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「ほんじゃ帰ろう」
帰り支度を終え、百代は愛美と蘭子に元気よく声をかけた。
百代の一日はとっても楽しかったが、蘭子も愛美もいまいちパワーがない。
蘭子のパワーのなさは、櫻井がらみだとわかるが、愛美のほうはよくわからない。
しょんぼりしているようでもあり、なにやらかなりの気がかりがあるようにも見えるが…。
ともかく、愛美は百代に何か言いたいのだ。
言おうと決意を感じる視線を感じることが何度もあったが、結局いまだ言ってこない。
帰るまでに言うつもりだとすると、蘭子と別れてから…かな?
その百代の推理は大当たりだった。
蘭子と別れ、愛美と一緒に校門へ向かう途中、ついに愛美は話を切り出してきた。
「あのっ、百ちゃん」
百代は足を止め、愛美に向いた。さて、いったいどんな話が飛び出すのか? かなりわくわくする。
「うん?」
軽い感じで話を促してみるものの、頬の辺りをヒクヒクさせつつ顔を変化させるばかりで、愛美はなかなか言い出さない。
それほどに言い難いこととは、いったいなんなのか?
「なに、変な顔して」
愛美の顔真似をしつつ、百代は言った。そのとき、ひらめいた。
そうか、明日は愛美の誕生日じゃないか。もしや…
「お、お願いがあって…」
顔をしかめ、両手を揉み合わせながら愛美は言う。
「ふーん、なあに?」
「明日っ、なんだ、けどっ」
揉み合わせていた手をパッと離し、愛美は強張った声で早口に言った。
おおっ、やっぱりだ。
「明日?」
百代はそ知らぬふりで、話しを促すように問いかけた。
「う、うん。や、休む…から。だ、だから先生に…」
彼氏に、誕生日のお祝いをしてもらうんだな。
相手は愛美の事を二十一歳だと思ってるんだろうから、休むことをそんなに気にかけていないに違いない。
けど、愛美はこれまで学校を休んだことなどない、超ド真面目優等生。
休むことにかなりの抵抗があるはず。それでも彼の誘いを断ることはできなかったんだろう。
学校をズル休みするのは良くないことだけど、それもそのときの理由による。
愛美は、そこらへん、もっと臨機応変に捉えられるようになったほうがいいと百代は思う。
「うん。わかった」
百代の軽い返事に、愛美は驚いたらしい。
「あ、あの。理由とか…き…」
「知ってるのに、聞く必要ないでしょ」
百代は笑いながら答えたが、愛美はひどくぎょっとしたようだった。だが、百代にすれば、そんなに驚くほどのことかと思う。
愛美の状況を考えれば、わかって当然。
「し、知ってる?」
「誕生日のお祝いしてもらうんでしょう?」
「…あ。ど、どうしてわかるの?」
「一目瞭然だよ。楽しんでおいでね」
百代はにやにやしながら言った。
しかし、彼氏に誕生日を祝ってもらえるなんて、百代にすればかなり羨ましい。
「う、うん。あの、百ちゃん、丸い玉。ありがとう」
ブレザーのポケットに手を入れ、愛美が言う。
どうやら百代があげた石はそこに入っているらしい。
気に入ってくれていることが嬉しくて、百代はにこっと笑った。
「あれはいい石だよ。いい振動くれる」
「振動?」
「うん。愛美を愛美らしく保ってくれるから、いつも持ってるといいよ」
百代を見つめ、愛美は恥ずかしげな笑みを浮かべてこくりと頷く。
その様子を見て、少し気がかりを感じた。
愛美は学校を休んで会いたいほど彼を好きだけど、ひどく怖がっているし、迷いも感じてる。
「自分の心に正直でいなきゃダメだよ」
怖れや迷いに囚われて間違った方向へ行かないようにという思いを込めて、百代は言った。
愛美は正しい方向へ進んでると感じる。
でも、愛美は怖がるだろうし、迷うだろう。
怖れや迷いのせいで、流れに逆ったりしないといいんだけど…
「え?」
「それと拒まないこと」
「拒まない?」
戸惑ったように愛美は問い返してきた。百代は頷いた。
「うん。いまにわかるよ」
怖れ、そして迷いを乗りこえたとき、愛美は大きなしあわせを掴むだろう。
戸惑い顔の愛美を見つめ、百代は微笑んだ。
「愛美、大丈夫かしら?」
「ちょっとお腹の具合が悪いだけだよ、明日は元気にやってくるって」
「もおっ、百代ってば、いい、愛美が学校を休むなんて、これまで一度だってないのよ」
「これまでは一度もなかったけど、愛美も生身の人間なんだからさ、体調を崩すときだってあるって」
「あんた、心配じゃないの?」
「心配はしてるよ。蘭子ほどじゃないけどね」
今頃、愛美は彼氏とふたりで楽しんでいるに違いない。
どんなプレゼントをもらったのか、聞くのが楽しみだ。
「なんで嬉しそうなのよ。友達が病気で苦しんでるってときに」
思わずにやついてしまったせいで、蘭子から責められ、百代は唇を尖らせた。
「だからさぁ、蘭子は心配し過ぎだって。ほらほら、さっさとお昼ご飯食べちゃいなよ」
それにしても、愛美は、蘭子と百代にとって、なくてはならない存在になっているのだということを改めて実感させられた。
愛美が転校してくるまでは、ずっと蘭子とふたりきりだったのに…
ふと見ると、蘭子は携帯を取り出している。
「蘭子、愛美にかけるつもりなの?」
かけても愛美はアパートにはいないんだし、かけられちゃ困るかも。
「違うわ。お見舞いの品を頼もうと思って」
「蘭子、お見舞いなんて大袈裟だよ。お腹を壊しただけなのに」
「顔出してあげたら、喜ぶでしょ?」
「だめだめ、蘭子が行ったりしたら、愛美のことだから、具合悪いのに、お茶だなんだって気を使うよ」
「そんな必要…」
「蘭子が必要ないと思っても、愛美はやろうとするって、そういう子だもん」
百代の言葉に蘭子は渋い顔になった。一理ありと思ったようだ。
やれやれ、どうやら見舞いの話は諦めてくれたらしい。
「ねぇ、それよりさ、愛美の誕生日パーティの日、櫻井とどんな話したの?」
「ここで話すほどの話はしていないわよ」
頬をほんのり赤らめているものの、ひどく迷惑そうに言う。
やっぱし、蘭子と櫻井の仲は、そう簡単には進展しなさそうだ。
何か、手を打つかな。
卒業までまだあるなんてのんびり構えていたら、すでに間に合わずってことになってそうだ。
ふたりの繋がりを深める何かを、考える必要があるようだ。
その考えが、ぴたりとくる作戦がひらめいたのは、学校から帰り、自分の部屋で寛いでいるときだった。
そうだ、学園祭のコスプレ撮影会。
櫻井は報道部で、撮影会の主催側になるはず。
蘭子をコスプレのモデルに推すか?
そう考えたが、蘭子がコスプレ衣装を着てモデルなどやるとは思えない。
それに、それで櫻井との仲が進展するきっかけになんてなりそうにない。
愛美にモデルをやってもらうってのはどうだろう?
そこらにはいないくらいのボディラインでボインちゃんだし、あのパーティのときのように眼鏡を取って化粧をしたら、撮影会の華になること間違いなし。
櫻井と愛美が仲良くなっちゃってるように思わせたら、蘭子は櫻井のことを意識せざるを得ないだろう。
蘭子は、愛美に彼がいるとは知らないわけだし…
よしよし。こいつはうまくゆきそうだ。
まあ、愛美に引き受けさせるのも、そう簡単じゃないだろうが。
作戦を練っているところに、携帯が鳴り出した。
よーっし、愛美からだ。
百代は勇んで携帯に出た。
「愛美、誕生日おめでとう」
『ありがとう』
嬉しそうな声だ。けど、ちょっと元気ない?
「楽しかったの?」
『うん……楽しかった』
おや? やっぱり、なんか微妙だ。
「それで、彼からの誕生日のプレゼントは? 何もらったの?」
『えっと……首飾り、白い薔薇がついてるの』
愛美は、嬉しさを噛み締めるように教えてくれた。
百代まで嬉しさが込み上げる。
「今度、見せて」
『うん、明日。あ、あの百ちゃん、わたしね、話したの、高校生だってこと』
「ほお、で、彼、なんて?」
『驚いたと思うけど……思ってたより、すんなり受け入れてくれたみたいだった』
「そっか。良かったじゃん。それじゃあさ、秘密もなくなったことだし、今度会わせてよ、彼に」
百代は胸をわくわくさせながら言った。
いったいどんなひとなのか、物凄く興味がある。
『あ、うん。でも……明日から一ヶ月逢えないから…』
一ヶ月逢えない?
百代は首を傾げた。
「どうして?」
『仕事でアメリカに行くって』
「そうなの?」
ちょっと納得だった。
それで愛美は元気がなかったのだ。
けど、百代にとっては、これ幸いってやつだったする。
「ちょうど良かったわ」
百代はにやつきながら言った。
『あの、百ちゃん、何が?』
「作戦を練ってるとこなのよ。愛美にも、どうしても参加してもらわなきゃならないのにさ…愛美の彼氏、ちょっと邪魔だなって思ってたのよね。あはは。神様、ずいぶんと気が利くじゃん」
これで、愛美にコスプレのモデルを引き受けさせやすくなった。
それに愛美だって、コスプレ撮影会だなんだと騒いでいれば、彼がいない間の寂しさを少しは感じないですむはず。
「百ちゃん、何を企んでるの?」
愛美は胡散臭そうに問いかけてきた。愛美の反応に百代はぷくくっと笑いを堪えた。
謎を抱えていれば、愛美も気が紛れるだろう。
「いずれ時が来たら話すわ。それじゃ、明日ね。バイ!」
言いたいだけ言い、すぐに携帯を切った百代は、にやにや笑いながらテーブルにもたれかかり、頬杖をついた。
愛美にモデルをやらせるために、まずは櫻井をその気にさせなきゃなるまい。
どんな風に、やつに話をもってゆくべきか?
「さーて、これから忙しくなるぞぉ」
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