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蘭子の執念は、やはり普通ではない。
蘭子の話をパフェを頬張りながら聞いていた百代は、蘭子の執念の凄さに、改めて感心していた。
しかし、トリプルデートか。
そう聞いて、百代の頭の中に浮かんだのは、あの蔵元三次氏。
だがこれは、百代のただの願望ゆえかもしれない。
願望が強いと、勘も真実からずれてしまいがちだ。
片手どころじゃない数の男達から話しかけられて、百代は愛美とふたりして話しをしている。
ああいうのも、蘭子に言わせれば、会ったのうちなんだろう。
それに蘭子は、彼女達とほとんど行動をともにしていない。
まあ、百代が蔵元三次と出逢った場面には、偶然居合わせたわけだが…
「向こうは、パーティーで、あんたたちと話して気に入ったから、申し込んできたのよ。どいつのことかわからなくても、ちゃんと会ってはいるわよ。…そうそう」
蘭子は、ひどく意味ありげな視線を愛美に向けて、にんまり笑った。
「な、何?」
蘭子の笑みに、愛美は顔を強張らせて聞き返した。
「愛美の相手の人、あなたの落し物預かってるって言ってたわ」
「落し物? わたし、別に…何も落としてないけど」
百代はバナナのでかいのを口に収め、もぐもぐと口を動かしながら考え込んだ。
蘭子が選んだ愛美の相手は、やはり昨日愛美が出逢った、愛美の王子様だろうか?
眉を寄せた考えてみたものの、なんの感覚も降りてはこなかった。
まあいい、トリプルデートとかで顔を見れば、ある程度…
それより…
「ねっ、ねっ、わたしの方は? どんなひとなの?」
百代は自分の相手となるのが蔵元三次なのか気になってならず、しゃべり続けている蘭子の話に、口を挟んだ。
百代が濃い興味を見せたのが嬉しかったらしく、蘭子は夢中になって話していた言葉を止め、即座に百代に向いてきた。
こういうとこ、蘭子の単純で可愛いとこだ。
「百代の? もちろん、ハンサムよ。そうでなくちゃ選ばないわよ」
ハンサムは大歓迎だが…
「黒が似合いそうなひと?」
蔵元三次は黒が似合う。
「黒?」
「だって、黒がぴったり似合うひとでないと、わたしとの波長が合わないでしょう?」
百代的には口にして当然の言葉だったのだが、蘭子はしばし時を止めた。
「まあ、そうね。…黒も似合いそうよ」
おーっし!
蔵元三次でしょ?
そう言おうとした百代は、蘭子に止められた。
「あとは会ってのお楽しみってことにしましょ」
お楽しみ? うおん。それはそれで…
「そうね。楽しみは多いほうがいいわ。それで、どこに行くの?」
百代の相手が蔵元三次だとはっきりしたわけではないが、まあ、もし違ってもご愛嬌だ。
「遊園地と言いたいところだけど、まずは喫茶店で互いのお相手と顔を合わせるってことで、日時を決めておいたわ」
「喫茶店? どこの?」
「ある男が、とある喫茶店で、アルバイトをしているという情報を得ているのよ」
「アルバイト?」
喜びいっぱいの蘭子と、とある男発言に、百代は眉をあげた。
どこぞの喫茶店でアルバイトをしてる、とある男とは…聞かなくとも分かるが…
「誰?」
確認のための問いに、蘭子は嬉々として櫻井だと答えた。
やっぱり…
その後蘭子は、得々としてこれからの自分の作戦を語った。
「考えてるわね」
百代はわざとらしさを込めて、感心したように言ったが、蘭子は当てこすりとは思わなかったようで、嬉しげに「まあねぇ」と答えた。
やれやれ…
百代は胸の内で肩を竦めた。
「テストの時も、それくらい頭使ったら、赤点ぎりぎりなんて成績取らずにすむのにね」
百代は、あてこすり濃度を上げ、明るく言った。
今度のあてこすりは、しっかり効果があったようで、蘭子はむっとして目を吊り上げた。
「余計なこと言わないで!」
いてっ!
コンと音がするくらい頭を強く小突かれ、百代は蘭子に向けて唇を突き出した。
「あ、あの。百ちゃん」
抗議を込めて蘭子を睨みながら、頭をさすっていた百代は、その呼びかけに心臓がトクンと跳ねた。
なんか、とんでもなく耳にしたくない話が…このあと、愛美の口から展開されそうな予感?
「なあに?」
聞かれた以上無視するわけにもゆかず、百代は渋々問い返した。
「わたし、おかしなことがあるんだけど…」
縋るような愛美の瞳を見て、百代は表向き無表情に徹しつつ、心の中で顔を引きつらせた。
「おかしなことって?」
黙り込んでいる百代をちらりと見て、蘭子が愛美に聞いた。
「あの。頭の中で…ね」
困惑を表情に浮かべ、愛美はおでこに手を当ててそう口にしつつ百代に目を向けてきた。
その眼差しには、犯人を見つめるような疑いがこもっていた。
な、なんで、私が疑われてるんだ?
わ、わたしゃ、なんもしてないのに…
いや、まったくしてないってのは嘘になるが…
おでこに手を当てちゃって、バシンと……まあ……無抵抗にきちゃっただけで……
「なにかがあってね、それが邪魔してるの」
百代は眉を上げた。
なにかがある? なんじゃそりゃ?
しかし、邪魔してるって何の邪魔を…?
百代を戸惑わせる発言をした愛美は、なんでか泣きそうな顔をしている。
頭の中にある違和感とは、やはりあのバシンという衝撃によって生じたものなのか?
けど…昨日家に帰ってから寝るまで、あのことは、まったく気に掛からなかったし…
てことで、悪く考える必要はないという結論に、百代は達したのだが…
「ああ。それね」
百代は、愛美の不安を煽らないよう、あっさりと言った。なのに、なんでか愛美は百代がびっくりするくらい、仰天してみせた。
な、なんだ?
「や、やっぱり、こ、これって、百ちゃんの仕業なの?」
「仕業?」
百代はきゅっと顔をしかめ、唇を突き出して、どう答えようかと考え込んだ。
「おまじないしただけよ。忘れないように…。で、愛美は忘れずにクレンジングして…だから、お役ごめんになったの。で、愛美が気にしてるそいつは、その名残りみたいなもの」
「い、意味わかんないんですけどぉ」
正直、百代も意味が分からない。
こんな適当な説明じゃ、愛美は納得できなかったようだった。
「気にしないでほっとけば、そのうち消えるわよ」
ポンと口から転がり出たその自分の言葉に、百代は眉を上げた。
いのま言葉は確かに百代の口にした言葉だが、彼女の意識ではないところから出たものだ。
そのうち消える。
心の中で繰り返すと、その言葉はさらに確信を持って百代に返ってきた。
百代はおおいにほっとした。
「で、でも」
百代のようには納得できない愛美は、彼女に助けを求めるように両手を突き出してきた。
「だから、気にするほどたいしたもんじゃないってば!」
自分の感覚でしかない確信を説明しようもなく、百代は邪険に言った。
「面白いじゃないの」
興味深々の様子でふたりの会話を聞いていた蘭子が、困惑している愛美を押しのけて前に出てきた。
「百代、そんな面白いことできたの。私にもやってよ」
百代はため息をついた。
「いま、蘭子にそれは必要ないわ」
すっぱり話を終わらそうと、百代はまたパフェを食べ始めた。
「ね、正確に表現して、どんな感じなの?」
好奇心をメラメラ燃やしている蘭子は、この話をこのまま終わらせたくないようで、今度は愛美に話し掛けた。
「必要なくなったら、消えるってば」
「ほんとに、それを待つしかないの?」
百代はうざったそうに頷いて見せたが、いまの自分の発言に眉を寄せた。
必要なくなったら?
愛美の表現による頭の中のもやもやは、必要だからできたものなのか?
でも、必要って? なんの?
自分に問い掛けたところで、何が分かるわけでもないのは分かっている。
これ以上考えても仕方が無い。
「で、でも…」
百代はパフェをつつきながら、友ふたりに目を向けた。
「ふたりとも早く食べたほうがいいわ。アイスが溶け始めてる」
わざと、めんどくさそうに手を振りつつ、百代は心の中にあるもどかしさを捨てた。
すべては時が来れば、分かることだ。
まずは、来週のトリプルデートとやらを待つことにしよう。
百代はパフェのチョコを、スプーンでたっぷりすくい取って、口に入れた。
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