《シンデレラになれなくて》 番外編
 百代視点


第14話 ちょっぴりのトキメキ



愛美は思ったよりも早く戻ってきた。
教室の中に入り、百代を見て笑みを浮かべた愛美は、別人のようだった。

なぜか、いつもきっちり編み込んでいる髪を垂らしていたのだ。

部屋の中にいたのは、百代だけだったが、もしここにクラスメートが残っていたら、相当驚いたに違いない。

何があったのかと尋ねた百代とのやりとりに気を取られてか、愛美は自分が髪を垂らしていることを忘れているようだった。

突然の拉致のわけを聞いてみると、なんとも櫻井らしいといえる話だった。

愛美の髪の変化の理由も、その話で簡単に察することが出来た。

しかし、取材の聞き込みに熱が入りすぎて、女教師に好きだと勘違いされるとは…櫻井には呆れる。

もちろん、わざわざ誤解を解くのに愛美を使ったのは、相手の教師も、櫻井に対してはっきりとした好意を抱いているとわかって、慌てたからに違いない。

その女教師、なんとも可哀想でならない。
本気で年下の男の子に恋をしてたんだろうに…

櫻井の大馬鹿野郎は、純真な先生相手に、無意識にかもしれないが、思わせぶりな態度を取ったに違いないのだ。

いま目の前に櫻井がいたら、奴の顔を思い切り殴りつけていたかもしれない。

しかし、女は怖いぞ。
あいつは今後、背後に万全の注意をしていた方がいい。

まあ、そうなったら、そうなったで自業自得ってやつか…
さすがに、命を狙われるようなことはあるまいし…

まあ、愛美拉致には、最高の収穫が付録についてきたわけだしね。

櫻井がMMOの大ファンだってことなら、うまく誘えば、奴は簡単に乗ってくるかもしれない。


校門に向かって歩いていた百代は、隣を歩いている愛美の動きに気づいて顔を向けた。

髪を垂らしていることに、いまになって気づいたらしく、奥谷のことを話しながら髪を元通り編みこもうとしている。

もったいない。

「髪、そのままでいいじゃん。きっちり三つ編みにしてるのなんて、愛美くらいなものだよ。かえって目立つよ」

「で、でも、落ち着かないし…目立つ?」

目立つの言葉に、愛美は不安そうな目で百代を見つめてきた。

目立ちたいばかりの奴等がいっぱいいる中で、この子はなんと稀な存在だろう。

「うん。まあ、あんたの場合、垂らしてても目立つだろうけど…どっちかというと、三つ編みの方が目立つかな」

百代の言葉を聞いて戸惑った愛美は、どうすればいいのか分からなくなったのか、唇を尖らせた。

そんな愛美に向けて、百代はにっこり笑いかけた。

「わたし、愛美の髪が揺れてるの見るの好きだよ」

愛美は考えた末に、髪を編むのを止めた。

ほんと、いい子だよ…

母の気分で愛美を見つめ、百代は途中になっていた話を続けた。

蘭子と奥谷のことだ。

なんとも馬鹿馬鹿しい、そして哀しい話。

奥谷は、蘭子をライバル視し、彼女より秀でることだけを考えてる。そして蘭子も、そんな奥谷をひどく見下している。

百代に言わせれば、どっちもどっちだ。

「馬鹿馬鹿しいよね」

百代の締めくくりの言葉に、愛美が「うん」と頷いた。

正直な答えに、百代は笑い出した。

「蘭子を出し抜いてトップに立つことだけを考えてる…いまはもう、憑りつかれてるって言った方がいいかもね」

「可哀想…心が休まらないわね」

確かに可哀想だと百代も思う。けど…

「それも彼女の自由な選択の結果。同情は、かえって彼女に失礼だよ」

思わずそんな言葉を口にしてしまい、百代は内心自分が恥ずかしくなった。

いまの自分の発言は、愛美に向けてというより、百代自身に向けた言葉なのだと思う。

「そうだね」

反省したように愛美が呟いた。

そんな愛美の顔を、百代は覗き込んだ。

この子は天使だ。
素敵な王子様と、しあわせになってもらいたい…

「百ちゃん、何?」

「彼のこと好きなの?」

百代にとっては自然な流れの問い掛けだったが、愛美をずいぶんぎょっとさせたようだった。

「ちゃんと話した?」

「何を?」

「自分のことよ。歳は十七歳で、名前は早瀬川愛美ですって」

愛美は何も言わず、否定して首を振った。

「強引な人?」

かすかに頷き、愛美は「そうかも…」と答えた。

「どうして、彼と会ったの? 彼が強引すぎて、会うことになったの?」

百代の問いに、愛美は立ち止まった。
しばらくの間、足元を見つめていた愛美は、顔を上げて百代に振り返ってきた。

「逢いたかったから…」

その言葉は、百代の胸を打った。

理屈ではなく、愛美は彼を、心の底から愛しているのだ。

そして、いまだ謎の王子様も愛美のことを…

運命…まさしく運命の出会いなのだろう…

「そう。なら、何も心配しない。保志宮さんの方は断らなくちゃね。蘭子に、そのひとのこと言って…」

「だ、駄目なの!」

どうしたのか、愛美は焦ったように叫んだ。

「どうして?」

「どうしても。それに…そのひととは、もう逢わないから」

苦しげな愛美の言葉に、百代は眉をひそめた。

「…釣り合わないの」

百代から顔を逸らした愛美は、ほとんど聞こえない声で呟くように言う。

「愛美の自由だよ」

いまの愛美の発言には、ちょっとがっかりしたが、愛美にすれば当然の葛藤なのかもしれない。

だが、これだけははっきりわかる。

動き始めてしまった運命の恋を、強制的に止めるなんて、愛美本人にも誰にも、けしてできないだろう。





「ヤッホー。櫻井」

百代の呼びかけに、受話器の向こう側にいる櫻井が固まったのがわかった。

『お、お前…なんで? なんの用だ?』

分厚いバリアを築いたような櫻井の声に、百代は吹き出しそうになった。

電話を取り次いでくれた櫻井の母には、「クラスメートです、明日のことでちょっと…」と言っただけで、名乗らなかったのだが、櫻井は、声を聞いてすぐに百代だと気づいてくれたらしい。

「それがさあ、愛美から聞いたんだけど、櫻井あんたMMOのファンなんだってね?」

『あ…そ、それがどうした?』

話がMMOのことだったことに、櫻井は怪訝そうに聞き返してくる。

「私たち今度行くことになってるんだけどね」

『あ、ああ、早瀬川がそんなようなことを言っ…』

「あんたも行かない?」

櫻井の言葉に被せるように百代はさらりと言った。

『…えっ? なんだって?』

「それがさぁ、ひとり行けなくなっちゃったんだよね。蘭子から、一緒に行ってくれるひと探してくれって言われて、いま探してるとこなんだ」

『そ、そうなのか。けど、俺が行くとなったら藤堂は機嫌を損ねるだろ』

「そうでもないよ。それに、蘭子には当日まで黙っとくからさ。あんたが来るなんて思いもしないから、めっちゃ驚かせられるわよ」

『ほお…桂崎?』

「うん? どう行く?」

『お前、何か俺をはめようとか…企んでないか?』

ものすごーく疑わしげな声で、百代は危うく吹き出しそうになった。

「今回のことについては、いっさいそんな企みはないよ。ただ…実は、ひとつ、いやふたつ、櫻井が渋りそうな条件つきなんだよねぇ」

『やっぱな。うまい話すぎると思ったんだ。なんだ、その条件ってのは?』

「つまりね、言い難いんだけど、櫻井が座る席、蘭子の隣なのよ」

『は?』

「やっぱ、駄目かな? 駄目なら、ほかを当たるけど…」

『ち、ちょっと待てよ。行かないとは言ってないだろ』

「えっ、行ってくれんの?」

『条件はふたつだったろ、もうひとつの条件ってのはなんだ?』

「うん。会場までの蘭子の送り迎えもやってほしいんだけど…」

『それだけか?』

「それで終わりだよ。…櫻井、蘭子の隣は嫌だろうし…けど、あんたが条件飲んでくれたら、もう次を探さなくてよくなるし、わたしも助かるよ。…それにさあ、あんたが参加してくれたら、ビックリ仰天した蘭子見られる楽しみもあるしさ」

百代はわざと、けへへと不気味な笑い声を最後に付け加えた。

『よ、よし。乗ってやるよ』

「ほんと。櫻井、助かる。そいじゃ、さっそく当日の予定だけどさ…」


会話を終えて電話を切った百代は、したり顔でクッションにもたれた。

これであとは、当日を待つばかりだ。

しっかし、蘭子の相手が、川田から櫻井に、こんなにもうまいこと交替するなんて…

百代はくすくす笑い出した。

あまりにうまく行き過ぎて、おかしさが込み上げる。

なんか、強力にバックアップされている気がする。

愛美はまだまだ運命の恋に抗おうとするだろうけど、それでも前に進んでゆくだろう。

蘭子と櫻井は…こちらは残念ながら、うまくゆくとは、いまのところ百代には思えない。

頭にぽんと三次の顔が浮かび、彼女は首を傾げた。

あのひとと、わたし…うまくゆくのかな?

ほんのちょっぴり、胸のトキメキを感じてる自分に、百代はしあわせを感じて微笑んだ。





   
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