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第五話 サンタの家
馬は心地よい揺れとともに、雑草がまばらに生えている道をしばらくの間ひた走った。
眼前に森がせまり、スノーはまっすぐ道が続いている森の中へと蹄の音を響かせながら走りこんで行った。
森を抜け、突如広がった視野にいくぶん驚きを感じながら、カズマが周囲の景色を眺めていると、スノーはゆっくりと並足になり、開け放されていた木の柵の中に入り込んで止まった。
それほど遠くまで来たとは思えなかった。
だが、なんとなく感覚がぼんやりとしていて、城からここに到着するまで、どれほどの時が過ぎたのか、カズマははっきりと捉えられなかった。
その原因を無意識に探ろうとしつつ、周囲を見回しながらカズマはマコの手を借りてスノーから降りた。
正直に言えば、いくらチビになったからといって、マコの手助けがなくても馬の乗り降りは出来たのだが…
地面に足をつけたカズマは、目の前の建物を見つめた。
ここがサンタの家か?妖精国の?
それにしても、妖精国に、専属のサンタがいるとは知らなかった。
人間の世界のサンタとは、カズマは懇意だった。
年に何度かは、家を訪問している。
サンタに呼ばれたり、気が向いてふらりと遊びに行ったり…
静かな声でスノーに語りかけているマコを、カズマは少し離れた位置から、幸せな気分で眺めた。
白馬とマコには、意志の繋がりがあるようだった。
マコが白馬を見つめる愛しげな眼差しと、華奢な手で触れる様子で、それは容易に伝わってくる。
マコが、カズマの元に戻ってきた。
スノーの方は、サンタの家の横に続いている少し坂になった小道をゆっくりと歩いてゆく。
「さあ、行きましょう」
「スノーはどこに行くんだ?」
「あの小道の向こうに、彼女の住まいがあるの」
カズマは、マコの表現に笑みを浮かべながら、家を見上げて口を開いた。
「ここにサンタがいるのか?」
「ええ。いらっしゃるわ」
マコはすっと身体の向きを変え、カズマを導くように歩き出した。
カズマは素直に付いてゆきながら、前を歩くマコの背中を見上げた。
自分より彼女が大きいことが、やたら理不尽に思える。
カズマが眉をしかめたとき、マコが振り返った。
眉をしかめているカズマの表情をみて、マコは首を傾げた。
「どうしたの?…そういえば、あなたの名前、まだ聞いていなかったわね」
心をぐらぐらと揺するようなマコの声に、カズマは眉をひそめた。
「どうしたの?」
不思議そうに問われて、カズマは自分のおかしな反応に戸惑った。
チビになったせいだろうか?
身体が縮んだだけでなく、彼の精神までおかしなことになったのかもしれない。
彼は首を振り、歩き出した。
マコも歩き出し、カズマは彼女と同列に並ぶことを目的に、精一杯胸を張ったが、彼の努力は、マコの目にひどく滑稽に映ったかもしれなかった。
歩きながらカズマの方へ視線を向けてきたマコと目を合わせ、彼は名前を聞かれたことを思い出した。
正直に言うのは躊躇われた。
トモエのことがある…
彼がカズマだと奴に知られては、面倒なことになるだろう。
思慮の後、偽名を口にしようとしたカズマは、マコの小さな叫びに口を閉じた。
「出ていらしたわ」
ドアから姿を見せたサンタの姿に、カズマは意表を突かれて目を丸くした。
妖精族のサンタだとばかり…
「やあ、よく来たね、坊や」
陽気で貫禄と慈悲の響きを感じさせる声に、カズマは笑みを浮かべた。
姿が変わっているために、さすがのサンタにも、彼だと分からないのだろうか?
「マコ、頼みがあるんだが、いいかな?」
やさしい思いやりのある口調でサンタはマコに向けて言った。
「はい。サンタ様、もちろんですわ。それで頼みとはなんですの?」
「この小さな客人のために、今宵は、ご馳走を用意して欲しい」
「あ、はい。もちろんですわ。それでは」
マコは笑顔をカズマに向けて小さくお辞儀をし、家の中に姿を消した。
ドアがパタンと閉まるの見つめているうちに、サンタが近づいてきた。
「彼女が気になるかね?カズマ殿」
カズマは驚いてサンタ見つめた。
「気づいていたんですか?」
サンタは、いつもと同じににっこり微笑んだ。
カズマは笑いがこみ上げた。
「君が来ることは、前々から知っていたからね」
前々から?
いや、そんなことより…
「サンタ様、どうしてこんなところにいらっしゃるんです?」
カズマの疑問を耳にして、サンタはくすくす笑い出した。
「おかしなことを聞くね。私の家だからだよ」
「子どもの姿をしているからといって、中身までは変わっていませんよ。からかわないでください」
「からかっているつもりなどないんだが。…それで?君はここに遊びに来たわけではないのだろう?」
意味を含んだ眼差しを怪訝に思ったものの、ここに来ることになった経緯を説明するためにカズマは口を開いた。
「ええ。妖精国で人探しをしているんです」
「うむ」
サンタはマコが入ったドアに向かい、扉を開けてカズマを中へと促した。
カズマは会釈して中に入り、後から入ってきたサンタに導かれながら奥へ入った。
通された部屋は、サンタの私室のようだった。
妖精国によくある、美しい彫刻が各所にほどこされた部屋。
人間国の素朴で簡素なサンタの部屋とは、まるで雰囲気が違う。
椅子を勧められて、後ろ向きにジャンプし、上手いこと椅子に着地して座り込んだカズマは、満悦な笑みを浮かべたままサンタに顔を向けた。
「それで見つかったかね」
サンタがなんのことを言っているのか、初めカズマは分からなかった。
「見つかった?」
「探しびとだよ」
サンタの言葉にカズマは頬を赤らめた。
「あ、ああ、そうでした…」
カズマはふかふかの椅子の上で、座りよいように身体をいざらせ、表情を改めた。
「実は妖精国に来たばかりなんです。人間の女性には、まだひとりもあっていませんし…」
サンタが首を傾げたのを目にして、カズマは言葉を止めた。
「君も、人間ではないようだがね?」
カズマは眉を寄せ、サンタのいわんとしていることにはっとした。
「それは…彼女も人間の姿ではないと?」
「君は、闇の魔女を知っているかね」
サンタは、否定も肯定もせず、話題を変えた。
「もちろん知っていますよ。ですが、もうずいぶん前に亡くなったのですよね。性格が悪くて、ひとに嫌がらせばかりしていたと聞いています」
「残念ながら、そのとおりだった。彼女はたくさんの悪さをした。いまもまだ、その悪さのために、死んでしまった今でも、人々を苦しめている」
「まさか闇の魔女が、タクミの妹を?」
「ああ、そうだ。そして妖精国に連れてきたのだよ」
「いったいいつ?私はタクミの母が子を宿した記憶などありませんよ」
「覚えてはおらんだろう。カズマ殿はまだ、二つかそこらだったはずだ」
「生まれてすぐということですか?」
「ああ。生まれたその日だった」
カズマはその事実に愕然とした。
「なぜ、そんなむごいことを…」
「人の幸せが憎くてならなかったのだよ。愛をもたないひとだった。だが彼女は愛が欲しかったのだ。得られぬ不満を、凶器にしていたのだよ」
「なんて身勝手な…」
怒りに顎を強張らせたカズマは、鼻から冷たい空気を吸い込み、頭の中を冷やして冷静さを取り戻そうとした。
現実を見るのだ。
過去への怒りに駆られている場合ではない。
「彼女はいまどこにいるんですか?」
カズマはせっつくように尋ねた。
サンタの答えは、意外なものだった。
「それは言えない」
「どうしてです?」
「君も魔力を持つ身だ。魔法やまじないについては良く知っているだろう?彼女に掛けられた、まじないのねじくれを強めてしまうのを避けるためだよ」
サンタは哀しげな瞳で語ると、言葉を続けた。
「カズマ殿にたくさんの情報を安易に与えてしまえば、そのぶん、彼女は人間に戻ることが難しくなる。そのように仕組まれているんだ」
カズマは憤りに顔をしかめた。
冷静になれ、カズマ!
カズマは大きく息を吸い、サンタの目を見つめた。
「どこに行けば会えるのか…何かもっと、ヒントらしきものはもらえませんか?」
サンタの眉が曇ったのを目にして、カズマは気落ちした。
「カズマ殿」
「なんでしょう?」
「私は、私に出来ることをしている。後は君の頑張りしだいだ」
サンタはそれだけ言うと、会話を終えるつもりか、笑みを浮かべて立ち上がった。
カズマは不服を言うつもりが、サンタに制されて口を開くことは出来なかった。
「さあ、夕食が出来るまで、居間でゆっくりくつろいでくれ」
カズマは諦めてサンタの後に続いて部屋を出たが、胸の中は苛立ちでいっぱいだった。
たった二日しか与えられていないというのに…
間に合うのだろうか?
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