《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第22話 目をぱちくり



「ほんじゃ、愛美」

校門を抜けたところで、百代はここまで一緒に歩いてきた愛美に元気良く声をかけた。

「うん、百ちゃん、また明日ね」

「あいあい」

手を振る百代に手を振り返しながら、愛美はにっこりと笑みを見せた。そして、背を向けて自宅に向う。

しばし愛美の後ろ姿を見守ってから、百代も目指す方向へと歩き出した。

これから向かう場所は、ここから歩いて五分とかからない大学の正門。

三次とそこで待ち合わせだ。

歩き出してすぐに、大学前の塀沿いの道にきた。
校舎を目にして、ワクワクする。

歴史は古い大学だが、校舎は改装されてて真新しい感じだし、近代的な校舎も増設されてて、カッコイイ。

高校の校舎とはまったくイメージが違う。なんとも崇高な感じ。

来年、百代が通う予定の大学だ。

学部は違うけど、蘭子も同じ大学を受験することにしてる。

まあ、蘭子の場合、受験に受かってくれるかが、ちと心配なのだが…

百代は推薦入試を受けられそうだけど、蘭子の成績では推薦での入試は、ちと無理だろう。

もちっと勉強してくれれば…頭脳の質はそんなに悪くないと思うんだけどねぇ。

約束の場所である正門に到着した。

大学生がけっこう歩いているが、ここらでは百代と同じ高校生の姿も多く、注目されることもない。

百代は携帯で時間を確認した。

四時までもう十分くらいある。

三次は約束の時間に遅れて来るようなタイプじゃないし、五分くらいは早めに来そうだけど…さすがに十分前に来ることはなかろう。

ちょこっと小腹が空いたな…

百代は、正門近くにあるコンビニに目を向け、横断歩道が青なのを確認して、ダッシュした。

キャンディーかグミくらいでいいな。
お菓子売場で、欲しいお菓子をゲットし、レジに向かう。

「およっ、桂崎」

驚きの叫びに、百代は顔を向けた。

なんだ、顔見知りの男子がふたり。

慶介とかなり仲が良いやつらだ。

「偶然だね」

「お、おお」

「珍しいな、君ひとりで、こんなとこにいるなんてさ」

「まあね。小腹が空いたんで、お菓子買いにきたの」

百代は、手にしているグミを見せ、そのままレジに差し出した。

「なあ、君さぁ、慶介と付き合ってんだろ? 彼女なんだろ?」

支払いを終えた百代に、興味津々といった表情で問いかけてくる。

「慶介は幼馴染だけど」

百代は出口へと歩きながら真実を答えた。

「それだけの関係?」

コンビニの外へとついてきながら、再び問いかけてくる。

「あんたたち、何か買うんじゃなかったの?」

「もう買った。今日、予約してたゲームの発売日でさ、受け取りに来たんだ」

その言葉に、百代は足を止め、くるりと彼らに向いた。

「今日発売? なんのゲーム?」

勢い込んで聞く。

考えてみると、今日って、百代が好きな格闘ゲームの発売日だったんじゃ?

「ほら、これさ」

通学鞄から出して見せられたのは、間違いなく百代の考えていたゲームのソフト。

「わわっ、いいなぁ」

「桂崎もゲーム好きなのか?」

「好きだよぉ。慶介も、これ買うつもりだって言ってたんだけど…」

「ああ、あいつなら、すでに手に入れてる」

「発売日前日に手に入れてんだぜ、ほんとむかつくよなぁ」

「ほ、ほんと?」

あんの野郎、昨日ひとりで楽しみやがったな。
手に入れたら、やらせたるって言ってたくせに。

「あいつは、ほんと強運の塊ってかさ…」

「そうそう、そのうえ超天才児。あいつはいったいなんなんだろうなぁ?」

呆れたように首を振る彼らの様子を見て、百代は声を上げて笑った。

「ゲームでも、慶介は対戦相手にならないんじゃない?」

「そのとおり。あいつとやると、レベルの違いに、やる気なくすんだよ」

「桂崎、君はどうなんだよ? 慶介と渡り合えるのか?」

「うーん、そんときによるね。体調の良い方が勝つよ」

「なんだよそれぇ?」

コンビニから出てずっと彼らと並んで歩きながら会話していた百代は、正門前に佇んでいる三次に気づいた。

彼はひと待ち顔で、周囲を眺めている。

もちろん、彼が待っているのはこの自分だ。

その三次の視線が百代に向き、彼女は手を上げかけたが、三次は見知らぬ人でもあるかのように、視線をはずしてしまった。

五メートルくらいしか離れてないのに…

なんで気づかないのだ!

まさか、わたしの顔を忘れちまったなんてこと…

あっ、そうか。この制服だ!

彼はわたしが高校生だと思っていないんだった。

高校の制服を着てるから、この制服を認識した三次の意識は、これは百代ではないと判別したのだろう。

「おふたりさん、わたしはここで失礼するよ」

「うん? 君、バスじゃなかったっけ?」

「そうだけど、今日は用があるんだ」

足を止めずに歩きながら会話しているから、すでに三次は真ん前。

そして彼は、高校生三人組が自分の前を通りすぎようとしているのを無意識に見つめている。

「それじゃあな、桂崎」

「うん、バイバーイ」

百代は返事をしつつ去ってゆく彼らに手を振り返したが、視線は三次に向けていた。

桂崎という名を耳にした三次は怪訝な顔になり、ぱっと百代に顔を向けてきた。

「ども。こんにちは」

百代はにっと笑って挨拶した。

百代を正しく認識したらしい三次は、目を見開いて彼女を見つめ返してきた。

「桂…崎さん」

ようやく三次が反応してくれ、百代はこくんと頷いた。

「びっくりさせちゃってごめんなさい」

「高…校生?」

「はい。実は、蘭子と同級生なんです」

百代の告白に、三次は顔をしかめた。

「まったく!」

吐き捨てるように言い、三次は百代にむっとした顔を向けてきた。

「怒ったんですか? 買い物止めます?」

「ゆきますよ。だが、高校生なら高校生と、どうして言わないんです?」

「だから、いま知らせましたよ」

百代の言葉に、三次は苛立ちが増したようだった。

「もっと早くと言いたいんですよ!」

「そうイライラしなくても…別にわたしがいくつだって、蔵元さんにとって、どうでもいいだろうと思えたし…」

「大きな違いがありますよ。まさか未成年だとは…」

「未成年には、買い物に付き合ってもらいたくないわけですか?」

「そういうことではないと言っているでしょう」

「なら、どんなことなんですか?」

百代に聞き返された三次は、しばらく百代をじーっと見つめていたが、疲れたように肩を落とし、頭に手を当てた。

「車はこっちです」

三次はそうそっけなく言い、背を向けて大学の敷地内へと入ってゆく。

どうやら、百代が高校生である現実を、彼は受け入れ終えたらしい。

百代は、楽しくなって彼にくっついていった。





「く、蔵元さん」

物珍しく校舎を眺めていた百代は、蔵元に呼びかけた女性の声を聞いて、そちらに視線を向けた。

五人の女性が三次を見ている。

どうやらみんなしておしゃべりしていたようだが、その中のひとりが、自分たちの前を通りすぎようとしている三次に声をかけてきたようだった。

三次はすぐには立ち止まらず、二歩進んでから、ようやく立ち止まった。

どうも彼は、そのまま素通りしたかったようだが、それではさすがに失礼だと考えなおし、仕方なしに足を止めたと思われた。

だが、顔は向けたものの、返事はしない。

百代は思わず吹き出しそうになった。

彼らしい。

声をかけてきた女性は、三次にじっと見つめられ、ドギマギした様子でなかなか次の言葉を口にしない。

「あ、あの…。演奏会、と、とても素敵でした」

「ああ。どうもありがとう」

なんだそのことかとでも言わんばかりの顔をしつつ、礼を言った三次は、後ろにいる百代に振り返ってきた。

彼女がちゃんと後ろにいるか心もとなくなり、確認してきたというような感じだった。

百代は、彼の目を見つめ返し、こくんと小さく頷いた。

「どうして貴方は…」

小言を言いかけた三次は、唐突に口をつぐんだ。そして、自分を見ている女性たちに目を向け、「それじゃ」とぼそりと言い、また百代に向いた。

「私の横を歩きなさい」

命令口調で言った三次は、腕を伸ばしてきて彼女の手を掴み、横に並ばせてから歩き出した。

「楽器は?」

まっすぐ前を向いて歩いている三次に、百代は尋ねてみた。

三次は眉間を寄せて顔を向けてきた。

「唐突過ぎるでしょう?」

「えっ、唐突って?」

「楽器という問いですよ。まずは演奏会に出たんですかと問うのが、この場の自然な流れでしょう」

「けど、わたしの問いの意味、蔵元さん正しく受け取ってるじゃないですか?」

「会話には、気持ちの良い流れというのがある。なのに貴方ときたら、私に伝わると考えて、普通なら言葉にする会話を削除してしまってる。おかしいでしょう?」

「楽しいのに…」

唇を突き出していった百代を、三次が睨む。

「私をからかうのが楽しいんですか?」

「からかってなんていませんよ。通じるのが楽しいから端折ってるんですよ」

三次はきゅっと眉を寄せた。

「通じるひとって少ないんですもん。だから、通じるひとには端折って…端折れる現実を楽しみたいんです」

「まったく、相変わらずおかしなひとだ。…貴方は、本当に高校生なんですか?」

「もっちろん。偽物女子高生じゃないですよ」

百代は胸を張り、胸のリボンを、つんつんと両手で引っ張って見せた。

くすくす笑う声が聞こえ、百代は三次を見上げた。

「どこにゆきますか?」

「手袋にします?」

問いに問いで返した百代に、三次は苦笑した。

自分の車に歩み寄った三次は、助手席のドアを大きく開いて百代に向いてきた。

「どうぞ」

先ほどまでの苛立ちは消え去ったようで、いまの三次はひどく楽しそうだ。

彼の楽しさに心地よく同調し、百代も楽しくてならない。

好敵手は、百代の求める素質ありだ。

彼女との関わりを増すたびに、三次は好敵手レベルがぐんぐん上がってゆくようだ。

それにしても、開いたドアに手をかけている彼は、なんともスマートで素敵。

頭の中に、バイオリンを構えている三次が浮かび、百代は笑みを浮かべた。

「蔵元さん、バイオリン似合いますよ」

車に乗り込みながら、百代は三次に言った。

「どうして知っていらっしゃるんです?」

助手席に座った百代は、驚いた顔をしている三次を見つめ、目をぱちくりさせたのだった。





   
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