《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第26話 またもお預け



「ほよお〜」

パーティの準備が整った部屋を眺め回し、百代は思わず小さく叫んだ。

彼女の隣にいる愛美は、豪勢過ぎることに戸惑っているようだ。

自分の誕生日に、ここまでしてもらっていいのだろうかと、不安になっているのに違いない。

蘭子が好きでやっていること、愛美が気にすることなんかないのに…

楽しめば良いのだ。それが蘭子には嬉しいんだから。

なんて言ったところで、愛美は気にするんだろうけど…

愛美の心を軽くする言葉を言ってやろうとしたが、ふたりが部屋に入った瞬間、居心地悪そうな様子で立っていた櫻井が歩み寄ってきた。

ソファに並んで座っていた保志宮と三次のほうも、立ち上がって歩み寄ってくる。

「誕生日なんだって、おめでと」

櫻井は百代のことを気にしながら、愛美に向けてぶっきら棒に言う。

「ありがとう」

愛美の返事を受け流し、櫻井は百代に向いてきた。

ずいぶんとしかめっ面だ。さらに付け加えれば、頬がうっすら赤い。

蘭子から誘われて、愛美の誕生日パーティに来たことを、百代にどう思われているのか、彼は気にしているようだ。

まあ、櫻井が、蘭子を異性として気になっているってのは、すでにわかっているわけで…

「俺は別に…」

櫻井は、百代と目を合わせた瞬間、言い訳のように口にしたが、すぐ後悔の色を浮かべた。

「その…まあいい」

曖昧に言った櫻井は、百代が何か言う前に、そそくさと離れていった。

百代にとって、今日のパーティがさらに楽しくなったのは言うまでもない。

「桂さん、こんにちは」

彼女の真ん前にやってきて保志宮が呼びかけてきた。

桂さんと呼ばれたせいで、ついにやついてしまう。

隣では、三次が愛美に早瀬さんと呼びかけているし…

保志宮は、まだ百代と愛美が高校生だとは知らないのだろう。

「どうしました?」

百代の表情が不審だったのだろう、そう問われて百代は顔の前で手を振った。

「なんでもありませんよ。保志宮さん、こんにちは」

「今日も、何か楽しいことが起こるのではないかと、期待をしているんですが」

保志宮は百代に顔を近づけ、楽しげにひそめた声で言う。

「起こるか起こらないかは、終わってみなきゃわからないですね」

「そうですか」

そう答えたところで、保志宮は、愛美にバースディのお祝いを言い終えた三次がこちらに向いたのに気づき、百代との会話を切り上げて愛美のほうに移動した。

彼と入れ替わり、今度は三次が百代の前にきた。

「こんにちは」

三次と目を合わせた瞬間、百代は挨拶した。

「どうも」

どうしてか、三次はずいぶん得々とした顔をしている。

何か、百代をびっくりさせられる、面白いネタを掴んででもいるような。

「座りませんか?」

三次に促され、百代は彼に従ってソファに腰かけた。

愛美と保志宮のふたりは、百代たちとは対角になるソファのほうに座り込んだ。

櫻井はまた別のソファに、ひとりでぽつんと座っている。
かなり居心地が悪そうにしてる。

あれっ? そういえば、蘭子の姿がない。

櫻井を、ひとりで放っておくべきではないのに…

「蘭子さんは、先ほど出てゆかれましたよ」

蘭子を探してきょろきょろしていた百代は、三次から教えられ、彼に顔を向けた。

「どこに行ったか、知ってます?」

「パーティ開始の準備のようでしたよ」

「ふうん」

だいたい想像はついた。なにせ、この部屋の半分に、舞台が設けられている。

赤いマットを敷いた上には、グランドピアノ。

つまり、誰かが愛美のために、ここでピアノを演奏するってわけだ。

ピアノといえば、思いつくのは橙子さんだ。

愛美のお祝いに、きっと一曲弾いてくれるんだろう。

てことは、蘭子は姉を迎えに行ったのに違いない。

「色々とわかりましたよ」

「はい?」

不意をつく言葉に、百代は首を回して三次を見つめた。

「わかったって、何がですか?」

三次は、身体を百代に寄り添うように身体を傾けてきて、顔を近づけた。そしてふたりにしか聞こえないくらいの声で話し始めた。

「貴方が高校生だということから、色々と推察できましたよ」

百代は、三次の話の続きを望むように、ひょいと眉を上げてみせた。

「貴方が名前を縮めていたように…彼女もまた…」

まあ、当たりだ。

百代は頷くことはせず、三次の目を見つめ返した。三次はそれで満足したようで、また口を開いた。

「蘭子さんと貴方は同級生だった。そして、早瀬さんもまた同じなのでしょう?」

じーっと見返す百代の顔を見て、笑みを浮かべた三次は、ゆったりとソファに凭れ、少し離れた場所にいる愛美に視線を向けた。

「保志宮氏と彼女は、付き合っておいでなのですね?」

「いいえ」

百代は即答した。

否定の返事がよほど意外だったのか、三次はひどく驚いたようだった。

「ですが…。そうは思えませんが」

「でも、付き合ってないですよ。友達のわたしが言うんだから間違いないです」

「ですが…」

同じ言葉を繰り返した三次は、ひどく渋い顔になった。

「別に、付き合っていらっしゃらないなら、それでもいいんですが…ただ、これまでのことを考えると…」

「劇場から、ふたりして消えたり?」

「ええ、そうです」

「ねぇ、蔵元さん。蔵元さんから見て、保志宮さんは彼女をどう思ってるって思います?」

百代は三次に小声で尋ねてみた。

保志宮の気持ちは、百代にもちょっと読めない。

彼は愛美に好意を持っていると思えたのに…
あの芝居の日、愛美の王子様に、手を貸している。

保志宮は、愛美の王子様をとてもよく知っているのだ。
もちろん、ふたりが好きあっていることも知っていて…

そして、橙子さんも知っているはず…あの日、橙子さんは、愛美の王子様とお芝居を観にきていたはずなのだ。

だって、消えた保志宮さんは、橙子さんと並んで座っていたんだもの。

「貴方らしからぬ愚問ですね。私はふたりが付き合っていると思い込んでいたのですよ」

百代は笑い、ぺろりと舌を出した。

「でしたね。…そうかぁ…」

愛美となにやら話し込んでいる保志宮を見つめ、百代は唇を突き出した。

保志宮さん、愛美と一緒にいられて、とっても嬉しそうだ。

部屋の中では、先ほどから屋敷の使用人のひとが、ピアノの周囲に椅子を並べている。

演奏するのは、橙子さんだけじゃないってことのようだ。

「愛美さんは、保志宮氏に好意を持っているわけではないと、思ってよいんですね?」

三次が、念を押すように問いかけてきた。

椅子を並べているところを眺めていた百代は、ぎょっとして三次を振り返った。

い、いま、確かに蔵元さん、愛美さんと言ったよね?

「ど、どうして?」

百代の驚きいっぱいの問いに、三次は口を閉じて黙り込んだ。

なにやら彼は、頭の中で考えを巡らせているようだったが、やおら口を開いた。

「調べたのですよ」

「それって、彼女の名前をってこと?」

「ええ。あの高校には知り合いがいるので」

知り合い?

びっくりからようやく抜け出した百代は、顔をしかめて三次を睨んだ。

「侮れないひとですねぇ。名探偵もびっくりですよ」

「それほどのことではありませんよ。とても簡単でしたから」

くすくす笑いながら三次が言う。ひどく楽しそうだ。

どうやら、百代にひと泡吹かせられたと、悦に入っているらしい。

「あっ、わかった。櫻井に聞いたんでしょう?」

百代は相変わらず居心地悪そうにひとりで座っている櫻井にちらりと視線を向け、三次に問い詰めた。

「おや? ということは…彼もまた、貴方がたの同級生なのですか?」

「へっ? 知らなかったんですか?」

「ええ。彼は大学生なのだろうと思っていました。車を運転していましたからね。だが…そうか」

三次が、櫻井が高校生だと知らなかったという件は、百代にとって意外だったが、これで櫻井が三次に愛美の名前を教えたという線は、きれいに消えてしまった。

まあ、考えてみれば、誰が蔵元さんに愛美の名前を教えたかなんて、どうでもいいか?

なんか、妙に気になるけど…何が気になるのかが、わからない。うーむ。

「まあ、ともかく今日、私はずっとお預けを食らっていた答えを、貴方から聞けるんですよね?」

そう言えば、そうだった。

「それじゃ、蔵元さん、わたしから聞きたいことを言ってみてくださいよ」

「いいでしょう。芝居の見物は、なんの目的があって行なわれたのか。そしてなぜ、六人でなければならなかったのか? あと、もうひとつ気になるのが、あの喫茶店で、櫻井さんは蘭子さんのターゲットだったようなのに、芝居では蘭子さんと同席していたこと」

静穂たちとの馬鹿馬鹿しいバトル。
話を聞いたら、三次はひどく呆れるに違いない。

「答えを聞いたら、あまりの低次元バトルに、蔵元さん呆れちゃいますよ」

「低次元バトル? 聞きたい気持ちが、さらに膨らみましたよ」

くすくす笑いながら三次は楽しげに言うが、実際聞いたら…

まあ、いいか。彼はどんなものであれ、答えが欲しいのだ。

静穂の名前を出さなければ、話して聞かせてもいいだろう。

「実は…」

百代が話しはじめようとしたところで、ドアが大きく開き、楽器を手にした人たちがぞろぞろと入ってきた。蘭子もいる。

愛美のバースディパーティが、おっぱじまるようだ。

「ありゃりゃ、答えはまたお預けになっちゃったようですね」

おどけたように言った百代に、三次はむっつりと口をへの字に曲げたのだった。





   
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