《シンデレラになれなくて》 番外編
百代視点


第8話 好敵手との愉快な攻防




「貴方は、こうなることが、あらかじめ分かっていらしたんですね?」

車が走り出した後、まるで我慢大会のように、沈黙を続けていた三次と百代のふたりだったが、ついに三次は根負けしたかのように問い掛けてきた。

「はい。それなりに」

百代はそれだけ言って口を閉じた。

一瞬イラっとしたようだが、三次はすぐに心を静めた。

「いったい、どういうことだったのか、教えていただけるのかな?」

言葉の丁寧さに、いくぶん彼の苛立ちが感じ取れる。

別に、わざと彼をイライラさせて楽しがろうってわけじゃないのだが…

「蔵元さん、いまの騒ぎ、どう思いました?」

「蘭子さんには申し訳ないが、面白く感じましたよ」

うむうむ、正直だ。

「なにか、分かったことがあります?」

三次は運転しつつ軽く首を傾げてしばし考え込み、おもむろに口を開いた。

「…蘭子さんと、あのウエイターの男性は知り合いでしたね。蘭子さんは彼にだけ注目し、川田君と自分の仲を彼に見せつけることしか頭になかった」

まったくその通り。

まあ、あの場合、蘭子を気に掛けていれば、誰でも分かったことだろうが。

「ですが…分からないことがひとつ」

「なんですか?」

「蘭子さんは、川田君とふたりで喫茶店に行くだけでよかったはずです。なのに、なぜ私と保志宮氏が?…そして貴方と早瀬さんが?」

「今日のは、蘭子にとって、まだ本当の目的じゃないからですよ」

百代の言葉で、彼は何か思いついたようで、ああそうだったというような表情になった。

「蔵元さんは、どうして私と付き合うことにしたんですか?」

「話してもいいのかな?」

三次は思案するように口にしつつ、百代にちらりと視線を投げてきた。

「いいんですよ。だいたい予想ついてますし」

一拍間を開け、三次は頷いて話し始めた。

「蘭子さんからパーティーの前に電話をいただいて、友達をふたり連れて行くから、もし気に入ったら、どちらかの彼氏として…軽い気持ちで付き合ってみないかと」

軽い気持ちでねぇ〜

三次の説明に、さすがの百代も、蘭子に呆れた。

確かに、本気で申し込んでこられちゃ困るのだが。

そんな話を聞かされちゃ、まるきり百代と愛美は、彼氏を必死になって募集してるような印象を、男達に与えかねないじゃないか。

それにしても蘭子ってば…いったい何人の男に電話したんだ?

「それで、蔵元さんは、軽いノリで応じたわけですか?」

「いえ…興味と…心配から」

「心配?」

言葉を繰り返した百代に対し、三次は咎めるような視線を飛ばしてきた。

「関係ないといえばそれまでですが…。貴方がたふたりは、あのパーティーで、かなり注目を集めていましたからね。たくさんの男達に声を掛けられたのでしょう?」

「ええ。まあ。蘭子の頑張りが、ずいぶんと実を結んだようで」

「そういうことではありませんよ」

「はい?」

「蘭子さんから声を掛けられた者は極少数です。彼女も無闇に声を掛けるような愚かな真似はしなかったようです。私と保志宮氏と、あとふたりほどだったようですよ」

「そうなんですか?」

蘭子は、百代には三人、愛美には五人もの申し込みがあったと言っていたのに?

四人では話が合わないんだけどな…?

「でも蔵元さん、なんでそんなこと知ってるんですか?蘭子に聞いたんですか?」

「いえ、あの場にいた数人に話を聞いて分かったことです。蘭子さんがおふたりの彼氏候補を募集しているとの話は、何人かの耳に入り、すぐに広まったようでした」

ははあ、それで蘭子から声を掛けられてない男まで、候補者として名乗りをあげてきたというわけか…

「パーティー会場で、貴方が立ち去った後、蘭子さんが、貴方はとても楽しいひとだから、グループで遊びに行くような感じで、少し付き合ってもらえないかと聞かれたんです」

百代は、そう語る三次の横顔を見つめた。

「つまり貴方は、自分から名乗りをあげたわけじゃない?」

「まあそうです。ふたりきりで会うようなことはないと言われましたし」

「それならって、応じたんですか?」

「ええ。これは何かあるなと思って」

百代は、三次の横顔をじっと見つめた。

なぜか分からないが、彼に心の壁を感じる。

百代に、内面まで踏み込ませまいとでもするように…

彼の言葉にしたって、彼女に本気で恋をされたら迷惑だと思っているのだぞと、思わせようとしている。

わたし、彼に嫌われてるのか? …そうは思えないんだけど…

まあ、いいか。

「ずいぶん面白そうな体験が出来そうでしたからね。しかも相手は貴方だ。そして実際、こうして面白い場面が見られた」

「ありがとうございました」

三次は面食らったような顔になった。

「どうして、私はいま、お礼を言われたのかな?」

「蘭子の企みに気づいていて、それでも快く付き合ってくださったからです」

「そして、まだ、これで終わりじゃない?」

三次は悪戯っぽく付け加えた。

ずいぶんと楽しそうだ。

不思議な人…いや、変な人だ。

「はい。またいずれ蘭子から連絡が行くと思います。たぶん、それで終わるんじゃないかと思うので、もう一度だけ、蔵元さんにも付き合っていただけたら助かります」

「桂さん、貴方は次に何が起きるか、すでにご存知なのでしょう?」

百代は、首を振って否定した。

「もちろん何も知りません。蘭子がどんな企みを考えつくか、私も楽しみにしてるところです」

「ふむ」

三次は半信半疑なような声を出し、それで会話を終えた。





「桂さん」

五分ほどの沈黙の後、三次が話しかけてきた。

「なんですか?」

窓の外の景色を眺めていた百代は、彼に顔を視線を向けた。

「どうでもいいことかもしれませんが…」

三次のその言葉には、やたら含みがあった。

「はい?」

「いま、保志宮氏の車が、その角を右に曲がってゆきましたよ」

百代はその情報に、きゅっと眉を寄せた。

藤堂家に向かうはずなのに、右ではおかしい。

「ほんとに保志宮さんの車だったんですか?」

「ええ。あの方の乗っておられる車種は、あまり走っていませんからね、まず間違いなかったと思いますよ」

どうやら彼の見間違いとかではないらしい。

「保志宮さんの車種と色を教えてもらえますか?」

三次から保志宮の車の車種を聞いたものの、残念なことに車になど興味の無い百代にはさっぱりだった。だが、色がシルバーだということは頭に入れた。

酷く、額の辺りがくすぐったく、胸の辺りももやもやする。

百代は、無性に落ち着かない気分になった。

保志宮は、愛美をどこに連れて行こうというのか?

百代は自分の意識に問い掛けてみたが、ほんの微かな答えも返ってこなかった。

百代はイライラした。
まただ、また何も感じない。

「蔵元さん、申し訳ないんですけど、保志宮さんの車が向かった方向に行ってみてくださいません?」

「いまから方向転換して追いかけても、見つかる可能性はほとんどないと思いますが…」

「気になるんです。お願いします」

「保志宮氏は…何も心配はいらないと思いますが…」

蔵元はそう言いつつも、次の角を右に曲がってくれた。

「ありがとうございます」

百代は自分の勘を最大限に働かそうとしたが、腹がたつほど勘は働かず、何も感じなかった。

「そんなに心配なら、携帯で電話を掛けてみたらどうです?」

「持ってないんです」

「いまどき珍しいですね。どちらが持っていないんですか?」

「私は持ってますよ。いまどきの女子ですから」

三次がくすっと笑った。

「とすると、早瀬さんは、いまどきの女子ではないわけですか?」

「そういうこと」

百代は適当に言葉を返しながら、進行方向に目を向け、愛美を乗せている保志宮の車を捜した。

十五分くらい、あても無く走り回ったところで、百代は愛美探索を諦めることにした。

愛美のことが、どうにも気になってならないのだが、このまま探し回ることが無意味であることも分かっている。

「蔵元さん、もういいです」

「おや、もう諦めてしまうんですか?」

「ええ。探しても見つかりません。というか、見つからないことになってるんですよ」

「見つからないことになっている?」

「走り回らせちゃって、すみませんでした」

「それはいいんですが…それより、見つからないことになっているという意味が…」

「ああ、気にするほどの話じゃありませんから。気にしないで下さい」

「桂さん、私は話をはぐらかされるのは好きではないんですよ」

「でしょうね」

「桂さん」

「ともかくUターンしません?」

百代は、進行方向を見つめて、三次に提案した。

このままではどんどん藤堂家から遠ざかってしまう。

「納得できる答えをいただけたなら、Uターンしましょう」

「納得してもらえないと、私、帰してもらえないんだとすると、一生帰れないってことになりそうなんですけど」

「説明してもらえたら、納得するかもしれない」

それはどうだろうか?

「つまりですね、見つけなきゃいけないんだったら、見つかってるってことです」

「早瀬さんと保志宮氏が見つからないのは、見つけなくていいからだと、貴方は言いたいわけですか?」

「もしくは、見つからないほうがいいということですね」

「…その根拠は、どこから導き出されたんです?」

「もちろん、私の経験からですよ」

「経験という言葉を、それほど自信を持って口にされるほどの年齢とは思えませんが」

「年齢は関係ありませんよ。経験ですよ」

「面白い方だな」

その言葉とは裏腹に、三次の声にはひどく苛立ちが含まれていた。

「怒らせるつもりはなかったんですけど」

「怒ってなどいませんよ」

そう答えた三次は、次の角を右に回り、進路を変更した。


それからずっと三次は黙り込んだままだった。

今度こそ、百代より先に口を開くまいと決めてでもいるようだった。

冷静で寡黙な彼だが、ムキになるところもあったりで、実に好ましい。

藤堂の家の門が近づき、百代は三次に声を掛けた。

「蔵元さん、もう一度、私に付き合ってもらえます?」

「それは、蘭子さんの企みに協力するということですね?」

「はい」

三次の車は藤堂の屋敷の中へと入り、車は止まった。

「でも、それだけじゃなくて…またお逢いしたいので」

「私に?」

百代は助手席のドアを開けて下りると、感謝を込めて三次に頭を下げた。

「今日はありがとうございました。楽しかったです。では、また」

眉を寄せて自分を見つめている三次に、にこっと微笑み、百代は藤堂の屋敷に足を向けた。

三次は声を掛けてくることもなく、すぐに走り去って行った。

彼はなかなかに好敵手だ。

屋敷の玄関に向かって歩みながら、百代は三次との愉快な攻防を思い返して、笑みを零した。





   
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