《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第37話 真剣勝負



「それじゃ、ごきげんよう」

鼻をつんと逸らして、帰りの挨拶を口にした蘭子は、優雅な身のこなしで背を向け、廊下を歩み去ってゆく。

その後姿を見つめ、百代は苦々しさに、口をむにょむにょとうごめかした。

「駄目…だね」

百代は自分の隣に立ち、そんな台詞を吐きながら、蘭子を見送っている愛美に顔を向けた。

この子ときたら、胸の中に湧いているこの苦々しさに、さらにスパイスを足してくるとは。

「事態は悪くないよ。あの態度は、企てが強烈に効いてる証拠だかんね」

負けん気を出して、百代は力強く言ってやった。

ここで愛美と一緒に肩を落としては、状況は悪いほうへ進む。

「だって…蘭ちゃんも仲間に引き込むはずだったのに…」

「まあね」

どうやら、効き目がありすぎたというか…やりすぎてしまったらしい。

蘭子は、愛美と櫻井が完全に両思いだと思い込んでしまっている。

やりすぎくらいやってやったほうが、櫻井への思いを、蘭子は自分に否定できなくなると思ったんだが…

まあ、実際、その点については、作戦は成功してるのだ。

だからこそ、蘭子はどんなに強固に仲間に引きずり込もうとしても、拒んでくるのだ。

この拒みが、櫻井への思慕を知られてしまう結果になるとわかっていても、蘭子は、櫻井と愛美が一緒にいるところを見ていられないのだから。

正直、いまの蘭子を見てると、可哀想で、真実を告げてほっとさせてやりたくてならない。

だが、ここはぐっと我慢だ。一番いいタイミングは、まだこれからやってくる。

胸が疼いてならないけど、いまはその時を待とう。





「準備のほう、本当に大丈夫なんだな? 明日もう本番だぞ」

気難しい顔で櫻井が問い詰めるように聞いてくる。

最終の打ち合わせで、愛美とふたり、報道部の部室にいる。

部室にいるのは、三人だけだ。
報道部の他のメンバーは、明日の準備に大わらわでこの場にはいない。

櫻井も、百代たちとの打ち合わせが終わったら、撮影会場の準備に行くはずだ。

「ちゃんとわかってるよ。準備はオッケーだって」

化粧品の代金も、半額払ってくれるというし、もうこちらから話すことは話し終えた。

「さーて、愛美、帰ろっか?」

「う、うん」

愛美はたちあがったものの、ずいぶんと覇気のない返事をする。

まあ、それも仕方がない。蘭子のことも気にしてるんだし、明日のことも気になってならないのだろうから。

ふたりが立ち上がったところで、向かい側に座っている櫻井がため息をついた。

不安そうな顔で、眉間を寄せている。

「櫻井、どったのよ? まだ心配なの?」

「だってよ。お前、全部自分ひとりで準備しちまって…経過報告もなかなかしてくれないし…」

蘭子がいたなら、もっと櫻井を準備に引き込んだんだけど…蘭子が不参加なままじゃ、その必要もないんだもんなぁ。

「まあ、明日を楽しみにしてなさいって」

百代は、愛美と違って明日の撮影会が楽しみで堪らない。

愛美をどれだけクリスティーに似せられるだろうか? それは百代の腕次第だ。

「わかったけど…なあ、衣装もちゃんと合わせたんだろうな?」

その櫻井の言葉に、愛美が百代に視線を向けてきた。その視線を受けて、百代はにっと笑う。

衣装に関しては、さすがにちょっと不安がないでもなかったりする。

愛美のこの大きな胸が、あの衣装にきっちりと納まるのか?

むむむ…

「な、なに? 百ちゃん」

自分の胸を友達に凝視され、愛美は焦ったように両手で胸を隠す。

なんでか、櫻井が真っ赤になってるし…

櫻井は百代の視線を食らい、真っ赤になっている顔を気まずそうにそらした。

こいつも一般男子なんだねぇ。
大きくて美味しそうな胸には弱いらしい。

こりゃあ、明日は、櫻井大変かも。むっふっふ。

「なあ、ほんとうに早瀬川だって、わからないように化粧できるのか?」

モデルの名前は公表されるのだが、愛美だけは本名を公にせず、伏せることを条件に入れた。だから、愛美とわからぬように、別人に仕立て上げる必要があるのだ。

「細かい心配ばっかりしないの。クリスティーに関しては、このわたしに任せときなさいって」

蘭子と櫻井をくっつけることが一番の目的だが、やる以上は愛美をトップモデルにする。

本番の明日、なんとしてでも、愛美を本物のクリスティーに仕上げてやるのだ。


校門前で愛美と別れ、バス停に行くと、馴染みの顔がいた。

「慶介」

先に百代に気づいていた慶介は、無言で頷く。

「明日だな」

横に並ぶと、景色に目を向けながら慶介が言った。

「うん。準備は万端だよ。そういえば…慶介は何すんの?」

「俺は占い」

なんとも、占いとは…慶介にぴったりかも。

学園祭の花形イベントと言えるコスプレ撮影会担当になったから、クラスの出し物には、今回まったく参加していない。

「どんな占い? ねぇ、衣装とかも着たりする? 頭からマントかぶったりとかさ」
「へんな期待すんな。もちろん制服のままだ」

「なんだ。占い師らしい衣装着たほうが、雰囲気でるのに。で、慶介ひとりで占いするの?」

「まさか、もちろん、ほかにもいるさ」

「えーっ! ほかのみんなも、占いなんてもんできるの?」

「いいんだ。遊びなんだから。学園祭の即席占い師に、そこまでもとめやしない」

「でも、慶介の占いならあたるじゃん」

「あてない」

身も蓋もない言葉に、百代は吹き出した。

「しかし興味あるねぇ。ねぇ、明日お客で行くからさ、蘭子と櫻井の今後とか、占ってよぉ」

「あのふたりは意味ないな」

「どうして? うまくゆくから?」

「いや…未来が複雑すぎる」

「そっか…」

「だが、いい方向に向いているんじゃないか? お前らの頑張りで」

「そ、そう?」

慶介にそう言われると、すでに自分でもそう感じていたとしても、ほっとできる。

「明日…」

「え、明日が何?」

珍しく眉間を寄せ、難しい顔をしている慶介を見て、百代はちょっと気が張り詰めた。

「慶介?」

「うん、まあ…大丈夫そうだな…」

「いったい何を感じたっての?」

「何か…事が起こるみたいだな」

「ええっ、何が?」

はっきりした答えなどもらえないとわかっていながら、思わず聞いてしまう。

慶介は、肩をすくめた。

「俺、明日は必要そうな頃、お前らの近くにいるとするわ」

悟り坊主の慶介が、感じたことを言葉にするってのは、百代がそれと知っていた方がいいと判断したからだ。

「そうしてくれたら安心。慶介、ありがと」

慶介は百代の頭を、ぽんぽんと叩いてきた。

バスがやってくる音が聞こえ、百代は道の向こうに顔を向けた。

ありょ?

バスの前を走ってくる車…

フロントガラス越しに、百代は運転している三次と目を合わせた。

三次の視線は、一瞬慶介に向き、そして車は走り去っていった。

「蔵元三次…だったな」

慶介ときたら、動体視力ありすぎだ。

それに、名前まで知っているとは…

なんか面白くないってか、微妙に気恥ずかしいのはなんでだ?

バスに乗り込みながら、百代はふてくされた。

後方に空いている席を見つけ、慶介と並んで座る。

「慶介、蔵元さんのこと、知ってるんだ」

「自分が通っている学校の、経営者の跡取りだしな。それに…」

「あー、いいよいいよ」

百代は手を振って、慶介の言葉を制止した。

それに…のあとは、聞かずともわかる。

百代が三次と知り合いなのも、こいつはすでに御見通しなのだ。それでなければ、車で通り過ぎただけのひとの名前をわざわざ口にしたりしない。

「あんたさ、知らないことないの?」

「ある。知らないことの方が多い」

「ほんとにもおっ。どうしてあんたは、そうなのよ」

「こういう性格だから。それより…」

「な、何が言いたいのよ?」

「いい男だ。味もある」

「そう」

「そう」

同じ言葉を繰り返したふたりだが、百代の「そう」には焦りがあり、慶介の「そう」は笑いがあった。そのことが面白くない。

百代は、窓の外の流れゆく景色を眺めている慶介を横目で睨みつけた。





「おおっ。いいよ、いいよ、愛美ぃ。あんた最高だよ」

ついに学園祭当日。そしてコスプレ撮影会開始まで、あとちょっとだ。

クリスティーの衣装は愛美にぴったりこんだった。

胸ははち切れそうなほどだが、これでこそ、クリスティーなのだ。

愛美はそう思っていないようだけど…

自分の胸の谷間に視線を向け愛美は、百代の声も耳に入っていないのか、声を失っている。

はやり、ショックが強すぎたか…

「ま、な、み?」

百代は、愛美に軽い感じで呼びかけた。

愛美が不意に顔を上げてきて、その哀しげな顔に、ちょっと気まずさが湧く。

「なんか……何もかもが滅茶苦茶な気がしてならないんだけど……」

この衣装のこと、これからモデルをやらなければならないこと、そして蘭子と櫻井のこと、全部をひっくるめて言ってるんだろう。

「これで大丈夫だって。ほら、絡んでぐっちゃぐっちゃになった後で、事は丸く収まるって、相場が決まっておるのだよ」

空元気を出し、百代は明るく宣言した。

張り切らなきゃ、テンションが落ちる。

悪いことばかり考えてちゃ、悪い事態を引き寄せやすくなる。

慶介によると、なにやら…起こるようだし…いまは、そのことが一番気になる。

「もう、愛美ってば、なんて顔してんの」

考え込んだ様子で、暗い顔をしている愛美に目を向け、百代は言った。

「これ以上ないほど似合ってるって。こいつは、人気ゲームの僧侶のコスチュームなんだよ」

「僧侶?」

異議を唱えるように愛美が言う。

「百ちゃん、胸のところがこんなに開いてるのわかってて、わたしにわざと隠してたんでしょう?」

おっ! さすがに気づくか…

「そりゃあそうするしかないじゃん。愛美が嫌がるのわかってて、わざわざ教えたりしないよ」

「百ちゃん……」

哀しそうな呼びかけに、ちょいと良心が痛む。

「愛美の衣装はおとなしいもんだよ。ほら、周りの子の着てるもの見てごらんて」

百代の示す方向に視線を転じた愛美の瞳が、怒りに燃えた。

「あんなだったら、絶対着ないわ」

呟くように言った愛美の声は、かなり不穏な響きがあり、潜めた声だったのに百代はちびりそうになった。

「愛美の許容範囲はわかってるって」

ちびりそうになったなんて悟られぬように、わざとあっけらかんと言う。

百代は、残り時間を確認し、急いで愛美のメイクを始めた。

衣装は完璧。あとはメイクでいかにクリスティーに似せるかだ。

このコスプレ撮影会、モデルの部コンテストは、どれだけ本物に似ているかで勝負が決まるのだから。

メイク道具を手にした百代は、この最近で、一番真剣になったのだった。





   
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