《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第33話 なっちゃない自分



いやー、びっくりした。あー、おっどろいた。

これ以上ないほどの驚きだよ。想像すらできなかったよ。

「と、とんでもない?」

驚きにどっぷりと浸かり、頭の中で驚きの言葉を羅列していた百代は、戸惑ったように言った愛美を見て、眉を上げた。

「とんでもないじゃん。あんたが付き合っている相手、不破優誠なんでしょ?」

百代の言葉に、なぜか愛美は困惑を深めている。

かたや百代の方は、驚きに浸るだけ浸って満足し、すっきりした。

「それで? 彼がどうしたの?」

愛美のカップにハーブティーを注ぎながら、百代は尋ねた。

「え?」

自分の方から話を切り出してきたというのに、問われていることがぴんとこないらしい。

「見えたとかって、言ったじゃない」

手に取ったクッキーを振りながら、百代は言った。

「あ」

どうやら思い出したらしい。愛美の表情は不安そうに翳る。

「電話がかかる直前、見えたの……」

愛美は言い難そうに言う。きっとビジョンなんだろうけど…

たぶん、これまで見たことがないものだったせいで、ぎょっとしたのかもしれない。

「あの……目を閉じたら……」

自分が常識では考えられない、虚偽を語っていると感じているんだろう。

世に言う不思議体験をすると、ひとはだいたいこんな風に受け止める。

クッキーを口に頬張った百代は、話の続きを促すように、繰り返し相槌を打った。

だが、愛美は百代の反応を窺ってくるばかりで話を続けようとしない。

百代は、愛美が何を待っているのか、気付いた。

目を閉じたら見えたものがなんなのか、確定できなくて、続きを口にできないでいるのだろう。

目を閉じたら見えたもの、それは…

「ビジョンね」

「ビ、ビジョン?」

すでにわかっていたはずで、百代の同意を待っているだけたかと思ったら、ビジョンという言葉自体が伝わらなかったらしい。

百代はちょっと反省を感じた。
自分は知ってて当然なものだけど、愛美は馴染みじゃないのだ。

「うん。それで、何が見えたの?」

指についたクッキーのカスを手を叩いて落としながら、百代は聞いた。

「優誠さんが床に倒れてたの。覗き込んだら、顔が真っ青で……でも、電話がかかって……あれって、ほんとになるなんてことないわよね?」

そうであって欲しいという望みを込めて愛美は言う。ビジョンは、いろんな意味がある。そんなもの百代にだってわからない…のだが…

「可能性のひとつよ」

「ひとつ?」

「うん」

百代は頷いた。

「いまの彼の状態だと、そうなる未来。……でも、曖昧なものだよ」

ビジョンがそのまま現実になるわけじゃない。なるほうが少ないくらいだ。

いまの不破優誠の現状を知る、愛美の恐れがビジョンを大きく左右するし…

「曖昧? で、でもそうなるって、百ちゃん」

「だからね。そのビジョンの彼は、いまの彼の未来として捉えればいいだけのものなの。その程度、わかる?」

百代は噛んで含めるように言った。わかりやすくと考えて言ったつもりなのに、愛美はさっぱりわからないとでもいうように首を捻る。

「わかんないか……」

ちょっと困ったが、この世の中、わかってくれる者の方が少ないのだ。百代にすれば、みんなわざと、目と耳を塞いでる感じがするのだが。

「でもさ、予感ってのは誰だって色んな形で受け取ることあるんだよ。……まあ、そいつを無意識にでも警告として受け止めて、みんな行動をセーブしたりするもんなの。そうすれば、愛美が見たビジョンは、もう現実にならないわけよ」

我ながらうまい説明だと、口にしながら百代は自分に感心した。

「それじゃ……警告を受け止めずに、優誠さんが行動をセーブしなかったら?」

百代は、愛美にちょっと呆れた。

わざわざ聞かずとも、そんな場合の答えは、わかろうものだが…

「現実になる確率大だね」

彼女の言葉に、愛美が顔色を変えたのを見て、百代はすぐに話を続けた。

「この場合、あんたがビジョンを見たってところが鍵だね」

「それって?」

「彼は、自分では、予感的なものがあっても、無視する確率が高いってことかな」

百代は、愛美がすでに頭の中で考えているであろうことを、言葉にした。

「予感を無視?」

どうやら、恋する乙女は、彼のことを考えすぎて、かえって頭がなまくらになるようだ。

「倒れる理由を推理してみれば、おのずとわかるんじゃない?」

そう言ってみたが、ぴんとこないらしい。

百代は、ひとつずつ理由を上げてやることにした。

「彼が海外に行ったのは、もちろん仕事でしょう?」

「うん」

「一ヶ月かかる仕事なのよね?」

「うん……あ……」

頷いた愛美が、何か思い出したようで、首を横に振る。

「優誠さんは、ひと月くらいって言ったけど……なるべく早く片付けて戻るって。でも、保志宮さんは、数ヶ月は帰って来られないはずだって言ってた」

「ふーむ。なら答えは見えたじゃない。彼は数ヶ月かかる仕事をひと月で片付けて、日本に戻って来ようとしてるってわけよ」

愛美の話を聞くだけでも、不破優誠がそうとう無理をしようとしてるらしいことはわかる。だが、不破優誠が遠く離れた日本にいる愛美に不安を与えないように努めているはず。とすると…

「いまのままだと、ビションは現実になるわね」

思わず口にしてしまった。そのせいで、愛美が悲痛な顔になる。

「ど、どうしよう?」

「あんたが説得するしかないじゃん。そのためにビジョンを見たんだから。でも、素直に聞くかな」

百代の頭の中には、冷たい表情の不破優誠が浮かぶ。その不破優誠は、とてもひとの意見など聞きそうもない。けど……

愛美に語りかける不破優誠の声を思い出し、百代は胸の内で苦笑した。

あの不破優誠ならば、愛美の言葉を素直に聞くかもしれない。

「それにしても不破優誠かぁ」

思わず笑いが込み上げる。

「彼とわたしって……そんなに不自然?」

百代は、不安そうな愛美をまっすぐに見つめた。

不自然ではない。愛美の感化を受けて、あの不破優誠は、激変といってもいいくらい変わるだろう。

「意外ではあったよ。さすがに不破優誠とは思わなかったから。でも、あんたのその眼鏡も、相手が不破優誠なら、もう納得ってやつだわ」

愛美がなくした眼鏡を探し出し、翌日、愛美が不自由することのないように、彼女のために眼鏡を送ってきた男…

さすがだよ。不破優誠…

そして不破優誠は、間違いなく愛美に魅入られている。

目の前の友を見つめ、百代は笑みを浮かべた。

愛美ほどの女性は、そうそういない。やはり不破優誠は見る目があるね。

「あの…」

落ち着かなそうにもじもじしていた愛美が声をかけてきた。百代と目が合うと、言い難そうに話し始める。

「橙子さんだけど……優誠さんのこと、好きだと思う?」

ああ、橙子さんか…

「蘭子は、そう思い込んでるよね」

蘭子と聞いて、愛美は顔をしかめた。

蘭子は姉と不破優誠が結ばれるものと信じ込んでいる。なのに、不破優誠は愛美を好きになった。

もちろん、恋愛は自由であり、蘭子の気持ちまで考える必要はないし、愛美が気にすることではない。

しかし、橙子さんか…あのひとは、百代にもよくわからない。

「橙子さんは、自分の胸の内を見せるひとじゃないし……好きなひとがいても、自分からアタックなんて出来ないだろうし……親の決めたひとと、言われるまま結婚するひとなんだろうね」

橙子はいいひとなのだが、自分の意思がないように感じる。意思を捨ててしまっているといったほうが正しいだろうか?

「そんなんでいいのかな?」

疑問と反論を込めたような愛美の問いかけ。

百代は愛美をじっと見つめた。愛美は口にしたことは間違いだったとでも感じたのか、気まずそうに視線を逸らした。

「良い悪いじゃないの。愛美、ひとは色々なんだよ。そうとしか生きられないひとっているの。どんな生き方をしても、そのひとの自由だよ」

愛美は百代の意見を受け入れたくないのだろう、顔を逸らしたまま、黙り込んでいる。

愛美の意識に感化され、また部屋の空気がよどんできたようだ。

「ほら、愛美、お茶飲みなよ。冷めちゃうよ」

百代の勧めに、愛美は頷いてカップを口に運ぶ。そして、カップの中の液体をじっと覗き込む。

気持ちにけりをつけられたのか、愛美はハーブティーを飲み干した。

そのタイミングを見計らって、百代はクッキーを取り、愛美に差し出した。

「はい」

素直にクッキーを受け取った愛美は、一口、二口とかじる。

そうしながらもまた物思いに沈んでしまった。

百代はそんな愛美を見つめつつ、ハーブティーを飲むと、取り上げなければならぬ議題を持ち出した。





愛美が帰り、百代はひとりになった部屋で、大の字に転がった。

疲れを感じる。

コスプレ撮影会、愛美はモデルなどやりたくないのだ。なのに、百代は無理強いしようとしてる。

蘭子のためにと百代は言った。それは本当なんだけど…友達思いの愛美は、その言葉で仕方なく受け入れることにしてくれた。

少し強引過ぎるんじゃないかと愛美に言われて…あの一言は、さすがに胸に突き刺さった。

蘭子と櫻井、そして愛美のためによかれと思ってやっているけど…そうは思ってもらえない。

それでも、わかってもらえないからと、すべてを投げ捨てることもできない。

投げ捨てて、知らぬふりができれば楽だろうに…

あーあ…

わたしの態度と発言のせいで、愛美を不必要に怖がらせちゃったみたいだし…

苛立ちに駆られて、怒鳴りつけちゃうし…

協力してくれようとしている愛美に…まったく、わたしときたら、なっちゃいないよ。

悟り坊主の顔がポンと浮かび、百代は鼻の頭に皺を寄せた。

「ももっぺ、まだまだだな」

そんなことを言い、したり顔をしている慶介…

百代は両手を上げ、妄想でしかない慶介の憎たらしい顔を、思い切り叩いたのだった。





   
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