君色の輝き
その21 求める答え 



走り出してしばらくの間、誠志朗は何も話さなかった。
だが車中に流れている空気はとてもおだやかで、芹菜の緊張もだんだんほぐれてきた。
彼女のそうした心の内が見えてでもいるかのように、彼が何気なく聞いてきた。

「それって癖?」

芹菜は、誠志朗に向いた。
前方を見つめたまま彼が言った。

「よくそうやって、髪を引っ張ってるから」

そういわれて、気づいた。
無意識に、指に髪を絡めてつんつん引っ張っている。

「そうみたいですね」と芹菜は言い、「気づかなかった」と呟くように言って小さく笑った。

「誕生日はいつ?」

「は?」

芹菜は目をぱちくりさせた。この質問の羅列はなんなのだろう。
誠志朗は頭が切れると言った真帆の言葉が、遅ればせながら蘇った。

「当てて見せようか?」
悪戯っぽそうに瞳を揺らして、彼が「3月21日」と言った。

芹菜は目を見開いた。

気づかれてる?

芹菜の全身が緊張した。
だが、あんな法外な出来事を信じるひとなど…でも…

「採用時に君が書いた書類に書いてあった…」

その言葉に、芹菜はほーっと肩の力を抜いた。
誠志朗が続けた。

「だから誤魔化しても無駄だよ」

誤魔化し?
芹菜は眉を潜めた。
車が左に折れ、小さな公園の駐車場に滑り込んでゆく。

「渡瀬社長から、事故の詳しい状況もすでに聞いている」

その言葉に芹菜はぞっとした。
まさか、すでに芹菜の存在も…

「君と令嬢は、あの時…」

「有り得ません!!」
芹菜は誠志朗の言葉を最後まで聞かずに強く否定した。
その否定の仕方そのものが、すでに過ちであることに気づけなかった。

「幽体離脱って知ってる?」

話についてゆけず、芹菜は誠志朗を見返した。

誠志朗はハンドルをすばやく切り返し、バックでするりと駐車場に停まった。
自分の居場所を確かめて不安を振り払おうとするかのように、芹菜は周りを眺めた。

「体験者なんだ」

「えっ」
もう、わけが分からなくなってきた。芹菜は頭を抱えた。

「すべての状況を鑑みて、すべての状況に納得の行く答えを求めた結果…」

芹菜は誠志朗の言葉を、判決を待つ罪人のような気分で待ち受けた。

「君と令嬢は…入れ替わってた」

「有り得ません…」
すでに意味のない言葉が零れた。

「天使のシャワーの話、あの時、咄嗟に自分で考えたの?」

「あ…」

誠志朗は、もう否定の言葉を受け付けない。そう理解して言葉を失った。
信じるひとがいるとは思わなかった。
これも、真帆をずっと見つめてきた誠志朗だからなのだろうか。

「すまなかった」

突然の謝罪の言葉に驚き、芹菜は誠志朗を見た。

「君に、不快な思いをたくさんさせてしまった」

その言葉の意味が含むところの範疇を限定できず、芹菜は針の筵にいるような気分だった。

彼は知っているのか?
それともまだ知らないのか?

すぐにでも答えを知りたかったが、馬鹿なことを口走って墓穴を掘りたくもなかった。

「謝罪は必要ありません…あの時の私は真帆さんだったのだし」

俯いていた芹菜の耳に、誠志朗の長いため息が聞こえた。
求めていた答えをやっと手に入れたというような感じだった。

「やっと、肯定してくれた」

芹菜はほっとした笑顔を見せている誠志朗に、胸のうちで問いかけた。

あなたは知っているの?
わたしが楠木芹菜だということを?

「ありがとう」
車のエンジンをかけながら彼が言った。

流れ行く車窓を眺めながら、芹菜はありがとうの意味を、苦く噛み締めていた。




   
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