるとこだけど…」

『自宅近くか?』

何の用事なのか、兄は急くように聞いてくる。

「まだ学校から出たばかりだけど…」

『お前さ、マリに、もうチョコのお返し買ったのか?』

「いや、これからと思ってるとこだけど…」

『そ、そうか。ちょうどいい』

ちょうどいい? なにがだ?

「あの、駿兄…?」

『俺、いま売場で物色中なんだけど、どれにすればいいんだか、ぜんぜんでさ』

ようやく兄の言いたいことがわかった。

「なんでもいいんじゃないか? どんなやつでも喜ぶさ」

『そう思うんだが…。ともかく種類が多くて。なあ透也、俺、これからそっち行くから、駅前の店辺りで落ち合ってさ…』

「兄貴、言っとくけど、俺なんか役に立たないぞ」

『ひとりで選ぶよりはマシだ』

「あのなぁ」

兄にもうひと言言おうとした透也は、口を閉じて考え込んだ。

考えてみれば、これからマリ子に電話してみようと思っていたのだった。

「駿兄、いいことがある」

『はあ? いいこと?』

「うん。本人のマリ子に選ばせればいいんだよ」

『そんなわけに行くかよ』

「大丈夫だって。俺もマリ子に買わなきゃならないから、あいつこれから呼び出して、どれがいいか聞いてみるよ」

『おお、いいかもな。そいじゃ、マリが一番欲しい奴、聞き出してくれ。俺もこれからそっち行くから。お前はマリ子と別れたあと…そうだな、本屋で時間つぶして待っててくれ』

面倒だが仕方がない。

「わかった」

兄との通話を終え、透也はすぐにマリ子に電話を掛けた。

まだ学校だろうか、それとももう家に帰っただろうか?

電話の呼び出し音は鳴るのに、マリ子はなかなか出なかった。

サイレントにしていて、気づかないのかもしれない。

いったん、マリ子の家に行ってみるしかないか…

「透也ぁ、なにしてんのぉ」

のんびりした声が背後から聞こえ、透也は驚いて振り返った。

その瞬間、自転車に乗った女学生が通過していった。

は? マリ子じゃないか?

「おい、マリ子、停まれ!」

透也の鋭い呼びかけに、マリ子はキュッと音を立てて自転車を停め、そのまま首を回して振り返ってきた。

「なあに?」

「いま電話したとこだ」

「電話? くれたの? ふーん。で、何?」

「お返し買いに行くとこだったんだ。君、これから駅前まで付き合え」

「お返し…?それって、明日の?」

「ああ。どんなのがいいかまるでわからないし…。君だって、自分で選べたらその方が嬉しいだろ?」

「まあ。そうかも。でも、予算は?」

「義理返しだぞ。同額に決まってる」

「えーっ。透也。ホワイトデーってのはねぇ、男の人の方が、数割アップで返すもんなのよ」

アホらしい…

「義理だぞ。そんなこと、本命に言うことだろ」

マリ子は唇を突き出して肩を竦めた。

「まあ、透也のは、ついでチョコだったしね…。ほんじゃ、行く?」

ついでチョコ?

マリ子の表現に透也は噴き出し、彼女のスピードに合わせて自転車を漕ぎ出した。





「ちゃんとわかってるんだぞ」

ホワイトデーの売場を前にして、マリ子が悪戯っぽく言った。

「わかってるって何が?」

「透也がさ、わたしのこと、ここに誘ったわけだよ」

透也はしたり顔をしているマリ子を見て、眉をあげた。

確かに、聡明なマリ子だ。兄の考えくらい簡単に見透かしそうだ。

「そう?」

彼の返事に、マリ子の瞳がきらりと光った。

「ふふん、良かったね」

したり顔で笑いながらマリ子は言った。

良かった?

「それ、なんのことだ?」

「もち彼女よ。古瀬さん。お返し買いに来たんでしょう?」

「あのな…」

むっとした気分のまま、もらってないと言い返そうとした透也だったが、思い直して止めた。

これは、兄貴的には好都合かもしれない。

彼にしても、明日には文香に告白して、付き合い始めることになる…はずだし…

けど、文香に断られたら…このマリ子の誤解は…

「わあっ、これ可愛い♪」

迷っている間に、マリ子の意識は目の前に並んでいるホワイトデーの商品に移ってしまった様だった。

まあ、いいか…

絶対に大丈夫だ。…だろ?

文香が彼に向けてくる眼差しにこもっている特別なもの。それを信じるのだ。

透也はマリ子が可愛いと称賛したぬいぐるみを手に取ってみた。

うさぎが丸い缶を腕に抱きしめている。

確かに可愛い。

「これがいいのか?」

「うん、メチャ可愛いもん。…それもらったら、古瀬さん絶対に喜ぶわよ。けど…」

「けど?」

「ちょっと…お値段高いね」

透也は値札を見て、眉をしかめた。

三千円か…たしかに高い。

「駿ちゃんからこれもらえたら…」

マリ子は唇に指を当て、透也を見上げてきた。

「あ、あのさ。駿ちゃんって、もう用意してくれてると思う?」

「君へのお返しか?」

「ま、まあ。そう」

マリ子は頬を赤くしつつも、なんでもなさそうに肯定した。

「まだだと思う」

彼の返事を聞いたマリ子の眼差しに、ものすごい期待がこめられた。

どうやら、これが欲しいと兄貴に何気なく伝えてくれってことらしい。

「わかった」

透也は笑いを押さえ込みながら、マリ子の期待を真顔で請け負った。

「嬉しい♪」

両手を握り合わせ、マリ子は嬉しさをこめて叫んだ。

透也は、手にしているうさぎのぬいぐるみをじっと見つめた。

三千円か…

三千円は、確かに高校生の彼には高額…

だが、兄貴にこのことで恩を売れば、いくらかせしめられるかもしれない…

マリ子のついでチョコへの、ささやかなお返しを買った透也は、彼女と別れ、兄との待ち合わせ場所である本屋へと向かった。





「それじゃ、これ」

「サンキュ」

「ちゃっかりしてるな」

財布に謝礼の千円札を入れている透也を見つつ、駿は渋い顔で言った。

「安いもんだと思うけど。これで、マリ子の感激する顔が見れるんだし…」

「ま、まあな。…それじゃ、帰るか。あっ、お前は自転車か?」

「そうに決まってる」

「じゃ、悪いけど、俺、先に帰るな」

「ああ」

軽く手を振って車を停めている駐車場へと向かってゆく兄を見送り、透也はもう一度売場に戻った。

うさぎつきのクッキーを無事に手に入れたものの、彼は紙袋を見つめて弱った。

ぬいぐるみがかなり大きかったため、包みを入れた紙袋はやたら大きい。

これを抱えて家に帰るってわけにはゆかない。

絶対に家族の誰かの目に止まってしまうだろう。

…どうするかな?

買うのは、明日にすればよかったんじゃないのか?

いまさらな問いが浮かんできて、透也は顔を歪めた。

まずったな…

結局、駅前のコインロッカーの中に預けることにし、鍵を掛けた透也はほっと息をついた。

よしっ!

決戦は明日だ。





   
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