《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第36話 気乗りしないモデル



「ふっふっふっ」

ベッドの上に並べた品物を眺めまわし、百代はウキウキしつつ笑った。

期待以上だ。生地もいいし、仕立てもいい。

コスチュームの出来の良し悪しは、大きな差となる。

「ライバルたちに、負けてらんないからね」

どこの部も、最高のモデルを用意してくる。愛美は充分に素材がいいが、コスチュームの出来が悪すぎたら、素材も生きない。

「けど…これなら…」

百代は、ベッドに綺麗に並べたコスチュームを見つめ、愛美が着ている姿を想像する。

「うん。あとは髪を下ろすでしょ。それから眼鏡を外して、ばっちり化粧する」

想像の中の愛美に、うまく化粧できず、百代は部屋をきょろきょろと見回した。

「えーっと、クリスティーはどこだっけ? あっ、あそこだ」

百代は机に歩み寄り、本棚に挟み込んでいた用紙を取り出した。

ネット検索して見つけたクリスティーのイラスト。

上品でおとなしそうな感じで、愛美にそっくりってわけじゃないけど…
クリスティーと同じ色のアイシャドウを塗って、頬紅つけて、この色の口紅をつけたら、かなり近づけるはずだ。

そのためには、あと、化粧品を買わなきゃだ。

愛美の髪が短かったら、ウイッグも買わなきゃならないところだったんだから、ラッキーだよね。

クリスティーが金髪とかでなくて、ほんと良かったよ。

まあ、櫻井が好きだからクリスティーになったわけだから、櫻井が金髪好きじゃなくてよかったと思うべきか。

百代はくすくす笑いながら、コスチュームを元通り箱の中にしまい込んだ。


さてと、次はポーズを考えとかなきゃ。

愛美にしっかりとレッスンさせられるように…

そのためには、スタンドミラーがいるな。

百代は部屋を出て、居間を覗き込んだ。

予想どおり、父と母がべったりとくっついてソファに座っていた。

「ちょいと、楽しんでるところ、悪いんだけどさ」

「あら、モモ、なあに」

笑顔で母が振り向き、お邪魔虫を見るような目で父が振り向く。

この両親にとっては、この時間が、一日でも最高のときらしい。

仲のよろしいことで。

百代は心の中で、両親を冷やかした。

自分にも、こんなに愛を育める相手を得られるんだろうか?

三次の顔が頭に浮かび、百代は眉を寄せた。

あのひとは…

繋がりを感じるけど…それ以上に壁を感じる。

手を差し伸べたら、すっと身を引かれるような気が…

「モモ、どうかしたの?」

不思議そうな声に、百代は我に返り、母に向いた。

「ううん。なんでも。そうそう、スタンドミラーかしてくんない?」

「スタンドミラー? いいけど」

「頼むよ。ポーズ考えなきゃならないんだけど、鏡に映して見ながらのほうがいいからさ」

「ポーズ? ああ、もしかして、愛美ちゃんの?」

「うん、そう」

「いったいなんだい?」

自分だけ話が分からぬことに、面白くなさそうに父が聞いてくる。妻との時間を邪魔されたのも、面白くないんだろう。

「学園祭で、撮影会があるの。そのためのポーズ決めするんだよ」

「へっ? 撮影会でポーズを取るのか?」

話の半分もまだ理解できていないらしいが、この父相手にのんびり説明している暇はない。

「ママに聞かせてもらって。ママ…あれっ?」

すでに母は居間にいなかった。

自分の部屋に、スタンドミラーを取りに行ってくれたんだろう。

「モモ、部屋に持ってくわよぉ」

居間の外から声をかけられ、百代は急いで部屋を出た。スタンドミラーを抱えた母は、すでに階段を上がろうとしている。

「美雪、俺が運んでやるよ」

「軽いから大丈夫。拓朗さん、わたし、ちょっとモモに付き合ってくるわね」

美雪はひどく楽しげに、父に申し渡し、階段をのぼってゆく。

「ええっ、モモに?」

「モモ、ママもアイディア出させてねぇ」

弾むように母は言う。

母らしいが…いいんだろうか?

「う、うん。まあ、わたしゃ、かまわないけど…」

そう口にしつつ、階段下にいる父に目を向けてみた。

ずいぶんとむっとした顔をしている。

それを見て、悪戯心が触発され、百代はわざと挑発するように、舌を出してぺろぺろと上下に動かしてみせた。

父のむっとした顔が、仏頂面になる。だが、文句を言っては、愛する妻に器が小さい男と思われてしまうとの懸念からか、何も言ってこない。

「パパ、すぐに返してあげるよ」

百代の言葉に、拓朗は肩を竦めて居間に戻って行った。


「こんなのはどう?」

鏡の前に立ち、腰を大きく右に捻り、右腕を頭の後ろに当てた母が聞いてくる。

「ママ、そいつは、さすがにちょっとやりすぎってもんだよ。もっと自然な感じがいいって」

テーブルの上に置いた用紙に、ポーズのアイディアを書き込みながら、百代は言った。

「えーっ、じゃあ、こんな感じならどう?」

左足をひょいと後ろに上げ、腰に両手を当てる。

「それも…いまいちかな…」

娘の否定の言葉に、美雪は頬を膨らませてこちらに向き、彼女の前に座り込んできた。

「なら、どんなのならいいの?」

「うんとね。まずは、定番の姫ポーズかな」

「姫ポーズ? それ、どんな感じなの」

百代は立ち上がり、イメージしたポーズを取る。

「なんか、普通ね」

「普通でいいんだよ。僧侶なんだし、クリスティーっておとなしい性格なんだもん」

「そうだ。衣装を見せてもらってなかったわね。モモ、見せてちょうだいよ」

「うん、いいよ」

コスチュームを見てもらった方が、母も採用できるポーズのアイディアを思いついてくれるかもしれない。

「これだよ。かなり作りがいいでしょ?」

自慢しつつ披露したが、母の反応はいまいちだった。

「あ、あら…こんななの? コスプレ衣装だって話だったから、もっとすっごい奇抜で派手なの想像してたのにぃ。モモぉ、なんでこんな地味なのにしたの?」

不服そうに言われても…

「ママを喜ばせるために、この衣装にしたわけじゃないんだからさ」

百代にすれば、ターゲットの櫻井ひとりが喜べばいいのだ。

かなりがっかりしたらしい美雪は、肩を落としながらコスチュームに手をかけ、持ち上げた。

「ま、まあっ! これって、羽じゃないの!」

コスチュームについている天使の羽に気づいた母は、一転興奮した叫びを上げた。

「うん。それもいい出来でしょ。本物の天使みたいじゃない?」

「いいじゃないのっ! コスプレにしては、地味な衣装だと思ってたら…まさか羽があるなんて。これぞゲームのキャラって感じじゃないのぉ。もおっ、ほんと羽がついてて良かったわぁ」

羽ひとつで、テンションの跳ね上がった母に、百代は笑いを堪えた。

そのあと、百代は母のアイディアをもらいながら、どんどんポーズを決めていった。

居間に置き去りとなっている拓朗のことなど、すっかり頭から消えていたのだった。





本番まであと三日と迫った日、百代はコスプレ衣装を抱え、愛美の家にお邪魔した。

衣装をみた愛美は、思ったよりはおとなしいデザインだったのだろう、ほっとしたようだった。

衣装を試着させてみたかったが、実はこの衣装、胸のところが大きく開きすぎているのだ。

こうして見てるだけならそんなにわからないけど、試着したらいっぱつ。

愛美が、こんな衣装を着るのは嫌だとごねるのは間違いなし。
まあ、ごねても着てもらうしかないのだから、本番まで知られないようにしておくのが一番。

百代は、おさげに編まれた愛美の髪を垂らし、水色のでっかいリボンを頭のてっぺんに付けた。そして、断ることなくさっと眼鏡を外した。

愛美は思わずというように両手を上げて、外された眼鏡を追ってきたが、すぐに諦めてくれた。

百代は、前に回り、愛美の全身を眺めまわした。

最高に似合っている。

愛美の持って生まれた上品さが、衣装のデザインと相まって、本物の高貴なお姫様のようだ。

似合うんだよねぇ。

パーティの日の愛美も綺麗だったけど…

考え抜いたポーズを伝授していたところで、愛美の携帯に電話がかかってきた。

思ったとおり、愛美の王子様の不破優誠からだ。

いったん練習は中断したが、電話が終わると、すぐに練習を再開した。

「愛美、もうちょっとこう、色っぽくなんないかね」

「もう精一杯なんだけど……」

ポーズのレッスンだけに意識を向けていた百代は、愛美のその声に、不穏な響きがあるのに気づかなかった。

「だからさ、こう、腰をきゅっと曲げてさ、このあたりのくびれを強調して……」

「もう、精一杯なんだけど……」

愛美らしからぬ反逆を込めた言葉に、百代は眉をあげた。

同じ言葉を二度繰り返したあたりでも、愛美がいかに我慢の限界に近づいているか知れようというもの。

普段怒らない者の怒りは、食らわないほうが身のため。

「そろそろ、帰るとするわ」

そそくさと荷物をまとめながら言い、百代は即座に玄関に向かった。

レッスンが終わるとほっとしたんだろう。愛美は何も言わずに、見送ってくれる。

靴を履いた百代は、疲れを帯びている愛美を見つめ、口を開いた。

「当日まで後三日だからね。愛美、それまでにポーズをマスターしとくんだよ」

愛美がきゅっと顔をしかめる。

百代は、気乗りしないモデルににやりと笑い返し、愛美の家をあとにしたのだった。





   
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