《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第30話 無事終了



放課後になり、百代は手早く鞄に荷物を詰め込みはじめた。

しかし、櫻井のやつ、いったいいつ、モデルの依頼を愛美にするつもりなのだろうか?

明日、愛美がうちに来ることになったし、その時にモデルのことについて、詳しい話ができたほうがいいのだが…

さっさと櫻井から行動を起こしてくれないと、話が進められないではないか。

そんな文句を胸に、百代は櫻井のほうに目を向けた。

お、およっ、もういない。

すでに空の席を見つめたまま、百代は唇を突き出した。

仕方がない。また今夜電話して、催促…

「百代」

横合いから蘭子が声をかけてきた。

「うん?」

「愛美がいないんだけど」

へっ、いない?

愛美の席を見ると、確かにいなくなっている。

「おトイレなんじゃない? すぐに戻ってくるよ」

愛美が先にひとりで帰るはずはない。

昼休みに、今日は百代の家でおしゃべりしようという話になったのだ。

あの愛美がその約束を忘れるなんてことあるわけないし、百代や蘭子に声もかけずに帰ってしまうなんてことも、絶対にありえない。

さらに、よく見れば、椅子の上に通学鞄だって残されている。

「ほら、蘭子、鞄あるじゃん。トイレだよ」

トイレに行くんでも、愛美は声をかけていくのだが…よっぽど切羽詰ってたんだろうか?


「戻って来ないじゃない」

数分過ぎたところで、蘭子が咎めるように言う。

「お腹壊したのかもね」

一応そう答えたが、なんだかトイレなんぞじゃない気がしてきた。

「ちょっと見てくるわ」

心配になったらしい蘭子が、小走りに教室を出てゆく。

ひとり残った百代は、頬杖をついて考え込んだ。

愛美がひとりで先に教室を出たのは、何かしら理由があったからに違いない。

眉を寄せて、その理由を推理してみようとしたが、勘はまるで働かず、何も思いつかない。

「うーむ」

「よっ」

教室の入口から、悟り坊主が片手を上げてにこやかに声をかけてきた。

「何かあった?」

「おう。いましがた早瀬川が櫻井を追いかけてった。で、藤堂が早瀬川を見なかったかと、藤堂らしく聞いてきたんで、教えてやった」

「なんで、愛美が櫻井を?」

慶介が知るはずがないと冷静に考えればわかることなのだが、予想のつかなかった話で、百代は思わず聞いてしまった。

「さあ、なんでだろうな?」

笑いながら慶介が言う。百代はこくこくと頷いた。

「で、三人が向かった先ってのは、どこなわけ?」

「校舎の一番端の階段を上ってった」

「ありがと」

必要な情報を得て、百代は廊下を駆けて行った。



すぐに蘭子を見つけた。
彼女は手すりに手をかけ、階段の上を見つめている。

百代は蘭子のところまで上って行き、蘭子が目を向けていた方へと視線を向けてみた。

ありょっ!

驚きの光景だった。

上の踊り場で、なんと櫻井と愛美が抱き合って…いや、違うか?

愛美が体勢を崩しでもしたのか、櫻井は愛美を支えようとしているところのようだ。そして、櫻井は、なにやら愛美にぼそぼそと小声で話しかけている。

階段で声が響くことを配慮して音量を抑えて話しているのだろう。櫻井が何を言ったのか聞き取れなかった。

その櫻井の手にはなぜか愛美の眼鏡が…

櫻井はすぐに愛美に眼鏡返し手も離したけれど、眼鏡をかけようとするのを阻むように、愛美の手を握り締めた。

こ、こいつは…

詳細はわからないが、ずいぶんと意味深に映る。

百代は、自分の横にいる蘭子にさっと視線を向けてみた。

蘭子は蒼白になっている。

眼鏡をかけた愛美は、櫻井から逃げるように階段を下りてこようとし、ようやく百代と蘭子がいることに気づいたようだった。

「蘭ちゃん、百ちゃんも……」

百代は軽く手を上げた。

ともかく、このシチュエーションは、悪くなかった。

蘭子は、いまの愛美と櫻井のやりとりに激しく動揺させられている。

「ごめんなさい。すぐに戻るつもりだったの」

「用事は終わったの? 帰るわよ」

百代は何事もなかったかのように愛美に声をかけた。

「うん。それじゃ、櫻井君」

「真剣に考えてくれよな。俺、本気だし。お前じゃなきゃ駄目なんだ。嘘じゃないから」

うひょーっ! 櫻井、なんちゅう、意味深すぎる台詞を…

まるで、君が好きだから付き合ってくれと言ってるとしか思えない。

もちろん百代は、いまの櫻井の言葉から、彼が己の任務を果たしたのだとわかった。

「あ、あのね」

「愛美」

百代は急いで呼びかけた。愛美は言葉を止め、視線を百代に向けてきた。

「蘭子の迎えの車も待ってるし、早く帰ろ」

愛美が頷いたが、蘭子が大きく息を吸い、「わたし…」と口にした。

「今日は……駄目だわ」

「あら、どうして?」

喉が詰ったように言った蘭子に、百代は問いかけた。

「駄目なの!」

叫んだ蘭子は、ハッとしたように表情を変え、すっと背筋を伸ばす。

「わ、忘れてたの。今日は予定があったの。そういうことだから、悪いけど先に帰るわ」

蘭子は早口に言うと、あっという間に階段を駆け下りていく。

「ら、蘭ちゃん?」

蘭子の様子に驚いたらしい愛美が急いで階段を下りてきて、百代の横を通りこして行こうとする。百代は愛美の腕を掴んで止めた。

「百ちゃん?」

「いまは、放っておこう」

引き止められた愛美は、ひどく戸惑ったようだ。

愛美の腕を掴んだまま、百代は彼女たちを見つめている櫻井のほうに顔を向けた。

「櫻井」

「な、なんだよ」

櫻井は嫌々というような返事をする。

「グラビアアイドル愛美のマネージャーはわたしだから。アポイントメントはすべてわたしを通すようにね」

「はぁ?」

櫻井は呆れたような声を上げた。

「百ちゃん、何言って」

反論しようとする愛美の肩を、百代はなだめるように撫でさすった。そして、にっと笑う。

「すべてこのわたしに任せておけば良いのよ。悪いようにはしないって。すべてこの百代にお任せなさいって」

百代の言葉に、愛美は顔をひくつかせる。

「違うでしょ。なんかそれって、根本的に違うでしょ?」

「何が?」

「百ちゃん!」

怒ったように叫ぶ愛美の頭を、百代は脇に抱え込んだ。

「もう、百ちゃんてば、離して」

櫻井が階段をゆっくりと下りてくる。もちろん彼は愛美でなく、階段を駆け下りていった蘭子が気になっているようだ。

「あのさあ」

「櫻井、なあに?」

じたばたし続けている愛美を押さえ込みながら、百代は櫻井に返事をした。

「いや、藤堂、どうしたんだろうと思って。……ところで、お前ら、いつからここにいた?」

「わたしと蘭子には、時差があったとだけ言っておこう」

意味ありげに言った百代は、わざとらしい笑い声を上げてやった。

櫻井には、いまの愛美とのやりとりを見られたことで、蘭子に愛美との仲を誤解されたのではないかと気づいて欲しいが…

「お前、わざとだろ。わざとそうやって俺を怖がらせて、面白がってるんだ」

およよっ。ちょっと薬が効きすぎちまってるようだ。

いまは、そっち方面、どうでもいいんだけどなぁ~。

「櫻井、いいこと。あんた、わたしになんか気を取られてると、大事なもの見過ごすわよ」

百代の言葉に、櫻井はぐっと眉を寄せた。

「な、なんのことだよ?」

「わかってるくせに」

「わっかんねーよ!」

怒鳴り返してきた櫻井に、百代はがっかりした。

なんだこいつ、ほんとにわかっていないようだ。

やれやれだよ…

百代は内心首を振り、櫻井など無視して抱え込んでいた愛美の頭を解放した。

「さ、愛美、帰ろ」

愛美は文句を言うこともなく、おとなしく百代についてくる。

「愛美、よくやったわ。明日は、何かおいしいもの食べようね」

役目を充分に果たした友達を、百代は心を込めてねぎらう。

「何?」

愛美の返事に百代は眉をひそめた。

なにやら様子が変だ。まるで愛美らしくない。

「あんたどうしたの?」

突然、愛美が顔を覆い、泣き出した。百代はびっくりした。

「こいつ…どうしたんだ?」

階段の途中で立ち止まったままの櫻井が問いかけてきた。

「俺のせいとか…じゃ…ないよな?」

自分のせいなんじゃと思っての問いのようだった。

「まあ、違うんじゃない」

正直、愛美がなんで泣いたのか、百代にだってわからない。

「お前って、どうして必要な時に限って、そういう風にひとを不安に陥らせる曖昧な言い方するんだよ」

「大袈裟ね」

大声で喚く櫻井に、百代は呆れて言った。

「櫻井君のせいとかじゃ…ないから」

俯いた愛美は、ぼそぼそと言う。泣いてしまったのが恥ずかしいらしい。理由はわからないが、涙も止まったようだ。

「どう、落ち着いた?」

「うん」

「よし、ほんじゃ、帰ろう」

百代は愛美の腕を取って歩くように促した。

櫻井から離れないことには、聞きたい話も聞けない。

「なあ、早瀬川」

歩き出したところで、櫻井が呼びかけてきた。

愛美は嫌そうに櫻井を振り返った。

「さっきの話、真面目に考えといてくれよな」

「嫌よ、モデルなんて……」

「櫻井、だーかーらー。わたしを通せって言ったはずよ」

「なんでお前が介入してくるんだよ。早瀬川のことなんだから、彼女が自分で決めることだろう」

百代は櫻井に呆れた目を向けた。

「あんた、存外、察しが悪いわね」

「はあ? 察しが悪いだぁ」

「直接愛美と交渉したら、百パー断られるに決まってるじゃん。それを、わたしが説得してやろうと言うのよ」

「お前、説得してくれるのか?」

櫻井ときたら、やたら嬉しげに言う。
おかげで百代は、愛美の反感を買ったようだった。

「百ちゃん、何考えてるのよ。わたし、そんなものやりはしないわ」

「まあまあ」

百代は両手を上下させ、愛美をなだめた。

「この話は、いまはこれでおしまい、ねっ?」

「百…」

まだ反論してこようとする愛美のおでこを、百代はぺチンと叩いた。

愛美は唇を尖らせて、おでこを押さえる。

百代は櫻井に顔を向けた。

「物事には、適切な時というのがあるの。わかる? 櫻井」

相当にむっとしたようだったが、とりあえず、櫻井は何も言ってこなかった。

不服そうな愛美を連れて、百代は階段を下りていった。

第二段階も、無事修了したと思って良さそうだった。





   
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