《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第39話 そんな場合じゃないのだが



他のモデルたちに続き、ふたりもドアへと進んだ。

カラフルな衣装が列をなし、なんとも壮観だ。眺めてるだけでウキウキする。

「もう逃げだせないよね」

ドアを出ながら振り返ってきた愛美は、半泣きの顔だ。

「もちだよ。あ……」

そうだ。慶介は……?

百代は慶介の姿を探して素早く視線を回した。そのとき、嫌な視線を感じ取った。

眉間の辺りがチリチリして不快でならない。

「ど、どうしたの?」

「うん。わかんないけど……」

これは放っておいてよいものじゃない。

百代は目を瞑り、意識を集中させた。

嫌な気には、悪意がある。

その悪意が誰に向けられたものか知りたい。

百代か、愛美か……

「百ちゃん、行かないといけないみたいよ」

愛美から肩を揺すられ、集中が途切れて百代は苛立った。

「ちょっと待って」

百代は片手を少し上げて愛美を制止した。

「で、でも」

ふいに、嫌な感じが消えた。それと同時に櫻井が駆け寄ってきた。

百代はさっと周りに視線を飛ばした。

嫌な感じは消えたが、さきほど感じた悪意そのものはもちろん消えたわけじゃない。

結局、誰に向けられた悪意だったのか見極められなかったせいで、ひどく気になる。

口惜しい気分でいた百代のところに、慶介が歩み寄ってきた。

「慶介」

「うん」

「あんたも感じた?」

「まあな」

「誰?」

悪意を気にしている間に、愛美を含めたモデルたち全員会場に入ってしまったらしい。あたりにはもう、まばらにしかひとがいない。

「慶介。わかってるなら早く教えて。わたし、愛美のところに行かなきゃ」

「うん。行ったほうがいい」

背を押すようにして言う。

百代は眉をひそめて、慶介を見つめた。それって……

「愛美?」

「気にするな」

あっさりと言う慶介に、百代は苛立ち、その場で足踏みした。

「何か起こるかもしれないって感じてるんでしょ? でも、なんで愛美が……」

「気にするなって言ってる。騒ぐな。事態を悪くしたくないだろ?」

「どこまでわかってるの?」

「わかっちゃいない。目を配っとくって言ったぞ。俺にできることをする。だからほら、お前は早く早瀬川のところに行けって」

百代は、慶介に恨めしげな視線を飛ばし、急いで会場に向かった。

走りながら、百代は自分を落ち着かせた。

イライラしたせいで、思わず慶介に食ってかかってしまったが、頭が冷えて、慶介に申し訳なくなった。

約束どおり、慶介はちゃんと来てくれたのに……

それにしても、いったいなんだったのだ?

慶介は言葉にした以上のものを絶対に察知してる。けど、察したものを言葉にしたがらない。

そのわけは、ちゃんとわかっているんだけど……

話を聞いたら、それが愛美に害を及ぼすとわかったら、百代は愛美を守ろうとして動くだろう。

けど、そうすると、いったん良くないことを回避出来たかに見えて、もっと悪い事態を招くものなのだ。

それがわかっていても、百代は、あの悟り坊主のようには、冷静に物事をみられない。

会場に足を踏み入れた百代は、クリスティーのためにセットを組んだ舞台へと、まっすぐに駆けて行った。

会場では、マイクを持った櫻井が、注意事項を説明している。

おっ、いたいた。

クリスティーの頭のてっぺんについているリボンを、男子学生の中に発見してほっとする。

何かが愛美に起ころうとしているらしきいま、彼女から目を離すべきじゃない。

クリスティーを守る従者である百代が留守にしていたため、クリスティーを前に男子学生たちは、いささか暴走気味のようだった。

「ねえ、君、名前は?」

「追い出されるぞ、お前。そういうプライベートは聞いちゃいけないんだぞ」

その会話を耳に入れた百代は、首に下げている笛を口に入れ、鋭く吹いた。

ピピーッという大きな笛の音に、クリスティーを囲っていた全員が、ぎょっとして振り返ってきた。

百代は、愛美に絡んでいた男子学生の前に立ち、右手を振り上げた。

「五十二番退場!」

百代が叫んだ途端、大きな足音とともに、たくましい男子学生たちが凄みのある顔つきで駆け寄ってきた。

五十二番の札を付けた男子学生以外のやつらは、さっと離れる。

人だかりの中にできた空間の中央に残される形になった五十二番は、あっという間に彼らに抱きかかえられ、足を浮かした。そして、無様に両足をバタバタと動かす。

「え? えーっ、う、うそだろ。……これからなのにぃ~」

その悲鳴のような哀しさと後悔のこもった叫びとともに、五十二番は連れて行かれた。

やれやれ、留守にしてたばっかりに。

けど、しょっぱなのこの騒ぎを見せられたやつらは、もうクリスティーに対して不埒なことはしないだろう。

「ごめん。側に付いてなくちゃならなかったのに」

百代は申し訳ない気分で、頭を下げた。愛美は安堵の笑みを浮かべる。

「ほっとしたわ」

愛美の言葉に頷き、百代はふたりを取り囲んでいる男子生徒たちに向いた。

「それじゃ、クリスティー移動します。道を開けてちょうだい」

彼らは小気味よいほどさーっと身を引く。

ふたりの前には、あっという間に、舞台までの道ができた。

まるで魔法を使って道を作ったみたい。

百代はクリスティーを促し、いい気分で男子生徒たちの間を進んで行ったのだった。





   
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