《シンデレラになれなくて》 番外編
 百代視点


第6話 分からないことだらけ



「やあやあ、ついにこの日が来たね」

藤堂家の迎えの車に乗り込んだ百代は、胸を弾ませながら愛美に声を掛けた。

「う、うん」

どこか煮え切らない愛美の態度に、百代は首を捻った。

今日のトリプルデート、どうしてか愛美は、まったく乗り気ではないようだ。

愛美の相手としてやってくる男性は、高確率で、パーティーの時に出逢い一緒に時間を過ごした相手かもしれないのに…

ふたりは連絡を取り合っているのか、いないのか?

もしかすると、蘭子の選んだ相手が、愛美の王子ではないと知っているものだから、今日のトリプルデートが嫌だとか?

でも、愛美は携帯を持ってないしなぁ?

父とふたり暮らしで、家の電話で連絡取り合うってのは難儀な筈。

車の中での涙も気になるし…

愛美の言うところの、百代が作り出したらしいもやもやのことも気になる。

しかし、どんなもやもやか知らないが、問題のもやもやってのは、まだ取り付いているんだろうか?

百代は自分が対処出来ないと分かっているため、それについての話題を避けてきた。

彼女の態度がそんな風だからか、愛美もあれ以来口にして来ない。

愛美の、まったく謎な王子とのことを聞きたいのは山々だったが、この一週間の愛美は、もやもやとトリプルデートのこと以外、まったく悩みがなさそうなのだ。

それもおかしなことだった。

さすがの百代も、さっぱり訳がわからない。

う、うーーーむ。

愛美って、どうも不思議なところが多い子なんだよなぁ〜

純なのに、百代の心の目で見ても、ちっとも見透かせないっていうか…

心に不純物がなさすぎるせいかな?

透明すぎて、愛美を透かして向こう側みちゃうみたいな。

百代は、その自分の定義づけの意味が自分でも分からず、くすくす笑い出した。

「百ちゃん、何が可笑しいの?」

「うん? にゃんでもないよぉ〜」

まあいいか。愛美は悩んでいない。

それならば、今日のトリプルデートをとことん楽しむとしよう。

百代は弾む胸を素直に受け入れ、笑みを浮かべた。

きっと、楽しいことになる。

このワクワク感が、それを証明してくれている。





藤堂家で身なりを整え、後部座席に三人並んで座り、目的地に向けて走りながら、百代は蘭子の横暴さを受け入れることにした。

年齢を詐称し、名前まで偽名。そう聞いた時は、誤魔化しをすることに反対だったのだが…考えてみれば、それも面白いと思えてきた。

今日百代の相手としてやってくるのが堅物の蔵元三次氏ならば、謎が多い女の方が、興味が湧くだろうし、面白がるに違いない。

いや、面白がっているのは百代だけか?

百代は、自分の隣に座っている愛美にちらりと視線を飛ばした。

愛美は何もかも受け入れられなかったようだが、それでもいまは諦めがついているようだ。

百代は、蘭子が語った百代の相手となる男性のプチ情報について考えた。

大学院に通っているとのことだった。ということは、二十三歳よりは上ってことだろう。

見た感じでは、二十五歳より上ということはなさそうに思えたが…

蘭子と愛美のやりとりを思い出して、百代は笑いが込み上げてきた。

こんなことは止めようと一生懸命説得する愛美に、蘭子ときたら、経験が人を創るのよ、などと殊勝なことを言ってのけたのだ。あれは笑えた。

「あんた、何を笑ってるのよ?」

蘭子に見咎められ、百代は小さく舌を出した。

「なんでもないよぉ」


トリプルデートの待ち合わせは、駅前だった。ここでしかありえないと蘭子が決めたのだ。

まったく意味のない思い込みだが、面白いので反論はしなかった。

駅のロータリーのところで車を降りると、一人の男性が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「藤堂さん」

「あら、川田さん。もう来てらしたの?」

「はい」

蘭子より年上なのに、まるで蘭子の信奉者のように、蘭子を崇め奉っている。

「後のふたりはまだのようだけど…まだ…」

蘭子は腕時計で時間を確かめた。

彼女のつけている腕時計を目にした川田が、目を見張ったのに百代は気づいた。

驚きもするだろう、女子高生がつけてる様な代物じゃない。

藤堂の父から、誕生日だったか、贈られた時計は、たぶん100万をくだらないはず。

でもこの時計に関しては、蘭子も見栄を張りたくてつけてるわけじゃないから、鼻にはつかない。

「三分前ですものね」

のんびり気分で待っていた百代は、右方向からやってくる男性を目にして口元に笑みを浮かべた。

やはり、彼だった。

蔵元三次は、百代や蘭子に気づき、まっすぐに歩き寄ってきた。

うんうん。歩く様も、素敵だ。

「こんにちは」

前に聞いたと同じ、重量感のある低い声で、彼はいの一番に百代に挨拶してきた。

笑みはないけど、楽しがってるように感じられた。

「こんにちは」

服装も合格だ。彼は自分が分かってる。


約束の時間が数分過ぎたが、愛美の相手の男性は、なかなか姿を見せなかった。

「遅いわね。時間にルーズなひとではないのだけど…」

気の短い蘭子が、痺れを切らしたようにブツブツと言った。

誰が来るのかとの川田の問いに、蘭子は川田に振り返った。

対して興味をもたれていなかった川田は、蘭子が自分に向いてくれたことに、気を上げた。

「保志宮さんよ、ご存知?」

おおっ、保志宮とな。

そこらにはない苗字は、百代も耳にしたことがある。

愛美はなんて凄いのに目を留められたんだ。

こりゃあ、やっぱし、あのパーティーで出逢った王子様に違いない。

保志宮家の子息ならば、王子様と呼ぶのに相応しい。

百代は、愛美に目を向けてみたが、愛美はなんの反応もみせていなかった。

なんだ?保志宮王子は、愛美の出逢った王子様じゃないのか?

「保志宮?」

蘭子の相手の川田が、驚愕の体で口にした。

「保志宮…まさか、保志宮輝柾氏ではないですよね?」

驚きをあらわに尋ねた川田を見て、蘭子は軽蔑を滲ませつつ「彼よ」とそっけなく答えた。

「あ、あの方が、こんな場所にお見えになるんですか?」

川田の様子から、百代が思ったよりも保志宮という人物は只者ではないと分かった。

「こんな場所?」

自分が決めたデートの待ち合わせ場所を馬鹿にされたと感じたのだろう、蘭子は険悪な眼差しを川田に向けた。

当然川田は、悲鳴を上げそうに顔を歪めた。

百代は、川田に極大の憐れみを感じた。

この男、なんで蘭子なんぞと、付き合おうと思ったのか…

まあ、自分の選択の結果なのだから、しばし蘭子に付き合ってもらうしかないが…

しかし、可哀想に…

たっぷり同情しつつ、蘭子と川田のやりとりを眺めていた百代は、話にのぼった保志宮という人物らしいひとの登場に気づいて目を向けた。

蔵元三次は、百代の視線に気づいたのか、保志宮の方へと目を向け、知り合いだったのか、軽く手を上げた。

「いらしたようだわ」

ようやく保志宮の登場に気づいたらしい蘭子が言った。

川田と蘭子に気を取られていた愛美も気づいていなかったらしく、蘭子の言葉を聞いて顔を向けた。

百代は、愛美の表情の変化を見守った。

なんだ? やっぱり彼は、愛美の出逢った王子様ではなかったらしい。

百代は拍子抜けした。

それにしても、今回、愛美の王子様に関して、彼女の勘がピコッとも働かなかったのはなぜなのだ。

自分の勘を過信しているわけではないが、それなりには感じるはずなのに…

やってきた保志宮を観察していた百代は、保志宮が愛美にまったく目をくれず、真っ先に蘭子に挨拶したことに、眉をひそめた。

おかしい…こりゃあ、おかしいよ。

愛美に付き合いを申し込んだ男が、まるきり愛美に目を向けぬとは?

何かがおかしいぞ。

そう確信したのは、保志宮が確認するように、百代と愛美に視線を向けた後、微妙に考え込むように眉をひそめたからだ。

百代自身は、パーティーの時に彼と会っていない。

愛美と百代が別行動しているときに、このふたりが会っている可能性はあるが、このひとは、いま初めて愛美を見たかのようだ。

それに愛美だって、あんまり反応ないし…

けど、それっておかしなことだ。
蘭子は申し込みをしてきた相手は、愛美や百代と会っていると言ったのだから…

確かに、あのときの愛美はいまの愛美とはちょっと違う。

あの時はこのダサい黒縁の眼鏡なんぞかけていなかったし、髪もアップで…

雰囲気があまりに変わっていたからってことなのか?

いや、それでは納得できない。

百代が思案している間に、蘭子からの簡単な紹介が終わり、全員、櫻井のいる喫茶店へと歩き出した。

まあ、色々分からないことだらけだが…

ともかく、まずは蘭子のお手並み拝見と行こう。





   
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