《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第27話 勘のお告げ



ぞろぞろと列を組んで入ってきた人たちは、絨毯の上に横並びに立ち、揃ってお辞儀をした。

百代は、あれっと首を捻った。

橙子がいないのだ。

愛美のために、ピアノを弾いてくれるのだと思っていたのに?

楽器を手にしてそれぞれが椅子に座り、ひとりの女性がピアノの前に座った。

なぜ橙子でなかったのか、かなり気になった。が、蘭子は百代の視線になど気づいてくれず、まったくこちらに向いてくれない。その蘭子が、舞台の中央に進み出てきた。

「それじゃ、誕生日を祝して、まず一曲弾いていただきましょう」

品よく口にした蘭子は、愛美に顔を向けた。そして愛美のほうに歩み寄るつもりのようだったが、迷いを見せた一瞬後、ひとりで腰かけている櫻井の隣に歩み寄った。

櫻井に失礼というような眼差しを向け、蘭子は座り込んだ。

主役の愛美の隣に座るべきと考えていたんだろうけど、保志宮と仲良く座っているのを見て、歩み寄れなかったのだろう。けど、結局のところ、蘭子の本音は櫻井の隣に座りたかったはずなのだ。

蘭子が隣に座わってきて、櫻井もまた複雑な心境のようで、物凄くいたたまれないような顔をしてる。

もちろん、そんなふたりを眺められて、百代は面白くてならなかった。

プロの演奏は、とても聞き応えがあった。

演奏が終わり、まばらな拍手の中、バースディケーキが堂々と登場した。

「こりゃ、すっごいね」

百代は、笑いながら口にした。

大きすぎるケーキは豪華に飾りつけられ、中央には愛美の名前がチョコレートで書いてある。

愛美は蘭子が期待していた以上だろう驚きの反応を見せ、蘭子を喜ばせていた。

「こ、こんな…い、いいのかしら?」

驚きに目を見張った愛美は、両手を握り合わせ、声を上ずらせて言う。

「それじゃ、櫻井、ローソクに火をつけてちょうだい」

ガスライターを差し出しながら、蘭子は櫻井に命令するように言った。

その命令口調に、櫻井はむっとしたようだが、場の雰囲気を損なってはと思ってくれたようで、蘭子からガスライターを取り上げ、ローソクに火をつけた。

櫻井が火をつけるのを見守りながら、なんとなくローソクの数を数えていた百代は思い切り吹きそうになった。

なにせ、ケーキの上に立っているローソクの数は、十八本。

すでに三次は愛美が高校生である事実を知っているが、保志宮は知らないはず。

百代は急いで保志宮に目を向けたが、これといった反応は見られなかった。

だが、彼が気づいていないはずはない。

すでに真実を悟り、その胸に受け入れた後なのに違いない。

やはり、この保志宮氏、かなりの切れ者。

しかし、愛美は自分のために催されている豪華なパーティに、そうとう舞い上がっているようだ。ローソクが自分の実年齢をはっきりと実証している事実に、まるで気づけていないのだから。

愛美がローソクの火を吹き消し、みな愛美を祝って拍手した。愛美はひどく照れくさそうだった。

胸がきゅんとなるような笑みで、百代は愛美の母のような気分に浸った。

食事が始まり、それとともにバックミュージックの演奏が会話の邪魔をしない程度の音量で始まった。

料理はバイキング形式。好きな物を好きなだけ食べられる。

それに自由に部屋を動き回れるから、行き当たりばったりの感じで、なんということもない会話をして楽しんだ。

三次は、本音では、延び延びになっている謎の答えを早く聞きたいのだろうが、いまは無理と悟ったようで、百代よりも櫻井や保志宮と会話している時間が長かった。

三次と保志宮が話しかけてくれて、櫻井はそうとう嬉しそうだった。

きっと、三次と保志宮が気を回してくれたのだろう。櫻井は明らかに居心地の悪い様子だったから…

「愛美、これ」

お腹も満足したあたりで、百代は愛美の手を取り、誕生日プレゼントとして用意していた玉を手のひらに転がした。

うんうん、やっぱり、いい玉だ。いい輝きしてる。

それに、玉そのものが、愛美に手に取ってもらえたことを、とっても喜んでる。

「百ちゃん?」

「誕生日のプレゼント。ただの石ころだけどね」

「百ちゃん、ありがとう。…大事にする」

言葉にこもっている喜びと感謝の思いがストレートに伝わってきて、百代の心をジンジンさせる。

やれやれ、愛美ってば…参っちゃうな。

照れくささに、百代は自分自身をも誤魔化すように、胸の内で呟いていた。

「まあ、いい波動を発してるからさ。お守りみたいにいつも持ち歩くといいよ」

石ころショップの店長さんのアドバイスも、忘れずきっちりと伝える。

「うん」

瞳を潤ませながら、愛美は玉をぎゅっと握り締めた。

この玉は、愛美のところに辿り着く運命だったんだなと、やっぱり思えた。

きっと愛美の役に立つに違いない。





「あー、面白かった」

三次の車の助手席に座った途端、つい口から飛び出た。

「私も楽しめましたよ」

運転席の三次は、あまり感情のこもっていない声で言った。けど、彼が楽しんだのはちゃんと感じ取れる。

「マジックって、面白いですよね」

プロのマジシャンによるマジックショーなんて楽しいものも行なわれ、これはもう盛り上がった。

いくら考えてもタネが分からないトランプとかコインを使ったマジックは、心が躍る。

できるものなら、マジで弟子入りしたいくらいだった。

慶介なら、タネを見破れるかもしれないと思うと、慶介がいないのが残念だった。

蘭子はそりがあわないとかって、無性に慶介を敬遠するからなぁ。

慶介のこと、魅力がない野暮ったい男とかってケチをつけてばかりなのは、蘭子は慶介を認めたくないからだ。

蘭子は、なにより、百代と慶介が仲良いのが面白くないのだ。

ほんと、困った我が侭もんだよ。

「貴方がた三人は、仲が良いようですが…」

運転しながら三次が話しかけてきて、百代は彼に顔を向けた。百代が振り向いたのを確認し、さらに話しを続ける。

「蘭子さんは、ご友人としては…付き合いづらくありませんか?」

「はい」

百代はすぐに肯定した。三次はちらりと視線を向けてきた。

もっと説明を求められてるのがわかり、百代は彼の求めに応えた。

「そりゃあもう、蘭子と友達するのは大変ですよ」

「でしょうね。なら、どうして友達付き合いを?」

「好きだからですよ」

当然でしょというように百代は言った。

「蘭子さんが?」

「はい」

「彼女のどういうところが?」

そんな百代にとっては馬鹿馬鹿しい問いを向けてきた三次を、百代はじーっと見つめた。

「気分を害してしまったのかな?」

「いいえ。ただ、相手のこんなところが好きだから友達になろうって、わたしは思いませんよ」

「ですが、貴方は…早瀬川さんも…蘭子さんに振り回されてばかりじゃありませんか」

「振り回されるの、面白がってるんですよ」

「それは、早瀬川さんも同じだと思いますか?」

「同じじゃないと思います」

「なら、早瀬川さんが気の毒に思え…」

「違いますよ」

勘違いをしている三次に最後まで言わせず、百代は言った。

「違う? 何がです?」

眉をひそめて三次は問い返してくる。

「愛美は、蘭子のことが、とっても好きなんですよ」

「蘭子さんが?」

ありえないと思っているらしく、三次の眼差しはひどく怪訝そうだ。

「そうですよ」

「そうでしょうか?」

反論するように言ってくる。

「愛美が気になるんですか?」

「…そういうわけでは…ただ…」

「ただ?」

「そうだ桂崎さん、謎の答え、聞かせていただきますよ」

「ただの続きが気になるんですけど?」

話をはぐらかそうとしているように思えて、百代は突っ込んで尋ねた。

「理解に苦しむ。そう言いたかっただけですよ。それで? 聞かせてくださるんですか?」

「聞くんですか?」

「聞きたいから聞いているんですよ。いい加減、すっきりしたい」

百代は頷いて、話し始めた。

「同級生の中に、蘭子を目の敵にしている子がいるんですよ。彼女は、なんとかして蘭子を出し抜きたいって考えてて…。ある日、わたしたち三人して遊園地に遊びに行ったんです。そしたらその子と友達ふたりが彼氏連れのところに遭遇したんです。彼氏がいないことを馬鹿にされて蘭子はドッカーンてな具合に、頭に血が上っちゃったわけ」

「それで?」

「もちろん蘭子は、気に食わない敵よりもレベルの高い彼氏を作ろうとした」

「ああ、繋がりましたよ」

納得したように三次は言う。どうやらこれ以上の説明は必要ないらしい。

「ですが、彼氏を作るのは、蘭子さんご自身だけでよかったのでは?」

「わたしもそう思いましたけど…蘭子は相手が三人だから、こちらも絶対三人って…」

「それで巻き込まれたわけだ」

「まあ、楽しかったですけどね。パーティもトリプルデートも。こうして蔵元さんにもお会いできたわけですし」

にこにこ笑いながら百代は言ったが、三次はまるで検証するように彼女を見つめてくる。

「では、喫茶店での騒動は?」

質問尽くめでいい加減に嫌になってきたが、百代は頭の中で話を簡潔にまとめ上げながら話を続けた。

「櫻井は学校で報道部に入ってて、蘭子をやりこめる記事をちょくちょく書いていたんですよ」

「やり込める記事。それは読んでみたいですね」

苦笑しつつ三次が言い、百代はさもあろうと頷き返した。

「ともかく、蘭子は櫻井を見返してやりたかったんですよ。で、蔵元さんもご存知のように、櫻井は蘭子の挑発にぶち切れて彼女を水浸しにしたというわけです。次の観劇会で櫻井がパートナーになっていたのは、川田さんが不参加になり、MMOのファンだった櫻井が行くことになっただけ」

「そしていま、ふたりは付き合っておいでなんですか?」

「まだですよ」

「まだということは?」

「未来のことはわかりません」

「貴方でも?」

百代は挑戦的に聞いてくる三次の横顔を、首を傾げて見つめた。

「蔵元さん、わたしが感情的になるのを、そんなに見たいんですか?」

何も答えずに、三次は眉をぎゅっと寄せた。

そのあとふたりは会話らしい会話をすることなく、車は百代の家の前に到着した。

百代はすぐに車を下りて、三次に頭を下げた。

三次が抱えていた謎はなくなった。これでふたりが逢う意味も機会もなくなったことになる。

「蔵元さん、送ってくださってありがとうございました」

「いえ…」

三次は口ごもるような返事をしたが、それ以上語るような気配はなかった。

「それじゃ」

百代は小さく頭を下げ、くるりと背を向けると門の中へ入った。

玄関に辿り着くまでに、三次の車が走り去る音が聞こえた。振り向きたい気持ちが膨らんだが、百代は振り返らず、玄関のチャイムを押した。

三次は、今後百代に会うつもりはないようだ。それがはっきりと伝わってきた。

「モモ、おかえりぃ」

ドアが開き、母が顔を出してきた。

「愛美ちゃんのバースディパーティ、どうだったの?」

母の笑顔で元気を取り戻した百代は、母に笑いかけた。

「もっちろん、とっても楽しかったよ」

三次との縁はまだまだ続くことになるだろう。彼の意志に関係なく…

だって、彼女の勘はそう告げている。





   
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