《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第31話 愉快な友



「蘭ちゃん、…いいのかな?」

昇降口に向かう途中で、愛美が言った。

あんな風に帰ってしまったものだから、ひどく気にしているようだ。

「いいのよ」

百代はあっさり言った。

愛美は百代にちらりと視線を向けてきたが、すぐに前に顔を戻した。

「蘭ちゃんは、櫻井君のこと…」

「自覚したんじゃない。でも否定するだろうけどね。自分に」

蘭子はまだまだこれからだ。

先ほどの愛美と櫻井のやりとりを見て、自分が抱いた感情に、蘭子は衝撃を受けたはず。けど、櫻井を好きだという気持ちを、蘭子は自分自身に認めさせようとはしないだろう。

「自分に?」

「うん。自分に」

百代は愛美に答えたが、そんなことよりも、愛美が泣いた理由が気にかかる。

「ところで、さっき愛美が泣いたのは、彼氏がらみ?」

「あ……」

愛美は気まずそうに俯き、顔を赤らめた。言い難そうにしていたが、話し始めた。

「うん。電話来たのに……不在着信になってて……気づいたのが、さっきで、五分後で……」

つまり、十分くらい前に、アメリカに行っちゃってる彼から電話が来たってのに気づけず、失意のどん底に落ちて、泣いちゃったわけか…

うきょー、健気ってか、可愛いったらないよ。

「かかってくるよ」

百代の言葉に、愛美は目を見開いて「ほ、ほんと?」と聞いてくる。

「うん。感じるから」

まあ、感じるってのは嘘じゃない。
頭頂部のちょい右あたりがぴりっぴりするし…

それに、一度かけて相手が出なかったなら、それがどうしても声を聞きたい相手の場合、まず十分から十五分ほど時間をおいて、またかけようとするもんだ。

「いつ、いつかかってくる?」

愛美ってば、まるでわたしは、電話がかかってくることを予知できるとでも思っているようだね。

「それはわからないわよ。でも、そろそろじゃないの」

苦笑しつつ言った途端、愛美は焦って携帯を掴み出す。そのさまも、ずいぶん愛らしかった。

愛美は手のひらの携帯を、いまにも鳴り出すと期待するかのように見つめ始めた。

やれやれ…

「ね、歩きながらにしなよ」

愛美の背中に手を当てて前へと押しながら、百代は言った。

「あ、うん」

携帯に意識を集中させたまま、愛美は歩き出した。

「それでさ、モデルのことだけど。やらなきゃ駄目よ」

「あ……うん」

ちょいとぼんやりした返事だったが、ともかく肯定の言葉だ。

「よしっ、そうこなくちゃ」

さーて、これから忙しくなるぞぉ。

コスプレするキャラは決定してっけど、衣装を取り寄せなきゃならないし、靴とか、色々と小物も揃えなきゃならない。まずはネットで、しっかりとクリスティーをチェックしなきゃね。

「撮影用の服は、わたしが用意するから。あんたは安心して、全部わたしに任せてればいいからね」

「あ……うん? 何?」

夢から覚めたような表情で愛美は瞬きし、どうしたのか眼鏡を外した。そして、ひとさし指で瞼をぐって押さえる。

それら一巡の行動の意味がはじめわからなかった百代だが、愛美の携帯を目にし、ようやくぴんときた。

ま、愛美ってば、瞬きもせずに、携帯をがん見してたんだ。

彼氏から電話が来るのを、一心に待ってて…

こいつは、もおっ、いじらしいどころじゃないよ。

あー、他人の恋路なのに、わたしの胸がきゅんきゅんしちまうじゃんかぁ。

しかし…てことは愛美、わたしがくっちゃべってたこと、この様子だとまるで聞いちゃいなかったのか?

だな。それで、うん、うんと、ぼんやりめの返事してたんだ。

「百ちゃん、いま、何か言った?」

百代は、愛美に向けて微笑んだ。

「わたしに任せろって言ったの。わかった?」

「任……せる……?」

きょとんとした顔で繰り返す。

百代はにっしっしと胸の内で笑った。

いまさら遅いのだよ、愛美君。

眉をひそめて見つめてくる友に向けて、百代は言った。

ちりっと微かな振動を肌に感じ、百代は愛美の携帯にすっと視線を当てた。感じたとおり、着信の光が点滅している。

「来たよ」

「えぇ?」

百代の言葉に、大きく反応した愛美は、「えぇ?」と驚きの声を発し、携帯に目を向ける。着信を確認したその目は、大きく見開かれた。そしてその口元が大きく花開く。

「き、来た」

叫んだ愛美は、携帯を前にぐっと突き出す。

興奮しすぎたために冷静さを無くし、自分が何をやっているのかわからなくなっているようだ。

やれやれだよ。
恋する乙女ってのは、愚かで可愛いねぇ。

しかし、せっかく待ちかねていた電話がかかってきたというのに、かかってきた事実だけに興奮して、電話に出ることを失念しているんじゃ、本末転倒だよ。

百代は愛美を落ち着かせてやろうと、肩を叩いた。

「ゆっくり話しなよ。わたし、先に帰るから」

愛美が我を取り戻したのを確認し、百代は校門へと走り出した。

「百ちゃん、ありがとう」

後ろから飛んできた愛美の声に手を振り上げて応えた。

「も、もしもし」と言っている、愛美の声が、最後に聞こえた。

恥かしさが混じった、しあわせそうな声に共感し、百代の胸にも至福感が湧きあがってきた。





「スーパー銭湯?」

夕食をパクパク食べながら、百代は父に問い返した。

「半額なんだってさ。明日と明後日の二日だけ」

スーパー銭湯のチラシを娘に見せながら、目をキラキラさせて父が言う。

こういうの大好きだからなぁ。

「ふーん、そりゃ安いね」

新しい建物だからきれいかもしれないが、混み合うに決まってる。

あんまり人ごみって好きじゃないんだよね。

「モモも一緒に行くか?」

「モモは明日、愛美ちゃんが来るのよ」

「なんだ、そうか。そうだ、なら彼女も誘ってはどうだ? 行きたがるかもしれないぞ」

愛美とスーパー銭湯?

百代の脳内では、あまりありえない取り合わせだ。

蘭子の姉の橙子と同じくらい、ありえない。まあ、蘭子もありえないが、蘭子の場合、ありえないの意味が違う。

「明日は予定があるんだ。これからの計画を立てなきゃならないの」

「計画ってなんの?」

「学園祭の催しのだよ。これから色々と忙しくなりそうなんだ」

「学園祭か、楽しそうだな。ママ、ふたりで遊びに行こうか?」

「ええ、いいわね」

そのあと両親は、自分たちの学園祭の思い出で盛り上がりはじめた。

その思い出話は、聞くに値する面白さだった。

「昔の高校生は、案外ハードだったんだねぇ。びっくりだよ」

ステージの出し物で最優秀賞を取り、盛り上がりすぎた勢いで、興奮したまま校長室に雪崩込み、校長先生に万歳三唱を強制したというツワモノたちの話に、百代は笑いこけた。
そのツワモノの中には、当然父も入っていた。

この父、へらへらしつつ、武勇伝は数知れないようだ。

父の親友はマッチョなやつが多いが、この父には、マッチョさのかけらもない?

まあ、マッチョな父が欲しいってわけじゃないのだが。
ちょっと矛盾を感じるだけ。

だって、マッチョさんたち、父を、自分たちのリーダーみたいに扱うんだもんな。

単純なようで単純じゃない父。
百代の知らない面を、まだまだ持ってるってことなのかもしれない。

まあ、この父に負けないくらい、今度の学園祭、わたしもはっちゃけて楽しんでやるとしよう。

まずは、コスプレ衣装の発注だな。

寝る前に注文しとこう。愛美のサイズに合わせて注文してしまえば、愛美はもう断れないに違いない。

百代は、愛美のことを考え、宙に目を向けた。

付き合い始めてまだそんなに経ってないというのに、彼氏がアメリカに行っちゃったんじゃ寂しいはずだ。

愛美の話だと、一か月くらいで帰ってくるってことだったし、学園祭でわーわー騒いで気を紛らせてれば、一か月はあっという間な感覚になるだろう。


うーん、これがいいかな。
ちょっとお高いけど…布地の質もいいし、作りもしっかりしてて、一番良さそうだ。

パソコンの前にパジャマ姿で座り、百代はにっこり微笑んだ。

このショップの店長さんは、商売をとっても楽しんでるようだ。

それはとても重要点だ。
売り買いや、収入ばかりに意識がいっちゃってるひとは、そのひとの性格が良い悪いに関係なく、お客に満足を与えてくれない。

もちろん、商売ってのは儲かってなんぼだ。でも、楽しまなきゃダメ。

コスプレネットショップの画面を眺めていた百代は、可愛らしいアイコン表示を見つけ、にっこり笑った。

「よし、こいつを発注しよう」

注文確定ボタンを押した百代は、パソコンの電源を落とし、ベッドに潜り込んだ。





呼び鈴が鳴り、百代は急いで愛美を出迎えた。

「こんにちは」

「さあさあ、お入りよ」

靴を脱いで上がってきた愛美を促し、百代は自分の部屋に向かった。

「百ちゃん、おば様とおじ様は?」

愛美の問いに、彼女は振り返った。

「朝っぱら早くから一緒に出かけてったよ。なんか、新しいスーパー銭湯ができたとかで、今日と明日は、半額なんだってさ」

「スーパー銭湯?」

言葉のイントネーションが、明らかにおかしかった。

愛美は、スーパー銭湯がどんなものか知らないのだ。

百代は立ち止まり、愛美を見てにやついた。

「百ちゃん、なあに?」

訝しげに聞いてくる。

「いんや、スーパー銭湯がどんなものかわからないでいるあんたが、面白くってさ」

「お、お風呂なんでしょ?」

ちょっとむきになって言う。

「確かにお風呂だよ。スーパーだけどね」

「お買物ついでに、お風呂に入るの?」

愛美ときたら、本気で言ってる顔だ。

ぐっと笑いが込み上げてきた。

こりゃ、た、たまんない。

「ぶっはっ!」

派手に吹き出した百代は、腹を抱えてしこたま笑いこけたのだった。

いやー、愉快、愉快。





   
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