《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第32話 頭が拒絶



お買いものついでにお風呂に入るだって?

満足するだけ笑った百代は、愛美の頭を小突いた。

「あんたは、コントのボケ担当かっての」

小突かれた愛美は、むっとして睨んでくる。

相も変わらず、可愛いねぇ。

「スーパー銭湯ってのは、サウナとか岩盤浴とか、ともかくいろんな設備があるお風呂屋さんのことだよ」

百代の説明を聞いて、ようやく理解できたらしい愛美は、頬を桃色に染めた。そして、もじもじしながら、百代の視線を避けつつ口を開く。

「ス、スーパーって聞いたら、誰だって……その、食料品とか売ってるお店、思い浮かべると思うけど……」

しどろもどろに言う。

「へいへい」

百代は笑いながら愛美の背中を叩いた。愛美はさらにむっとしたようだ。

「そんじゃ、今度さぁ、蘭子も誘って……」

スーパー銭湯に行こうと言いかけた百代の脳裏に、藤堂家の豪華な風呂が浮かぶ。

「考えたらスーパー銭湯なんぞ行くより、藤堂家のお風呂に入らせてもらったほうがいいよね。あの家の風呂は、スーパー銭湯なんぞ比べ物にならないくらい、色々取り揃ってるもん」

贅沢には、金に糸目をつけない蘭子の両親だからなぁ。

「先に部屋に行っといて。おやつ持ってくからさ」

キッチンに足を向けながら、百代は言った。

「わたしも手伝うわ」

「お客様にそんなことさせられないよぉ。それに持ってくのは、お盆ひとつだし」

キッチンに入った百代は、お茶の用意を始めた。

ヤカンを火にかけ、お湯が沸くのをひたすら待つだけだ。

母親お気に入りのポットはすでに出しておいたし、カップもふたつ。

ハーブティーもブレンド済みだし、大きなお皿に山盛りのお菓子。

愛美が来るってんで、昨日学校から帰って母親と買い物にゆき、お菓子を買ってもらったのだ。

いつもだと、母のがまぐちの口はなかなかゆるまないのだが、愛美が遊びに来ると聞いて、いつもの三倍はゆるかった。

ふふん。

贅沢チョコ粒入りクッキーを取り上げた百代は、さっそくひとついただくことにした。

お湯が沸くのを待つ自分へのお駄賃だ。

結局、お駄賃はクッキー二種類に、おせんべいひとつ、そしてイチゴチョコ一個まで加算された。

ようやくお湯が沸き、ハーブティーを淹れる。

ポットにカバーをかけた百代は、トレーを抱えようとしていったん手を止め、大きなバタークッキーを口に放り込んでから、トレーを取り上げた。

階段を上がるのに、山盛りお菓子が雪崩を起こしそうになり、百代はクッキーをむしゃむしゃやりながら、一足一足、ゆっくりと上がっていった。

愛美にドアを開けてもらおうと思ったが、部屋の中から話し声が聞こえてくる。

誰かと話しているようだ。携帯で電話しているんだろう。

蘭子のように大声で語る愛美ではない。
ドアも閉じているから、話しているとわかるだけで、何を話しているのかまではわからない。

邪魔しちゃ悪いなと思い、しばらく待ったが、終わる気配がない。

長くなりそうだな。

どうしようかと思ったが、百代はいったん床にトレーを置き、ドアを開けた。

携帯をぎゅっと握りしめるようにして耳に当てている愛美は、相手の言葉に集中しているらしく、部屋に入ってきた百代にまるで気づかないようだ。

声をかけようかと思ったが、なんとなくためらわれ、テーブルにトレーを置き、愛美の左側に座り込む。

まだ気づかない。

お菓子の山をテーブルの中央に置き、ポットカバーを外し、ハーブティーをカップに注ぐ。

愛美の前にカップを置いた百代は、自分の存在にまるで気づかない友に呆れつつ、カップを口に運んだ。

しかし…これほど必死に携帯に耳を傾けているひとを、はじめて見たかも。

彼の言葉の一音すら、聞き漏らすまいとしているかのようだ。

愛美が振り向く気配に、百代はさっと視線をそらし、ハーブティーを口に含んだ。

ぷくくっ。

愛美ってば、大きな目玉をかっぴらいて、ぎょっとしてるよ。

夢中になってた通話の方も、驚きが過ぎたために完璧に頭から飛んだようで、お留守になっちゃってる。

『まな?』

微かに電話の相手の声が聞こえた。

ほほおっ。なんとも品の良い、やさしい声じゃないか。

その声だけで、百代の脳裏に、愛美の彼氏のイメージがリアルに浮かぶ。

歳の頃は二十七、八…背がすっと高くて…やさしい笑みを浮かべるひと。

うんうん。愛美にぴったりこんな相手だ。

ちょっと大人すぎる感じもするけど…それでもまあ、許容範囲かな。

「は……い」

愛美は呆けたような返事をした。当然だろうが、相手は不審に思ったようだ。

『どうかしたんですか?』と言っているのが聞こえた。

「いえ…百ちゃん…友達が、部屋に戻って…」

『あ、そうでしたか。それでは、もう通話を終えましょう。またかけます』

あらら。別にわたしに遠慮して切らなくたっていいのに…。

「い、いつ?」

愛美は急くように尋ねた。

声に含まれている哀しさの度合いが気にかかる。

こりゃあ、かなりの重症だね。

『貴方が大丈夫なら、明日の朝七時くらいに…貴方の時間は、夜の九時くらいだと思いますが…構いませんか?』

ふーむ。相手の声には、かなりの余裕があるように聞こえるが…

そうでもないか…

「はい。もちろん大丈夫です」

『それでは、その時に』

「は、はい……おやすみなさい」

『ありがとう。おやすみなさい……まな』

そっか、愛美の彼、愛美のことまなって読んでんだ。

しかし、とんでもなく甘くてやさしい呼びかけで、こっちが照れちゃうよ。

目元のやさしい男性の顔が浮かぶ。愛美にメロメロなんだろう。

実は愛美が高校生だったと相手が知り、気持ちや態度に変化がおきるのではと、ちょっぴり気にかかったりもしていたが…

このふたり、大丈夫そうだ。

カップをテーブルに置いた百代は、愛美がもじもじしているのに気付き、顔を向けた。

「お茶飲んだら?」

物凄く気まずそうに愛美は笑みを浮かべて見せる。

「あ……ありがと」

恥かしくてならないらしい。別に気にすることないのに…

「ハーブティーよ。カモミール、リンデンフラワー、レモンバーベナ、フェンネル、オートストロー、スカルキャップ、カレンデュラ。このお茶は、精神を落ち着かせてくれるよ」

「うん、そ、そうなんだ」

愛美は照れながら答え、カップを持ち上げた。

深々と香りを嗅いでから、ゆっくりと口に含む。

百代は首を傾げた。愛美が息を吐き出した途端、なんでか空気がおかしい…

「澱んでるわ」

思わず口にし、「え?」と小さく叫んだ愛美に、百代はハーブティーをもっと飲むように勧めた。

「あ、うん」

愛美は素直にハーブティーを飲む。

彼との語らいで、楽しい時間を過ごしたばかりなのに…この澱みは、愛美から出たもの。

いったいどうしたことなのだろう?

「も、百ちゃん」

急に何か思い出したかのように、愛美は性急に呼びかけてきた。

「うん、何?」

「わたし、見たの。あれって、ほんとじゃないわよね?」

眉を寄せて問いただしてくる。

何を言ってるのかさっぱり意味がわからない百代も眉を寄せた。

「はあ? いったい何のことよ?」

まったく、愛美ときたら、わたしが語らずともなんでもわかると思ってんだから、呆れるよ。

クッキーを手に取り、百代はぱくりと口に頬張った。

「み、見えたの。電話がかかってくる直前に、あの……」

見えた?

「ゆ……優誠さんが……」

百代はきゅっと眉を寄せた。いま、この子、なんて?

彼女は首を回し、愛美に顔を向けた。

眉を寄せた百代は、身体ごと愛美に向き直った。

「優誠?」

「あ、うん」

戸惑ったように愛美は頷く。

百代は唖然とした。

優誠なんて名前のひと、他に思いつけないのだが…け、けど…

「優誠って……不破優誠?」

「そ、そう……だけど」

百代が驚いていることに、愛美はびっくりしているようだ。

目をパチパチさせて肯定する。

不破優誠だったのか…この友の相手は…

あの……あの……あの……

百代の脳裏に、一度だけ見たことのある不破優誠の姿が浮かぶ。

微笑むことなどけしてない男……その名も、氷の王子。

あ、あのやさしい語りかけが、あの氷の王子だったというのか?

マ、マ、マジで?

愛美のことを、まなって言ってたよ。

あの声には、欠片ほどの冷たさも感じなかった。それどころか…

(ありがとう。おやすみなさい……まな)

あの甘くてやさしい呼びかけが…こっちが、照れちゃうようなあの声が…

ふらりとめまいがした。

頭の中で、氷の王子不破優誠に、いまの台詞を語らせてみようと思うが、頭が拒絶し、無理だった。

困惑して百代を見つめている愛美に、彼女は目を向けた。

「あんた」

「は、はい?」

「とんでもないのに見初められてんじゃん」

きょとんとしている愛美の表情に苛立ちが湧き、百代は思わず大声で叫んだのだった。





   
inserted by FC2 system