《シンデレラになれなくて》 番外編
 百代視点


第13話 さて、どうする?



昼食の間中続いていただんまり大会に、ついに我慢が切れたのか、蘭子がさっと立ち上がった。

お茶を飲んでいた百代は、ことさら蘭子に目を向けなかった。

そのため、蘭子が最後にどんな顔をしていて、どんな態度で席を立っていったのかわからないが、たぶん相当おかんむりだったに違いない。

「百ちゃん…」

心配そうな愛美の声に、百代はちらりと目を向けた。

彼女の隣に座っている愛美は、情けない顔でしょぼくれている。

「あんたが気にするこっちゃないよ」

「で、でも…蘭ちゃんが怒ってる原因は、わたしだし…」

百代は、愛美がかけている眼鏡を見て、思わず笑いが込み上げた。

謎のアイテム。

藤堂家を経由して、愛美の手元に届いた眼鏡。

蘭子は、眼鏡について、ふたりが納得のいく説明をなんらしないことに、腹を立てているのだ。

だが、百代にとっても謎なブツのだ。

そうではないかという推理はしたが、それは確信のあるものじゃない。

真実がわかっていたとしても、蘭子に話したかはわからないが、推理でしかないことを、ひとの耳に入れるわけにはいかない。

「蘭子は一言も口を聞いてないんだよ」

なのに、こうして蘭子がふたりと昼食を一緒に食べたのは、百代と愛美の方から、話してくれると信じ込んでいたからなのだ。

口を聞かないことで、どれだけ自分が怒っているかをふたりにわからせ、謝罪とともに話す機会を、蘭子としては与えたつもりだったのだろう。

だから昼食の間、蘭子は一度も口を開かず、もちろん質問など当然してこなかった。

たとえ横柄な態度であろうとも、蘭子が自分から折れて、昨日の眼鏡のことについて質問してくれば、百代はそれなりに答えただろう。

なんにしても、彼女は蘭子についてはそんなに心配していない。

これから蘭子の企んだ作戦が控えている。

その作戦を実行したいのは蘭子本人だけ、百代も愛美も、強制的に参加させられるようなものなのだ。

愛美に至っては、参加したくないのに、これが最後と言われて、仕方なく協力することにしただけ。

蘭子の立場として、作戦決行日までに、ふたりと仲直りするしかないのだ。
だから、待っていれば、絶対に折れてくる。

そんなことより、百代には気に掛かることがある。

愛美の王子様の存在だ。

今度の芝居見物の時、愛美の彼氏役に抜擢されている保志宮氏は、愛美の王子様ではない。
このことを本当の王子様が知ったら、もちろん嬉しくないに違いない。

当然愛美は、芝居のことなど、謎の王子に話していないと思うんだが…

そこのところ、どうなっているのか?

し、知りたい!

けど、愛美の王子様の存在を、まだ確認していないのに、問うのは早計だ。

しかし、愛美…パーティー以来、ずいぶん悩みと謎を背負い込んでしまっている。

ブランド物の眼鏡に向けられる視線…そして蘭子との仲違いも…

「せいぜい数日のことだよ」

顔を曇らせている愛美に、百代は普通に声をかけた。

「ほんとにそう?」

百代は確信を持って頷いて見せた。

「蘭子も仲直りしたいのよ。そのためにわたしたちから歩み寄って欲しいんだろうけど…」

椅子の背にもたれて、百代は愛美にどう語るか思案し、口を開いた。

「今回のこと、蘭子に歩み寄るということを学んでもらうのに、ちょうどいい程度の仲たがいだと思うのよ」

「でも、蘭ちゃん、すっごい頑なよ」

その通りだ。

だが蘭子も、背に腹は変えられない。

「うん。わかってる。まあ、もう少し様子を見ようよ。それから考えればいいわ。それより…」

百代は愛美に目を向けた。

その瞬間、愛美が緊張したように身構えたのがわかり、百代は彼女に向けてにっと笑って見せた。


このあとの愛美とのやりとりで、百代の推理は、ほぼ正解だったことがはっきりした。

やはり愛美は、パーティーで王子様と運命の出会いを果たし、王子様から連絡を貰い、一昨日彼と再会した。

愛美は王子様との待ち合わせ場所に自転車で出かけた。
だが、行きか帰りかに転び、眼鏡を落としたが探し出せなかった。

けれど親切な王子様は、愛美の落とした眼鏡を探し出し、壊れていたために新しい眼鏡を作って彼女に届けてやった。

そしていまの愛美は、王子様から手渡された携帯を持っていて、彼と連絡を取り合っている…と。

王子様が誰なのか、愛美はまだ知られたくないらしい。

恋愛ってのは、微妙なものだから、その気持ちはわからないじゃない。

愛美から話してくれるまで、見守ることにしよう…





放課後、帰り支度をし終えた百代は、通学鞄を手に立ち上がった。

どうせ蘭子は、彼女達には声も掛けずにさっさとひとりで帰るだろうと思いつつ、百代は蘭子の席に目を向けた。

不機嫌な顔で百代を見つめていたらしい蘭子は、顔を向けた百代を鋭く睨み、思い知らせるようにぷいっと顔を背けた。

そしてつかつかと愛美の方へ向かってゆく。

百代は思わず笑みを浮かべた。

どうやら蘭子、自分から折れることにしたらしい。

だが、声をかける相手として、愛美を選んだらしい。

百代はふたりの方に急いで歩み寄って行った。

「問題?」という愛美の声が聞こえた。

「何があった?」

百代の問いかけに、蘭子は勢いよく振り返りながら睨んできた。

「あんた、うまくゆくって言ったじゃない」

どうやら、悪だくみに非常事態が起こったらしい。

「言ったよ。それがどうしたの?」

「あの…なんの話?」

何が取り沙汰されているのかピンと来なかったらしい愛美は、戸惑ったように尋ねてきた。

「もう! 今度の土曜日のことに決まってるじゃないの」

ダンダンと足を踏み鳴らしながら、蘭子は愛美を怒鳴りつけた。

なんとも幼稚な動きで、百代は笑いを殺すのにずいぶんと骨を折った。
ここで笑おうものなら、さらにやっかいな事態になりかねない。

「うまくゆくっていうから、すっかり信用してたのに…。断ってきたのよ!」

断ってきたという蘭子の言葉に、奇妙なことだが、百代はほっとしたものを感じた。目の前にあった、邪魔っけな障害物が消えたような…

「誰かが断ってきたからって、即、うまくゆかないってことにはならないよ」

悪くはない兆候を感じるのに、百代を責めていきり立っている蘭子の目つきに、百代はむっとした。

「それじゃあ、どうしろっていうのよ。トリプルデートにひとりでも欠けたら、意味がないじゃないの?」

「あの、蘭ちゃん、誰が断って来たの?」

川田だよ。そう頭の中で呟いたと同時に、蘭子が「川田よ」と言った。

「わたしの誘いを断るなんて、なんて生意気なの」

川田は正解だ。これ以上蘭子と絡んでも、彼にはろくなことがないだろう。

だが、蘭子の誘いを断るというのは、川田にとってとんでもない勇気が必要だったに違いない。

川田の勇気にどうにも笑いが込み上げ、百代はケラケラ笑った。

「何で笑うのよ?」

「おかしいからに決まってんじゃん」

笑いながら百代は、当然というように答えた。

蘭子の目がこれ以上ないほど釣り上がった、

「百代。いい加減になさいっ!」

「へいへい」

まだ込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、百代は話を続けた。

「川田さんじゃ、もともと蘭子と釣り合わなかったんだし、もっと本物の彼氏らしくみえるひとのほうがいいって」

「あんた、誰か心当たりがあるとでもいうの?」

心当たりか…

あるにはあるが…そう思いつつも、百代は「ないけど…」と答え、「まだ日にちあるし、そう慌てることないって」と付け加えておいた。

櫻井のやつ、普通に誘って行くだろうか?

「なんとかなるのね?」

畳み掛けるように聞いてくる蘭子を見つめ、百代はこくんと頷いた。

もちろん、確信があるわけではなかったが…先行きは明るく思えた。

「まあ、なると思うよ」

百代がそう答えたところで、櫻井が声を掛けてきた。

このぴったりなタイミングでの櫻井の登場は、百代を愉快がらせた。

けど、そんな百代の心の隙を突くように、櫻井は愛美をさらって行ったのだ。

ふたりが出て行ったドアを蘭子とともに見つめていた百代は、きゅっと眉を寄せた。

これは何かある。

「いったい…。百代、どういうことなの?」

ガミガミと言われ、百代は蘭子を見つめて唇を突き出した。

「わたしが知るわけないじゃん」

「ううん、もおっ」

歯痒そうに足踏みをした蘭子は、腕時計で時間を確かめ、むっとして百代を睨んできた。

「お迎え、待たせちゃうよ。愛美のことは私が待ってるから。戻ってきたら櫻井の用事がなんだったか、ちゃんと聞き出しとくよ。心配ないって…」

思わず付け加えてしまった心配の単語は、蘭子の気に食わなかったようだった。

「心配って何よ?」

「へっ、愛美が心配だろうけどって話だけど」

とぼけて言った百代の言葉で、蘭子は納得したようだった。

「後で、電話くれるわね?」

「オッケーオッケー」

すっと姿勢を正し、百代を一瞥した蘭子は、自分の席に戻って通学鞄を取り上げ、「それじゃあ、お先に」と澄ました言葉を残し、帰って行った。

さて、さて…

櫻井にピンチヒッターの要請をしなければならない。だが…

どうする?

独りになった百代は、愛美の席に座り込み、腕を組んで椅子の背にぐっともたれ、真面目な顔で考え込んだ。





   
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