《シンデレラになれなくて》 番外編
 百代視点


第11話 うらめしき勘 



「それじゃ、蘭子の最高に素晴らしい作戦ってやつを聞こうじゃないの?」

食後のお茶を飲みながら、百代は蘭子に話を向けた。

「そうね」

蘭子は軽く答えつつも、まるでもったいぶるように、落ち着き払ってお茶を飲んでいる。

しょうもないったらありゃしない。

実のところ、早く話したくてうずうずしているくせに…

まあ、百代はそれなりに、蘭子の自信たっぷりな企みがどんなものか興味がある。

けれど、百代の隣に座っている愛美は、できるならば聞きたくないと思っているはずだ。

愛美の目がテーブルの上に置いてある銀色の袋にちらりと向けられたのをみて、百代は笑いを堪えた。

まったく愛美ってば。

プリン如きで、道を誤らなきゃいいが…

「あのねぇ」

ようやく話を切り出した蘭子は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、口を開いた。

「MMOのチケットを手に入れたの」

「ほおっ」

百代は思わず感心した声をあげてしまった。
おかげで、蘭子のつんと澄ました鼻が、さらに上を向いた。

だが確かに、MMOというのは凄い。

チケットは、なかなか手に入らないはずだ。

蘭子は彼女に甘い父親に、無理を言ってねだったのだろう。

「苦労したのよ、六枚もだし」

いやいや、あんたはぜんぜん苦労してないし、苦労したのはあんたの父だし…

心の中で蘭子に突っ込みながら、百代は「それで?」と話の先を催促した。

優越感を滲ませていた蘭子は、百代のそっけない言葉に、むっとしたようだったが、ようやく本腰を入れて話し始めた。

「あんた達には、お芝居をしてもらうわ」

「お芝居?」

眉をしかめ、百代は聞き返した。

「そうよ。作戦を成功させるには、舞台が必要なのよ。そのために餌を蒔くの」

「餌を蒔く?」

今度は愛美が、目をパチパチさせながら問い返した。

「何気なさが大切よ。あいつらにこれが作戦だってこと、ほんのちょっとでも気づかれないようにするのよ」

「んで、その作戦とやらをさっさと聞かせなよ。蘭子の話は、外側ばっかで、中身がちっともはじまらないんだから」

「これから話そうとしてるのよっ!」

「へいへい。そいじゃ、そろそろ中身をずばっと頼みますよ」

不服そうな顔で蘭子は百代のことを睨んでいたが、ようやく話を再開した。

「静穂たちの耳に入るところで、さりげなく遊びに行く話をするのよ。三馬鹿トリオのことだから、私たちが三人で遊びに行くって知ったら、遊園地のときみたいに、彼氏連れで、のこのことやってくるに違いないわ。そこで格の違いを見せ付けて、ぎゃふんと言わせてやるのよ」

「格の違いねぇ〜」

まったくあきれ返った思い込みを持つ女だ。

彼氏に、格の違いがあると思っているとは、さすが蘭子というべきか。

「ええ、そう。彼らなら、充分鼻を明かせるわ」

蘭子はにんまり笑い、百代と愛美に確認するような視線を向けてきた。

「うまくやるのよ。あんまり演技っぽいと、あの高慢ちきな、三馬鹿トリオに疑われるかもしれないわ」

高慢ちきは、自分もじゃないかい。と無言の突っ込みを入れた百代は、隣に座っている愛美の様子に興味を引かれた。

どうしたのか、眉を寄せてやたら暗い表情をしている。

眼鏡と携帯…
そして土曜日のこと、昨日のこと。

何かあったんだよね。
たぶん、パーティーで出逢った相手と…

昨日、愛美はその彼と逢ったのだ。

そして眼鏡をなくす、なんらかの事件が起こった。

この暗い表情は、解決できない問題を抱えているからだろうが…

相談して欲しいもんだが、相談してこないのは、話せない内容だってことか?

どんなことであっても、わたしゃ驚かないし、それなりに力になるのになぁ。

「それじゃ、これでふたりとも、飲み込めたわね」

説明を終えた蘭子は、確認する様に言ったが、話を聞いていなかったらしい愛美は、驚いた様子で顔を上げた。

「飲み込めたって…?」

「まったく、愛美ってば、プリンを前にすると、プリンのことしか頭に入らなくなるんだから」

蘭子から小言のように言われた愛美は、頬を赤らめた。

「そ、そんなこと…」

「いい、今度はちゃんと聞いててよ」

成績トップクラスの愛美を、赤点ギリギリの蘭子が頭ごなしに叱る図は、笑えた。

さすがの愛美もむっとしたらしく、蘭子を見つめて頬を膨らませてみせたが、蘭子は鼻で笑いつつ、愛美に強烈なデコピンをした。

ピチンと弾くような大きな音がし、愛美は涙目で額を押さえた。

気が済んだらしい蘭子は、すぐに説明を繰り返し始めた。

「放課後、ホームルームが終わったらすぐ、教室の外に出るの。教室の前のミニホールの隅っこで、三人固まって次の休日はどうしようかって話をするのよ。ちゃんとあいつらに声が届くように、ちょっと大きな声で話すってことに注意してね」

あほらしすぎて、笑いが込み上げた。

そんな馬鹿馬鹿しい芝居に付き合う気など、毛頭ない。

「百代、何?」

「蘭子の声はいつでも不必要に大きいから、注意なんて必要ないよぉ」

百代の言葉にウケタらしく、愛美がぷっと噴き出した。

蘭子に睨まれた愛美は、先ほどの痛みに懲りたのだろう、素早く額に手を当てて守りの体勢を取った。

制服のポケットに手を突っ込んだ蘭子は、なにやら取り出して差し出してきた。

「これ、なんなの?」

百代は紙切れに目を通しながら尋ねたが、書いてある文章をみれば、それがなんなのかはあきらかだった。

「台本」

「台本?」

百代はあほらしさを込めて叫んだ。

こんなサル芝居をやれというのか?

百代は、自分に課せられた台詞を一通り読んでから、顔を引きつらせている愛美を見つめた。

「その台詞のまま、一字一句間違えないように話すのよ。ちゃんと覚えてね」

「あのさぁ、蘭子。こういうのがあると、かえって演技っぽくなってしらじらしいよ」

百代は紙をテーブルに投げた。

当然、蘭子の癇に障ったようだった。

もおっ、あんたたちが言うべき言葉が言えずにおたおたしてる間に、あいつらが帰ったらどうするのよ」

「全部、蘭子に任せるわよ。あんたが必要なこと全部話せばいいわ」

「そんなの、不自然でしょう」

「そんなことないよ」

百代はケラケラ笑った。

「いつだって、わたしらの会話のほとんどは蘭子が話してるじゃん。わたしら二人は蘭子ほど演技うまくないしさ、わたしたちが加わると、かえって不自然な会話になると思うんだ?ね、愛美?」

突然話を振られて、愛美はきょときょとしつつ、百代と蘭子に視線を向けた。

「あ、う、うん。そ、そうかも…」

百代は蘭子に向けて、さも残念そうに首を横に振ってみせた。

「ほら、日常会話すらまともに出来ない愛美に、演技は無理だって」

馬鹿な小芝居をやらずにすむようにと考えての言葉なのに、愛美は真に受けたのか、いくぶんむっとしたようだった。

だが、愛美のそのリアルな反応のおかげで、蘭子は納得したらしい。

「まあ…確かに、そうね。それじゃあ、わたしがうまくやるから、あなたたち相槌だけ打ってちょうだい。いいわね」

よっしゃー!

百代は心の中でガッツポーズをしつつ、「オッケー、オッケー任せときっ!」と元気よく答えた。

「あ、あの。いまさらかもしれないけど…こういうの止めたほうが良くないかな?」

いまになって常識が顔を出したらしく、愛美は蘭子に意見を言いはじめた。

まだまだ愛美は蘭子という人物がわかっていない。

蘭子を諭すなんて正攻法は無駄。かえって逆効果だ。

「話がまとまったっていうのに、いまさら何を言い出すのよ」

愛美の言葉などまるきり聞く耳もたずな感じで、蘭子は銀色の袋からプリンを取り出した。

その途端、愛美の意識はプリンに釘付け。

それを確認した蘭子は、にやにやしつつ愛美の前にプリンを置いた。

「はい、それじゃあ、前祝いよ」

「前祝い?」

「すでに私たちの勝利は確定したも同然よ」

強気な蘭子の発言に、違和感は感じなかった。

ふーん。

どうやらこの馬鹿馬鹿しいとしか思えない作戦、うまくゆくようじゃないか。

「まあ…」

百代は言葉を口にしつつ、プリンを手に取って蓋を開けた。

「うまくゆくんじゃない」

そう言葉を言い終え、百代はプリンを口に入れた。

うん、うまい。

確かにこの味は、愛美が固執するだけのことはある。





さすが静穂というか…

まんまと蘭子の作戦に嵌ったらしき静穂をみて、百代は心の中でため息をついた。

「うん。見事に、企みに嵌ったわ」

含み笑いをして去ってゆく静穂の後姿は、百代をなんとも切ない気分にさせる。

「ふっふっふ」

蘭子が不気味に笑い、百代の切ない気分はさらに膨らんだ。

百代としては、遊園地のときのことなんかどうでもいいし、静穂の鼻を明かすなんてこともどうでもいい。

だが静穂には、今回のことは必要だろうと思うのだ。

何処までも蘭子と張り合っていたら、魂の成長は望めない。
延々と同じことを繰り返すだけだ。

どこかで断ち切る必要がある。

もちろん、それは蘭子とて同じこと。
どちらかが断ち切れば、このふたりの関係は劇的に変わるだろう。

「それじゃあ、行くわよ」

浮かれ調子の蘭子は、そう号令を掛け、楽しげに歩き出した。

「行くって?」

行き先が分からないからだろう、愛美は戸惑って聞き返した。

「眼鏡を買いに行くんでしょ?無かったら、日常生活に困るじゃないの」

「必要ないかもしれないわ」

百代は考えるより先に、そう口にしていた。

「えっ? なんで?」

「さあ」

なんでと聞き返されても、答えられない。

百代は、受け取ったひらめきを口にしただけだ。

「買いに行く必要がないような気がするの」

彼女はこめかみに指を当てた。

「こう、ピピッとね…」

「ピピッ?ピピッと、何が来たって言うのよ?」

長い付き合いで、こういうことは間々あるというのに、蘭子は怒鳴りつけるように聞いてきた。

「だから、買いに行く必要はないんじゃないかって…」

「必要ない?」

困惑したように言う愛美に、百代は顔を向けた。

「百代。どういうことなのよ?」

さらに詰め寄ってきた蘭子から身を離し、百代は肩をすくめた。

「わかんないわよ」

必要がないということは、そりゃあつまり…

「もしかすると戻ってくるってことなんじゃない」

百代は頭に浮かぶまま、しつこく聞き出そうとする蘭子に向けて答えた。

「戻ってくるって、何がよ?」

いい加減、答えるのがめんどくさくなってきた。

「この場合、眼鏡しかないじゃん」

百代は蘭子を見つめて、そっけなく答えた。

「もっときちんとした説明をなさい」

その傲慢としかいいようのない言葉に、百代はさすがにイラッときた。

「そんなもの、言葉には出来ないよ。ともかく帰ろうよ」

百代は愛美の手を取り、昇降口に向かった。

蘭子のように問い詰めてくるようなことはしないが、愛美も、もどかしく感じてるのは伝わってくる。

百代は頭をぽりぽり掻きながら、正直もてあまし気味の、常人を越えた勘をうらめしく思った。





   
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