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その6 自分との対面
面会謝絶でなくなった途端、怒涛のように見舞い客が訪れて芹菜は閉口した。
見舞い客の形だけの言葉はけして心地よくなかったし、それどころか彼女の神経を逆なでしてゆく客も多かった。
見舞い客が来るたびに、真帆の記憶を取り出し取り出し会話をしなければならなず、精神的負担は大きかった。
そんなこともあって、真帆の親友よりも義理でやってきた客の方がよほど楽だった。
ただ、病室の中は花で溢れ返り、それだけは嬉しかった。
芹菜の心臓は胸板に響くほど、ドンドンと強烈に鼓動を繰り返していた。
今日は、待ちに待った見舞い客がやって来る。
自分との対面…
いったいどんな気持ちがするものなのだろう。
芹菜となってしまった真帆という女性は、ここに向かいながら、いったいどんな心持ちでいるのだろう。
意識が戻った時、彼女と同じ生半可でない苦悩を味わったに違いない。
約束の時間を五分ほど過ぎた時、ドアの外で人の話し声が聞こえ、健吾が入ってきた。その後ろに、女の子がいた。
芹菜は目を丸くした。
驚きで言葉が無い。
「真帆、楠木芹菜さんだ」
「あ、あ、あ…」
「真帆、どうしたんだ? 大丈夫か?」
芹菜は、こくこくと頷いた。
これが…私…?
「真帆さん、私、楠木芹菜です」
呆然とした中でも、芹菜は彼女の言葉に、微かな皮肉の響きを感じとっていた。
「お身体の方は、大丈夫ですか?」
そう問われても芹菜は頷くだけで精一杯だった。
「あの、おじ様、二人だけで話したいんですけど」
健吾は娘に気がかりそうな視線を向け、少しためらった様子だったが、すぐに社に戻らなければならないから、夕方にまた来ると言って、部屋を出て行った。
ドアがバタンと閉まる音がした後、長い沈黙が続いた。
芹菜の顔をじっと見つめていた真帆が、やっと口を開いた。
「私って、綺麗よね。やっぱり」
「は?」
「身体のラインも完璧じゃない?」
戸惑ったまま芹菜は相手を見つめた。
「それなのに何が悲しくて、こんなぺちゃぱいの高校生なんかにならなきゃならないのよっ」
ぺちゃぱい…
「あんたが悪いのよ。あんなところに現れて、わたしにぶつかったりするからっ」
芹菜は何も言えなかった。
芹菜の姿をした真帆の目に、大きな涙の粒が湧いていた。
涙はあとからあとから湧いてきて、頬にぽろぽろと零れ落ちてゆく。
芹菜はきゅんと切なくなった。
「辛かったんですね」
芹菜がそう言った途端、真帆がキッと顔を上げた。
「何、ひとり冷静でいるのよ。この…、この、おたんこなす」
おたんこなす…
「真帆さん、いいところのお嬢さんなのに、そんな言葉知ってるんですね」
「もう、馬鹿っ」
太もものあたりをバシッと叩かれた。かなり痛かった。
「落ち着いて、真帆さん。気持ちは分かりますけど…」
「落ち着いてられるわけないでしょ」
それからたっぷり十分ほど、真帆はわめき散らした。
やっとわめくのを止めた時には、酷い息切れをしていた。
真帆は、テレビの前にあるソファに、ぐったりとして座り込んだ。
「あー、疲れた」
「真帆さん?」
「何?」
顔も動かさず、芹菜に視線だけ向けてくる。
「私とは思えませんでした」
意味が分かりかねたようで、眉を寄せている。
一目見たとき、本当に自分とは思えなかった。
セミロングに切られた髪。
絶対に芹菜が着そうにない派手なデザインの服。短過ぎるスカート。
そして、薄い化粧。桃色の口紅…
変わり果てた自分の姿。
でも何よりも芹菜を驚かせたのは、その輝きだった。
歩道橋の上で見た、真帆の見事なまでの美しさ。
そして、いま、その輝きは芹菜の中でも発揮されている。
そのことがひどくショックだった。
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