《シンデレラになれなくて》 番外編
百代視点


第5話 先のお楽しみ



蘭子の執念は、やはり普通ではない。

蘭子の話をパフェを頬張りながら聞いていた百代は、蘭子の執念の凄さに、改めて感心していた。

しかし、トリプルデートか。

そう聞いて、百代の頭の中に浮かんだのは、あの蔵元三次氏。

だがこれは、百代のただの願望ゆえかもしれない。

願望が強いと、勘も真実からずれてしまいがちだ。

片手どころじゃない数の男達から話しかけられて、百代は愛美とふたりして話しをしている。

ああいうのも、蘭子に言わせれば、会ったのうちなんだろう。

それに蘭子は、彼女達とほとんど行動をともにしていない。

まあ、百代が蔵元三次と出逢った場面には、偶然居合わせたわけだが…

「向こうは、パーティーで、あんたたちと話して気に入ったから、申し込んできたのよ。どいつのことかわからなくても、ちゃんと会ってはいるわよ。…そうそう」

蘭子は、ひどく意味ありげな視線を愛美に向けて、にんまり笑った。

「な、何?」

蘭子の笑みに、愛美は顔を強張らせて聞き返した。

「愛美の相手の人、あなたの落し物預かってるって言ってたわ」

「落し物? わたし、別に…何も落としてないけど」

百代はバナナのでかいのを口に収め、もぐもぐと口を動かしながら考え込んだ。

蘭子が選んだ愛美の相手は、やはり昨日愛美が出逢った、愛美の王子様だろうか?

眉を寄せた考えてみたものの、なんの感覚も降りてはこなかった。

まあいい、トリプルデートとかで顔を見れば、ある程度…

それより…

「ねっ、ねっ、わたしの方は? どんなひとなの?」

百代は自分の相手となるのが蔵元三次なのか気になってならず、しゃべり続けている蘭子の話に、口を挟んだ。

百代が濃い興味を見せたのが嬉しかったらしく、蘭子は夢中になって話していた言葉を止め、即座に百代に向いてきた。

こういうとこ、蘭子の単純で可愛いとこだ。

「百代の? もちろん、ハンサムよ。そうでなくちゃ選ばないわよ」

ハンサムは大歓迎だが…

「黒が似合いそうなひと?」

蔵元三次は黒が似合う。

「黒?」

「だって、黒がぴったり似合うひとでないと、わたしとの波長が合わないでしょう?」

百代的には口にして当然の言葉だったのだが、蘭子はしばし時を止めた。

「まあ、そうね。…黒も似合いそうよ」

おーっし!

蔵元三次でしょ?

そう言おうとした百代は、蘭子に止められた。

「あとは会ってのお楽しみってことにしましょ」

お楽しみ? うおん。それはそれで…

「そうね。楽しみは多いほうがいいわ。それで、どこに行くの?」

百代の相手が蔵元三次だとはっきりしたわけではないが、まあ、もし違ってもご愛嬌だ。

「遊園地と言いたいところだけど、まずは喫茶店で互いのお相手と顔を合わせるってことで、日時を決めておいたわ」

「喫茶店? どこの?」

「ある男が、とある喫茶店で、アルバイトをしているという情報を得ているのよ」

「アルバイト?」

喜びいっぱいの蘭子と、とある男発言に、百代は眉をあげた。

どこぞの喫茶店でアルバイトをしてる、とある男とは…聞かなくとも分かるが…

「誰?」

確認のための問いに、蘭子は嬉々として櫻井だと答えた。

やっぱり…

その後蘭子は、得々としてこれからの自分の作戦を語った。

「考えてるわね」

百代はわざとらしさを込めて、感心したように言ったが、蘭子は当てこすりとは思わなかったようで、嬉しげに「まあねぇ」と答えた。

やれやれ…

百代は胸の内で肩を竦めた。

「テストの時も、それくらい頭使ったら、赤点ぎりぎりなんて成績取らずにすむのにね」

百代は、あてこすり濃度を上げ、明るく言った。

今度のあてこすりは、しっかり効果があったようで、蘭子はむっとして目を吊り上げた。

「余計なこと言わないで!」

いてっ!

コンと音がするくらい頭を強く小突かれ、百代は蘭子に向けて唇を突き出した。

「あ、あの。百ちゃん」

抗議を込めて蘭子を睨みながら、頭をさすっていた百代は、その呼びかけに心臓がトクンと跳ねた。

なんか、とんでもなく耳にしたくない話が…このあと、愛美の口から展開されそうな予感?

「なあに?」

聞かれた以上無視するわけにもゆかず、百代は渋々問い返した。

「わたし、おかしなことがあるんだけど…」

縋るような愛美の瞳を見て、百代は表向き無表情に徹しつつ、心の中で顔を引きつらせた。

「おかしなことって?」

黙り込んでいる百代をちらりと見て、蘭子が愛美に聞いた。

「あの。頭の中で…ね」

困惑を表情に浮かべ、愛美はおでこに手を当ててそう口にしつつ百代に目を向けてきた。

その眼差しには、犯人を見つめるような疑いがこもっていた。

な、なんで、私が疑われてるんだ?

わ、わたしゃ、なんもしてないのに…

いや、まったくしてないってのは嘘になるが…

おでこに手を当てちゃって、バシンと……まあ……無抵抗にきちゃっただけで……

「なにかがあってね、それが邪魔してるの」

百代は眉を上げた。

なにかがある? なんじゃそりゃ?

しかし、邪魔してるって何の邪魔を…?

百代を戸惑わせる発言をした愛美は、なんでか泣きそうな顔をしている。

頭の中にある違和感とは、やはりあのバシンという衝撃によって生じたものなのか?

けど…昨日家に帰ってから寝るまで、あのことは、まったく気に掛からなかったし…

てことで、悪く考える必要はないという結論に、百代は達したのだが…

「ああ。それね」

百代は、愛美の不安を煽らないよう、あっさりと言った。なのに、なんでか愛美は百代がびっくりするくらい、仰天してみせた。

な、なんだ?

「や、やっぱり、こ、これって、百ちゃんの仕業なの?」

「仕業?」

百代はきゅっと顔をしかめ、唇を突き出して、どう答えようかと考え込んだ。

「おまじないしただけよ。忘れないように…。で、愛美は忘れずにクレンジングして…だから、お役ごめんになったの。で、愛美が気にしてるそいつは、その名残りみたいなもの」

「い、意味わかんないんですけどぉ」

正直、百代も意味が分からない。

こんな適当な説明じゃ、愛美は納得できなかったようだった。

「気にしないでほっとけば、そのうち消えるわよ」

ポンと口から転がり出たその自分の言葉に、百代は眉を上げた。

いのま言葉は確かに百代の口にした言葉だが、彼女の意識ではないところから出たものだ。

そのうち消える。

心の中で繰り返すと、その言葉はさらに確信を持って百代に返ってきた。

百代はおおいにほっとした。

「で、でも」

百代のようには納得できない愛美は、彼女に助けを求めるように両手を突き出してきた。

「だから、気にするほどたいしたもんじゃないってば!」

自分の感覚でしかない確信を説明しようもなく、百代は邪険に言った。

「面白いじゃないの」

興味深々の様子でふたりの会話を聞いていた蘭子が、困惑している愛美を押しのけて前に出てきた。

「百代、そんな面白いことできたの。私にもやってよ」

百代はため息をついた。

「いま、蘭子にそれは必要ないわ」

すっぱり話を終わらそうと、百代はまたパフェを食べ始めた。

「ね、正確に表現して、どんな感じなの?」

好奇心をメラメラ燃やしている蘭子は、この話をこのまま終わらせたくないようで、今度は愛美に話し掛けた。

「必要なくなったら、消えるってば」

「ほんとに、それを待つしかないの?」

百代はうざったそうに頷いて見せたが、いまの自分の発言に眉を寄せた。

必要なくなったら?

愛美の表現による頭の中のもやもやは、必要だからできたものなのか?

でも、必要って? なんの?

自分に問い掛けたところで、何が分かるわけでもないのは分かっている。

これ以上考えても仕方が無い。

「で、でも…」

百代はパフェをつつきながら、友ふたりに目を向けた。

「ふたりとも早く食べたほうがいいわ。アイスが溶け始めてる」

わざと、めんどくさそうに手を振りつつ、百代は心の中にあるもどかしさを捨てた。

すべては時が来れば、分かることだ。

まずは、来週のトリプルデートとやらを待つことにしよう。

百代はパフェのチョコを、スプーンでたっぷりすくい取って、口に入れた。





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