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「ふっふっふっ」
ベッドの上に並べた品物を眺めまわし、百代はウキウキしつつ笑った。
期待以上だ。生地もいいし、仕立てもいい。
コスチュームの出来の良し悪しは、大きな差となる。
「ライバルたちに、負けてらんないからね」
どこの部も、最高のモデルを用意してくる。愛美は充分に素材がいいが、コスチュームの出来が悪すぎたら、素材も生きない。
「けど…これなら…」
百代は、ベッドに綺麗に並べたコスチュームを見つめ、愛美が着ている姿を想像する。
「うん。あとは髪を下ろすでしょ。それから眼鏡を外して、ばっちり化粧する」
想像の中の愛美に、うまく化粧できず、百代は部屋をきょろきょろと見回した。
「えーっと、クリスティーはどこだっけ? あっ、あそこだ」
百代は机に歩み寄り、本棚に挟み込んでいた用紙を取り出した。
ネット検索して見つけたクリスティーのイラスト。
上品でおとなしそうな感じで、愛美にそっくりってわけじゃないけど…
クリスティーと同じ色のアイシャドウを塗って、頬紅つけて、この色の口紅をつけたら、かなり近づけるはずだ。
そのためには、あと、化粧品を買わなきゃだ。
愛美の髪が短かったら、ウイッグも買わなきゃならないところだったんだから、ラッキーだよね。
クリスティーが金髪とかでなくて、ほんと良かったよ。
まあ、櫻井が好きだからクリスティーになったわけだから、櫻井が金髪好きじゃなくてよかったと思うべきか。
百代はくすくす笑いながら、コスチュームを元通り箱の中にしまい込んだ。
さてと、次はポーズを考えとかなきゃ。
愛美にしっかりとレッスンさせられるように…
そのためには、スタンドミラーがいるな。
百代は部屋を出て、居間を覗き込んだ。
予想どおり、父と母がべったりとくっついてソファに座っていた。
「ちょいと、楽しんでるところ、悪いんだけどさ」
「あら、モモ、なあに」
笑顔で母が振り向き、お邪魔虫を見るような目で父が振り向く。
この両親にとっては、この時間が、一日でも最高のときらしい。
仲のよろしいことで。
百代は心の中で、両親を冷やかした。
自分にも、こんなに愛を育める相手を得られるんだろうか?
三次の顔が頭に浮かび、百代は眉を寄せた。
あのひとは…
繋がりを感じるけど…それ以上に壁を感じる。
手を差し伸べたら、すっと身を引かれるような気が…
「モモ、どうかしたの?」
不思議そうな声に、百代は我に返り、母に向いた。
「ううん。なんでも。そうそう、スタンドミラーかしてくんない?」
「スタンドミラー? いいけど」
「頼むよ。ポーズ考えなきゃならないんだけど、鏡に映して見ながらのほうがいいからさ」
「ポーズ? ああ、もしかして、愛美ちゃんの?」
「うん、そう」
「いったいなんだい?」
自分だけ話が分からぬことに、面白くなさそうに父が聞いてくる。妻との時間を邪魔されたのも、面白くないんだろう。
「学園祭で、撮影会があるの。そのためのポーズ決めするんだよ」
「へっ? 撮影会でポーズを取るのか?」
話の半分もまだ理解できていないらしいが、この父相手にのんびり説明している暇はない。
「ママに聞かせてもらって。ママ…あれっ?」
すでに母は居間にいなかった。
自分の部屋に、スタンドミラーを取りに行ってくれたんだろう。
「モモ、部屋に持ってくわよぉ」
居間の外から声をかけられ、百代は急いで部屋を出た。スタンドミラーを抱えた母は、すでに階段を上がろうとしている。
「美雪、俺が運んでやるよ」
「軽いから大丈夫。拓朗さん、わたし、ちょっとモモに付き合ってくるわね」
美雪はひどく楽しげに、父に申し渡し、階段をのぼってゆく。
「ええっ、モモに?」
「モモ、ママもアイディア出させてねぇ」
弾むように母は言う。
母らしいが…いいんだろうか?
「う、うん。まあ、わたしゃ、かまわないけど…」
そう口にしつつ、階段下にいる父に目を向けてみた。
ずいぶんとむっとした顔をしている。
それを見て、悪戯心が触発され、百代はわざと挑発するように、舌を出してぺろぺろと上下に動かしてみせた。
父のむっとした顔が、仏頂面になる。だが、文句を言っては、愛する妻に器が小さい男と思われてしまうとの懸念からか、何も言ってこない。
「パパ、すぐに返してあげるよ」
百代の言葉に、拓朗は肩を竦めて居間に戻って行った。
「こんなのはどう?」
鏡の前に立ち、腰を大きく右に捻り、右腕を頭の後ろに当てた母が聞いてくる。
「ママ、そいつは、さすがにちょっとやりすぎってもんだよ。もっと自然な感じがいいって」
テーブルの上に置いた用紙に、ポーズのアイディアを書き込みながら、百代は言った。
「えーっ、じゃあ、こんな感じならどう?」
左足をひょいと後ろに上げ、腰に両手を当てる。
「それも…いまいちかな…」
娘の否定の言葉に、美雪は頬を膨らませてこちらに向き、彼女の前に座り込んできた。
「なら、どんなのならいいの?」
「うんとね。まずは、定番の姫ポーズかな」
「姫ポーズ? それ、どんな感じなの」
百代は立ち上がり、イメージしたポーズを取る。
「なんか、普通ね」
「普通でいいんだよ。僧侶なんだし、クリスティーっておとなしい性格なんだもん」
「そうだ。衣装を見せてもらってなかったわね。モモ、見せてちょうだいよ」
「うん、いいよ」
コスチュームを見てもらった方が、母も採用できるポーズのアイディアを思いついてくれるかもしれない。
「これだよ。かなり作りがいいでしょ?」
自慢しつつ披露したが、母の反応はいまいちだった。
「あ、あら…こんななの? コスプレ衣装だって話だったから、もっとすっごい奇抜で派手なの想像してたのにぃ。モモぉ、なんでこんな地味なのにしたの?」
不服そうに言われても…
「ママを喜ばせるために、この衣装にしたわけじゃないんだからさ」
百代にすれば、ターゲットの櫻井ひとりが喜べばいいのだ。
かなりがっかりしたらしい美雪は、肩を落としながらコスチュームに手をかけ、持ち上げた。
「ま、まあっ! これって、羽じゃないの!」
コスチュームについている天使の羽に気づいた母は、一転興奮した叫びを上げた。
「うん。それもいい出来でしょ。本物の天使みたいじゃない?」
「いいじゃないのっ! コスプレにしては、地味な衣装だと思ってたら…まさか羽があるなんて。これぞゲームのキャラって感じじゃないのぉ。もおっ、ほんと羽がついてて良かったわぁ」
羽ひとつで、テンションの跳ね上がった母に、百代は笑いを堪えた。
そのあと、百代は母のアイディアをもらいながら、どんどんポーズを決めていった。
居間に置き去りとなっている拓朗のことなど、すっかり頭から消えていたのだった。
本番まであと三日と迫った日、百代はコスプレ衣装を抱え、愛美の家にお邪魔した。
衣装をみた愛美は、思ったよりはおとなしいデザインだったのだろう、ほっとしたようだった。
衣装を試着させてみたかったが、実はこの衣装、胸のところが大きく開きすぎているのだ。
こうして見てるだけならそんなにわからないけど、試着したらいっぱつ。
愛美が、こんな衣装を着るのは嫌だとごねるのは間違いなし。
まあ、ごねても着てもらうしかないのだから、本番まで知られないようにしておくのが一番。
百代は、おさげに編まれた愛美の髪を垂らし、水色のでっかいリボンを頭のてっぺんに付けた。そして、断ることなくさっと眼鏡を外した。
愛美は思わずというように両手を上げて、外された眼鏡を追ってきたが、すぐに諦めてくれた。
百代は、前に回り、愛美の全身を眺めまわした。
最高に似合っている。
愛美の持って生まれた上品さが、衣装のデザインと相まって、本物の高貴なお姫様のようだ。
似合うんだよねぇ。
パーティの日の愛美も綺麗だったけど…
考え抜いたポーズを伝授していたところで、愛美の携帯に電話がかかってきた。
思ったとおり、愛美の王子様の不破優誠からだ。
いったん練習は中断したが、電話が終わると、すぐに練習を再開した。
「愛美、もうちょっとこう、色っぽくなんないかね」
「もう精一杯なんだけど……」
ポーズのレッスンだけに意識を向けていた百代は、愛美のその声に、不穏な響きがあるのに気づかなかった。
「だからさ、こう、腰をきゅっと曲げてさ、このあたりのくびれを強調して……」
「もう、精一杯なんだけど……」
愛美らしからぬ反逆を込めた言葉に、百代は眉をあげた。
同じ言葉を二度繰り返したあたりでも、愛美がいかに我慢の限界に近づいているか知れようというもの。
普段怒らない者の怒りは、食らわないほうが身のため。
「そろそろ、帰るとするわ」
そそくさと荷物をまとめながら言い、百代は即座に玄関に向かった。
レッスンが終わるとほっとしたんだろう。愛美は何も言わずに、見送ってくれる。
靴を履いた百代は、疲れを帯びている愛美を見つめ、口を開いた。
「当日まで後三日だからね。愛美、それまでにポーズをマスターしとくんだよ」
愛美がきゅっと顔をしかめる。
百代は、気乗りしないモデルににやりと笑い返し、愛美の家をあとにしたのだった。
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