《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第34話 重みの共有と軽減



「これで良かったの?」

教室から飛び出て行った蘭子を見つめていた百代は、愛美の不安そうな声に振り返った。

櫻井と愛美のことを確実に誤解した蘭子は、昨日、学校を休んだ。

今日は出てきたけど、蘭子の態度や言動はぎこちなかった。

櫻井への淡い恋心が芽生えてきていることを、蘭子は自分に認めたくないのだ。

怖いから。

だから、必死になって否定している。

百代が何もしなければ、蘭子は櫻井への思いを間違いなく握りつぶすだろう。

そして、いまの蘭子らしい人生を歩み続けるに違いない。
なんの成長もしないまま…

それはそれでいいのだと、神様は言うんだろう。

どんな人生を歩むか、どんな人生を選択するかは、そのひとの自由なのだからと…

だが、百代はそんなの嫌だ。

いまの蘭子の先にある未来は、蘭子にとって本当のしあわせじゃない。

蘭子を変える。そのために、百代はいまの人生を生きているのだと思う。

「まあ。今日のとこはこんなもんかな」

蘭子のいまの辛さを心に感じて疼く胸を無視し、百代は愛美に答えた。

「ねえ、百ちゃん、ほんとにこんなことする必要あるの? 回りくどい気がするんだけど…」

蘭子が可哀想でならないのだろう、愛美もまた、いまの百代と同じ胸の疼きを感じている。そして出た言葉だ。そうわかっていても、百代の胸は愛美の言葉でつくんと痛む。

百代は愛美に答えず、「行くよ」と言って歩き出した。

割り切れない愛美の思いが伝わってくる。

責められているようで、どうにも心に折り合いをつけられず、百代は愛美に向けて口を開いていた。

「愛美の回りくどくない方法っての、言ってごらんよ」

「え?」

「簡単な方法があるなら、聞かせて欲しいのよね。わたしも、出来ればこんな回りくどいことしたくないもん」

口にしてしまってから後悔した。
責める気持ちがはっきりと言葉に滲んでしまった。

「ごめん」

悔やむように言った愛美。言わせたのは自分だ。
百代は自分が嫌になった。

愛美は何も悪くないのに…

でも愛美には、百代の願いをわかってほしい…

「応援してあげたいんだよね。蘭子の初恋」

階段を上ってゆきながら、百代は言った。

「初恋?」

愛美は驚きを込めて繰り返す。百代は小さく微笑んだ。

そう、蘭子の初恋…。

「うん。長いこと友だちしてるからね、蘭子のことはよくわかるんだ」

そう愛美に言った百代は、心の中で、この恋は蘭子を変えるんだよ。と付け加えた。

「我侭で傲慢で、でも信じられないくらい一本気で一途で…自分に対して多少の勘違いはあるけど…それでもひとを思いやれる心を持ってる子だからさ…」

「百ちゃ…」

百代は愛美に向いた。

視線を合わせると、百代に呼びかけてきていた愛美は言葉を止めた。

少し待ったけど、愛美は何も言わない。

百代はまた前に顔を戻し、階段を上がりながら話を続けた。

「櫻井にその気がないんなら、見守るしかないけど…未来の櫻井は本気だと思えるんだ」

まだ蘭子ほど育っていない櫻井の思い。けど…いずれは…

そう確かに感じる。

「あの、百ちゃん?」

百代は立ち止まって手すりを掴み、愛美を振り返った。

純粋な魂を持つ愛美は、自分ではわかっていないだろうけど…百代の理解者だ。

百代の発言にその場は戸惑うだろうけど、受け入れてくれる器を持っている。

「あのふたり、よく似てるじゃん。似すぎてて、だから反発しちゃうの。どうも手を貸してやらないと、ふたりの真実の恋は成就しないようなんだよね」

「真実の恋なの?」

少し感動したように愛美は問い返してきた。

「そ。あんたと氷の王子みたいにね」

「はい? 氷の王子って、なに?」

愛美は戸惑ったように言う。

そうか、不破優誠が氷の王子と呼ばれていることを、愛美は知らないのだ。

そして愛美は、自分の知らない不破優誠がいることも知らないのだろう。

「あんたの彼氏だよ。そう呼ばれてるの。他にもある。青い目のプリンスとか…超有名人だもん」

「はあ…」

どう答えればいいのかわからないような困惑顔で、愛美は呟くような声を出す。

「で? 氷の王子、愛美の前では少しくらい、笑ったりとかするの?」

「ど、どうして?」

「氷のって名付けられるくらいのひとだもん。とにかく笑わないって話なんだよ。わたしも遠目に見たことあるんだけど…なんていうのか…機嫌が悪くてむっとしてるって感じじゃなくて…無機質な感じの無表情だったよ」

悪く言えば無感情…ロボットみたいな…

「あの、誰かと間違えてない?」

顔をしかめて考え込んでいた愛美が、おずおずと聞き返してくる。

百代の口にした不破優誠像は、愛美が見て触れている不破優誠とはあまりにギャップがあるってことなんだろう。

「間違えようがないじゃん、彼、不破優誠なんでしょ?」

「でも…なんか…」

「そいで笑うの?」

反論したそうな顔で言う愛美に、百代は尋ねた。

愛美は困った顔でこくんと頷く。

「ふーん。そっか、笑えるんだ」

けれど、百代の脳内の不破優誠は笑いを知らないかのように、頑として微笑もうとはしない。

百代は思わず吹き出した。

「今度、蘭子に聞いてみよう」

くすくす笑いながら百代は言った。

「何を?」

「蘭子も彼と親しいわけじゃん。近しいひとには感情を見せてるのかなって興味あるもん」

百代の言葉を聞いていた愛美は、急に顔色を変えた。

「百ちゃんお願い。優誠さんの名前、蘭ちゃんの前では出さないで欲しいんだけど」

頼み込むように言う。

百代は賛成できずに首を振った。

「ことさら隠さないで、これから何気なく知らせるようにしてったほうがいいよ」

もちろん、いまは、愛美は櫻井と付き合っていると思わせておかなきゃならないのだから、いますぐってことじゃない。

「で、でも…」

「まあ、このことは置いとくとしようよ。いまはとにかく目の前の用事を片付けよう」

まずは、蘭子に櫻井への気持ちを自覚してもらうための作戦を実行せねばならぬのだ。





報道部の部室には、櫻井しかいなかった。

ふたりの姿を見た櫻井は、ふたりの背後に意識なく目を向ける。蘭子を探しているのだ。

いつもつるんでいる三人だし、櫻井は当然、蘭子も一緒にくるものと思っていたんだろう。

自分が無意識に蘭子を探してるのはなぜかってこと、櫻井が気づけばよいのだが。

「あれ、藤堂は?」

ふたりしかいないことを知り、櫻井は聞いてきた。

「蘭子に、何か用事でもあった?」

櫻井の様子を窺いながら百代は問いかけてみた。だが、櫻井の反応は思ったより薄い。

「いや、何も」

櫻井は肩を竦め、言葉を続ける。

「ただ、お前たちいつもトリオで行動してっから、あいつも来るもんだと……」

「櫻井が蘭子を連れてきて欲しいって言うんなら、次は連れてくるよ」

「いや、別に連れて来る必要は…ほ、ほら、それじゃ、打ち合わせ始めようぜ」

百代はこくこく頷いた。

櫻井の反応は、まだまだ微妙だが…蘭子がいないことにちょっと物足りなさそうだ。

幸先は悪くない。





打ち合わせを終え、百代は愛美を連れて部室をあとにした。

「櫻井に告白させるのは、やっぱり至難の業かもねぇ。かといって、蘭子が告白なんてするわけないし…ここは巧妙な策が必要だよねぇ」

ちんぷんかんぷんのようだが、百代はすべてわかってくれている設定で、愛美に語りかけた。

愛美にというより、愛美の魂に直接語りかけてるのだから、愛美がわかってくれていなくても、百代としては別にかまわない。

しかし、打ち合わせの間、櫻井の中で蘭子のことは意識から消えていた。

ふたりとも、自分に芽生え始めてる恋心を、意識すまいとしているようだ。

あんなじゃ、いつまでたっても、双葉すらでないだろう。

そしたら、発芽の時期を失って、そのまんまなんてことになりそうだよ。やれやれ。

「ねえ、百ちゃん」

腕を組んで次にどうするか考え込んでいた百代は、愛美から話しかけられて「なあにぃ?」と、うわの空で返事をした。

「あのね…もっと、自然に任せてもいいんじゃないかな?」

「自然?」

百代はおうむ返しに聞き返し、それから、すべての意識を愛美に向けた。

「う、うん」

「愛美、時は感じる以上に速く過ぎるものなんだよ。来年なったら、わたしら卒業するんだよ。もう数日もすれば十二月だし……好機逃して、後で悔いたくないじゃん」

「好機?」

百代は強く頷いた。

「そう。いま機が熟してる。これを逃すと次のチャンスはいつになるかわからなそうだし……せっかくの好機を逃す手はないじゃん」

嬉しいことに、愛美が同意を示して強く頷いてくれた。

やっぱ、愛美だよ。ちゃんと感じてくれてる。

道の向こう側から、百代の乗るバスがやってくるのが見えた。

「あ、バスだ」

百代は両足揃えて跳ね、愛美に向いた。

「それじゃあ、愛美、また明日ね」

「う、うん。百ちゃん、バイバイ」

愛美の返事はひどく重かった。

モデルをやることになってしまったのが心にかかっている表層意識…

不破優誠のことを考えて切なさを募らせている下層意識…

百代は愛美の肩に手を置いて笑みを浮かべた。

愛美の心の重みを、ほんの少しでも共有し、軽減してあげたい。

「馬鹿騒ぎしてれば、時を過ごすのも、少しは楽になるよ」

愛美の肩をぐっと押し、百代はその勢いでバス停に向かって駆けだした。





   
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