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第八話 ひらめき
イブの日となった今日、当然と言えるが、サンタはかなり忙しいようで、朝食を終えると、すぐに工房にこもってしまった。
実際見て知っているわけではないが、工房での仕事は魔力を使うはずだし、作業にはかなりの集中力が必要だろう。
カズマは朝食の片づけをするマコの手伝いを申し出たが、まだ小さいからと笑い混じりに断られた。
皿を拭くくらい、縮んだ身体でも充分やれるのに…
やることがなくなり、台所でマコと会話するのも楽しそうだったが、カズマは居間にひとりきりになって今後のことを考えることにした。
今日一日だ。
なんとしてでも、残りの鍵を突き止めなくてはならない。
まじないの鍵というのは、ひどく厄介な代物だ。
なんの関連付けもない場合もあるし、ふとした思い付きとかで掛けられたのだとしたら、正直なところ探しようも無い。
カズマは気分を切り替えた。
悪いほうにばかり考えては、見えるものも見えなくなる。
ひとだろうか?場所?それとも、精神?
すでに分かっているのは、あの両親がいる場所。
あれは間違いなく、鍵のひとつだろう。
全部の鍵を一箇所に集めるのかも知れないし、一つずつ鍵を解いてゆくのかもしれない。
カズマは眉をしかめ、ため息をついた。
鍵を探し出すというのは、並大抵のことではない。だが、見つけ出さなければ、マコはこのまま、妖精国に囚われの身だ。
十時ごろになって、訪問客がやってきた。
マコの友達だという賑やかな連中だった。
友達と笑いながら話しているマコは、楽しそうで不幸そうではなかった。
どうやら、彼女はここでひとりぼっちというわけではなく、彼が思っていたよりも、妖精国でしあわせにしていたらしい。
マコのためにはそれはもちろん良いことで、カズマは心からほっとしたものを感じたが、反面、重い気掛かりにもなった。
彼女が、この国を離れるとき、マコは彼らと別れなければならなくなる。
一度人間国に戻れば、行き来は難しい。
親しい友と別れることを、彼女はしぶりはしないだろうか?
なにより、マコは妖精国の王トモエに、ひどく気に入られているようだし…
昨日のトモエの様子を思い浮かべ、カズマは眉をひそめた。
トモエは…まさか、マコを妃にと望んでいるのではないだろうか?
杞憂では終わらないような気がした。
カズマは眉間に皺を寄せた。
そうだとすると、始末に終えないほどまずいことになるだろう。
王の意に背き、この国からマコを連れ出したら?いや、それ以前に、もしカズマがマコを連れ出そうともくろんでいることがバレたら…
まず間違いなく、トモエは力づくでマコを取り戻そうとするだろう。
カズマは楽しげに語らっている女性達を見つめ、顔をしかめた。
こんなところで考え込んでいる場合じゃない。
マコと一緒にいても、手がかりは舞い込んで来そうにないし、探しにゆかなければ…
「カツマ、あなたもそう思うでしょ?」
突然そう問い掛けられ、話の内容などまるで聞いていなかったカズマには、なんのことだか分からなかった。
「何が?」
「もう、聞いていなかったの?」
客の1人がふくれっ面をして言うと、もう1人の客が笑いながら口を挟んできた。
「つまりね」
「やめてちょうだい」
マコが焦ったように叫んだ。
「いいじゃないの。つまり、早いとこ、妖精国の女王におなりなさいって言ってるの。私には、どうして渋るのかわからないわ」
「そうよ。お相手はこの国の女性のほとんどが心奪われている若き王、トモエ様なのよ」
カズマはむっとして口元を引き伸ばした。
どうやら、カズマの懸念は大当たりだったらしい。
探し出すのが難しい複数だろう鍵の存在…
権力と膨大な魔力を持った王の存在…
カズマは内心ため息をついた。
ことはややこしく難しくなるばかりじゃないか…
いったいどうやって、すべてを打破すればいい…?
「あの方とは、親しくしていただいているだけよ」
頬を桃色に染めているマコを見て、カズマはドキリとした。
まさか!マコはトモエのことを?
いや、もしかして、すでにトモエとマコは付き合っているのでは?
「マコ、あなた、まだ?」
「や、やめてちょうだい」
友達の口にした言葉に、マコはぎょっとしたように悲鳴のような声を上げた。
「種族違いなのよ。諦めるしかないのよ」
「やめてっ!カツマが聞いているのよ」
叫んだマコは、カツマに視線を向けて目が合うと、狼狽したような風情で、すぐに顔を背けた。
種族違い?諦めるしかない…まだ、とも言ったな?
「この子はまだ子どもよ。聞かれたからって、どうってことないわ」
その言葉はカズマの耳に入っては来なかった。
ま、まさか、彼女は人間に…恋をしているとでもいうのか?
いったい誰に?
「私たち妖精は、この妖精国から出られないのよ」
「そうなのか?」
カズマは思わず問い掛けていた。
トモエや、前国王は、カズマたちのところによく顔を出していたのに…
「ええそうよ。私たちはここでしか生きられないの」
「人間国には、私たちに必要不可欠な精気が足りないんですって。この国から出たりしたら、数日で死んでしまうらしいわよ」
「だが…前国王は…人間界に」
カズマは戸惑いつつ尋ねた。
「ああ。国王様たちは、それに応じた魔法をお持ちなのよ」
マコの友のひとりが、カズマに答えてくれた。
そうなのか?
ならマコも、その魔法さえ分かれば…ここから出られるということか?
現国王のトモエは、もちろんその魔法を知っているわけだ。
なんとかして…トモエから聞き出さなければならないのか?
案外、妖精国から一歩でも出さえすれば、彼女の魔法が解けないとも限らない。
希望がいくぶん見えてきたものの、トモエから聞き出すというのは不可能に近い。
それでも、何かやらなければ…
こんなところでのんびり座っている場合じゃない。
カズマは焦りに駆られ、椅子から飛び降りた。
「マコ、俺、城に行きたいんだが」
話し込んでいた三人が、カズマに振り向いた。
「城?」
「ああ。…会いたい奴がいるんだ」
もともと城に用事があるというマコに連れられ、楽勝で城へとやってきたカズマだったが…
この後どうすればいいのか?
マコは、サンタの用事で城まで出かけるだけで、トモエに会うためではないという。
もちろんそのことに、カズマはほっとしていた。
スノーを城の厩番に頼み、城の鍛冶屋に向かうらしいマコの後についてゆきながら、カズマは妖精国の顔見知りをひとりひとり思い浮かべた。
真面目なやつはダメだ。
もし、知っていたとしても、教えてくれるわけがない。
どちらかというと、ちゃらんぽらんでいい加減な…
あ…
カズマは、ひらめきを得て、思わずぽんと手を叩いた。
「カツマ、どうしたの?」
「いや、ちょっと、行ってくる」
「どこに行くの?」
「マコは、いつくらいに帰る?」
「一時間ほど後かしら。少なくなった調味料もあるし、他にもいくつか回りたいところがあるから…」
「分かった。それまでに戻る」
カズマは叫びながらその場を離れた。
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