《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第29話 ハートにブスリ



目が合った瞬間、さっと視線を外した櫻井に、百代はにやついた。

櫻井ときたら、現実社会では怖れるものは何もなしってなやつなのに…ほんと、霊的なものとか超常現象とかに、とことん弱いんだよね。

巷の噂に踊らされてるってか…まあ、いまの櫻井の反応は、巷の噂のせいだけじゃないんだが…

やつは、百代を怖れている。そして、自分が百代を怖れていることを自分に認めまいとしている。男の沽券に関わるから。

ふっ。

百代が鼻で笑ったとき、恐る恐るというように、櫻井はゆっくりとこちらに視線を戻してきた。

百代はやつに向けて、へらりんと笑って見せた。

どれほど気味が悪かったというのか、櫻井はその場でぴこんと跳ねた。そして、その反応を隠蔽しようとしてか、ジタバタって感じで身体を動かす。変だった。

櫻井の周りにいる男連中が、なんだ?ってな視線をやつに向けたが、櫻井は、「なんでもねぇよ」と邪険に言い、すべてなかったことにした。

面白くはある。だが、面白くない。

わたしの何が、そんなに普通じゃなく見えるってんだ。

ちょっとばかし、見えないものに敏感なだけの、ごく普通の女の子なのにさ。

とはいっても、今回は、彼女が目的達成のために、わざと櫻井の恐怖を煽ってるわけなんだけど…

慶介はちゃんと依頼を果たしてくれたらしい。

どんな話をしたのか詳細はわからないが、百代が超常現象を起こしかねない、能力者であるかのような話を真実のように話したはずなのだ。

休み時間になり、蘭子と愛美はお手洗いに行ったばかり。少なくとも五分は戻らない。

さて、行くとするか。

百代は、まっすぐに櫻井に歩み寄っていった。

ツカツカと歩み寄ってくる百代に気づいた櫻井は、ぎゅっと眉を寄せ「ちょっと、トイレ行ってくるわ」と仲間に告げ、そそくさとその場から逃げた。

百代は逃すまいと、素早く追いかけた。

駆け足でトイレに向かっていたわけじゃない櫻井は、なんなく捕まった。

もちろん、思い切り肩を掴んでやった。

「櫻井、ちょっと話がしたいんだけど」

「は、話? なんのだ?」

ぎょっとしてる。ぎょっとしてる。

愉快がっていると、数メートル先の廊下に、慶介の姿があるのに気づいた。

あ、あいつめ、面白い見物を逃すまいと、出てきてたな。

ずいぶんと、すかした顔で立っている。

まあいい、いまのターゲットは櫻井だ。

「学園祭の撮影会のこと」

ストレートに言った百代に、櫻井は怪訝な顔をする。

「それが?」

都合よく、声が届く距離には、慶介よりほかに生徒はいない。

「どうしてかわかんないんだけど、ぱっとひらめいたのよ」

「ひらめいた?」

さらに怪訝さが増す。

「うん。なんでか愛美が、クリスティーになってるのよ」

櫻井の表情が激変した。

慶介から、すでに情報は仕入れ済み。

こいつは、人気ゲームの僧侶であるクリスティーが大のお気に入りらしいのだ。

「ク、クリスティー、早瀬川がかよ」

「うん。そっくりだったんだよぉ。そいでさあ、考えたらもうすぐコスプレ撮影会があるじゃん。愛美を出したら一番人気だろうって思ったらさ、どうしても実物を見てみたくなっちゃって」

「お、おう、そうか」

櫻井の目が泳ぎ始めた。

愛美とクリスティーを、脳内で合体させようとしているんだろう。

慶介はと見ると、壁にもたれるようにして立ち、櫻井に自分の存在を悟られぬように気配を消している。

悟り坊主め…やはり、やりおる。

百代は、櫻井に意識を戻した。

「この話、どこの部に持ちかけてもよかったんだけどさ…あんたんとこの報道部が主催なわけだし、まず一番に声をかけてみたわけよ。もう今年のモデルが決まってるってんなら、ほかあたるからいいんだけど…」

「いや、まだ。そうか、早瀬川…いいかもしれないな。その…桂崎」

「なあに?」

「ひらめいたってことだが…そんなに似てたか?」

「ああ、愛美とクリスティー? そりゃあもう、そっくり瓜二つってほどだったよ。写真撮れるもんなら撮りたかったって、マジで」

「そうか。…その話、他の部には回さないでくれよ。早瀬川には、報道部でやってもらいたい」

「いいよ。だけどさ、現実に向けて、ひとつだけやっかいな問題があるんだよね」

「やっかいな問題?」

「そう。愛美に引き受けさせるっていう難題。あんたさ、情熱を持って、愛美を誘ってよ」

「お、俺が?」

「あんたがよ。わたしからばっかりモデルやれやれって言ったところで、あの控えめな性格の愛美が応じるとはあんたも思わないでしょ? ここはあんたとわたしがタッグを組んで、夢の実現のために力を合わせようじゃないかと、こういうわけよ」

そろそろ五分が過ぎてしまう。百代はちょいとトイレの方を気にしつつ早口に話した。

「よし、わかった」

櫻井は覚悟を決めたように言う。

おっ、やったね。

「詳しい相談したいし、今夜にでも電話させてもらうね。そいじゃ、よろしくぅ」

百代はそう言うと、即座に教室に駆け戻った。

背を向ける直前、百代は慶介を確認したが、やつはすでに自分の教室に入るところだった。

しかし、これで第一段階はクリア。

息切れも収まりかけてきたところで、愛美と蘭子のふたりが戻ってきた。

百代はふたりに向けて、にこやかに手を振ったのだった。





家に戻った百代が、着替えを終え、さあこれから母の手作りおやつをというタイミングで、悟り坊主がやってきた。

まったく、このタイミングのよさには、毎度呆れる、腹が立つ。

だが、櫻井の情報をたっぷりといただいた上に、協力させているのだから、おやつを半分取られても文句が言えない。

「んで?」

おやつを口に頬張り、慶介が聞いてきた。

やつの太腿の上には、今日買ってきたばかりの新作コミックが開かれている。

「うん。慶介のおかげ。ありがとね」

百代もコミックの一冊を読みながら答える。

「引き受けさせられると思うか?」

愛美にということだ。

「まあ、色々と好条件が揃ってるし…蘭子のためと聞けば、どんなにいやでもやってくれるよ」

「まったく、いい子だな」

「うん。しあわせになってほしいよ」

「何かあるのか?」

百代の声の響きに、何かありと感じたらしい。

コミックから顔を上げて慶介を見つめた百代だが、やつはこちらには顔を向けずにコミックを注視している。

百代は苦笑した。

「でも、うまくゆくと思うよ。愛美が逃げなかったらだけど…」

「ふむ」

「危ぶまれる?」

「うん。でも…お前がついてるから、彼女は大丈夫だな」

「そ、そう?」

「おお。それで、櫻井のほうはどうだい? なんなら、もっと怖れさせるか?」

慶介は今度は顔を上げ、勢いよく言ってきた。怖れさせるのが楽しいらしい。

「慶介のおかげで、すでにかなり怖れられちゃってるけどねぇ…でも、わたしを怖れてくれることで、櫻井はかなり扱いやすくなるからねぇ」

「普通にいったんじゃ、太刀打ちできる男じゃないからな」

「だよね。そういうとこが、蘭子にお似合いなんだけど」

「あのふたり、お互い気づいてないけど、波長ぴったりだもんな」

くすくす笑いながら慶介が言い、百代も頷きながらあははと笑った。

今夜の電話で、櫻井には色々と忠告しとかないと。

コスプレ衣装を着ての撮影会だということは、絶対に愛美に悟られないようにしたほうがいいだろうし…。

愛美は四月に転入してきて、昨年の学園祭を知らないのがありがたい。

あと、愛美がモデルをやることは、蘭子には内緒ってことにしよう。

蘭子には、櫻井と愛美が急接近したように見えて、気を揉むに違いない。

なるべく百代も、ふたりに関わらないようにしたいもんだが…せめて最初のうちだけでも…





教室に入った百代は、すぐに愛美の姿を探した。だが、どこにもいない。

蘭子がやってくるのはもうちょっと後だが、愛美はこの時間、絶対にいるのに…

暇つぶしに授業の予習なんてものをしていたところに、ようやく愛美がやってきた。

「愛美ぃ」

百代は手を上げて声をかけた。

「百ちゃん、おはよう」

何かあったのか、どこか顔が冴えない感じだ。なのに、それを気づかれまいとしてか、無理して笑みを浮かべる。

百代を気遣っているように思えた。

とすると…櫻井かな?

「いつもより遅いじゃん」

「あ、うん」

「なんかあったね?」

わかるぞぉという含みを持たせて言ってみる。

「な、何も……」

「で、何があったの?」

愛美は百代の顔をじっと見るばかりで何も言わない。だが、その唇が微かに動く。

やっぱり櫻井、すでに愛美にアタックしたようだ。もちろん、撮影会のことを頼んだのだろう。

やつときたら、やること早いな。

百代は黙ったままの愛美に、話を向けてみた。

「櫻井、何か言ってきた?」

「えっ? ど、どうして……」

「いま、櫻井って名前、口にしたじゃん」

「く、口にした? ほんと?」

「うん。唇が動いたよ。それで、櫻井、なんだって? ていうかさ……。だいたい予想ついてるんだけどね」

百代はにやっと笑った。

いったい櫻井、どんな風に頼み込んだのだろうか?

「百ちゃん、どういうこと?」

「ほら、話したじゃない。例の作戦よ。昨日の夜、やつに電話したんだ」

愛美が眉を上げる。

「ちょっとさ、どきまぎするようなこと言ってやったから」

くすくす笑いながら話していると、ドアのところにその櫻井が姿を見せる。

「わたしのこと、そうとうに恐れてるはずなんだ」

櫻井がこちらに向いたのを確認し、百代はやつに向けて、わざと「けへへ」と気味悪く笑ってやった。

仰天したらしい櫻井は、足元をもつらせたようにひっくり返った。

ゴンガンとドアと床にぶつかった音が教室に響き渡る。

おっと、これはさすがに冗談が過ぎたらしい。

昨日の電話の最後にも、調子こいて、悪い冗談付け加えちゃったしなぁ。

だってさ…櫻井がマジでびびるから面白くて…

「百ちゃん、櫻井君に何を言ったの? 彼、ひどく怖がってたわよ」

ちょっとばかし、良心に疼きを感じていると、愛美が責めるように言ってきた。

「そうでなくっちゃ。まず第一作戦は成功のようね」

「作戦って、なんなの?」

蘭子と櫻井くっつけ作戦だってこと、愛美に話さないといけないな。

「今日の帰りに…そうだ。明日、土曜日で休みだし、予定ないんなら、愛美、うちにおいでよ」

「あ、うん…」

頷く愛美の様子を窺ったが、撮影会のモデルを頼まれたなんて話は最後まで出てこなかった。

愛美と櫻井、話はしたようなのに…

やつときたら、俺、桂崎が怖いんだよぉなんて話を愛美にしたってのか?

まさかね…

しかし、櫻井ときたら、肝心な話をしないなんて…役に立たないったら…

百代は不服顔で、櫻井の席に視線を向けた。

櫻井は百代をちらちら見ていたらしい。

ぎょっとした櫻井なんぞ無視し、百代はそっけなく視線を外した。

その行為が、櫻井のナイーブなハートをブスリと刺したとも知らず。





   
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