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ナチュラルキス
natural kiss

番外編 千里視点
(「ナチュラルキス3」出版記念企画にて、再掲載)



その1 悔いを込めたため息



「あんたさぁ、広澤君に言ったのって、嘘だよね?」

昼休み、いつものごとく机をふたつ合わせて友ふたりと向かい合い、さあおにぎりにパクつこうとしていた千里は、詩織の言葉に手を止めた。

詩織の発言にぎょっとしている沙帆子を見つめ、千里は詩織に顔を向けた。

「いったい、なんのことよ? 詩織」

彼女はそう尋ねてから、おにぎりを口に頬張った。

中身は梅干だ。この古風なすっぱさがなんともいい。

「広澤君に聞いたの」

千里は口をもぐもぐさせながら、詩織の言葉の先を促すように頷いた。

「沙帆子がね、チョコ渡して告白した相手と、いま付き合ってるって言ったって」

一瞬、おにぎりを噴き出しそうになった。

沙帆子が、千里の知らぬ間に、男に告白して付き合いはじめた?

考えるだけでアホらしいってか、馬鹿馬鹿しい話だ。

「はあぁ〜。そんなことあるわけないよぉ。でしょ沙帆子?」

千里の言葉に、沙帆子は顔を引きつらせた。

この反応…嘘に決まっている。

引っ込み思案の沙帆子が、男にチョコを渡すなんてありえない。

いや、それ以前に、広澤以外の、好きな男なんてどこにいるというのだ?

広澤ならばわからないでもない。

沙帆子には、詩織とともに生徒会の手伝いを頻繁にやってもらってきた。

というのも、広澤が沙帆子に好意を持っているようだと大樹から聞き、ならば、ふたりをくっつけてやろうかという話になって…

広澤はルックスも性格もよく、学年一と言っていいくらい、女生徒に人気がある。

だからって女遊びするような奴じゃないし、誠実な彼ならば沙帆子の彼氏として及第点。

太鼓判を押せる男だってことで、ふたりをくっつける作戦を遂行していたわけで…

会話しているふたりの様子は、傍から見てもいい感じだったのだ。

沙帆子も広澤を悪く思っていない。そう感じたからこそ、広澤の頼みを引き受けて、沙帆子にチョコを渡せと勧めたのに…

「そ、それは…その」

沙帆子は顔を伏せたままもごもごと答えた。

千里は肩を落とした。

たぶん、男と付き合うってことを現実として考えた沙帆子は…怖気づいたのだろう。

心配になるほど、純な子なのだ。

広澤とのことは、もう少し時間を置いたほうがいいのかもしれない。

「行き当たりばったりの苦しい口実だろうと思ったんだけどさ、ここ最近、沙帆子おかしいじゃん」

詩織の言葉に、千里は思わず「ああ」と納得して答えていた。

確かにこの最近、沙帆子はこれまでにない、おかしな行動をとる。

「でしょ? 昼休みの半分、どこかに消えてくんだもん。その付き合い始めたって相手と、もしかしたら会ってるのかなって」

そのとおりだ。どこに行くのか言わずにすっ飛んでいく。

戻ってきた沙帆子に、いったいどこに行っていたのかと、しつこく聞いても吐かないし…かなり気にはなっているところだ。

けど、この沙帆子が男と付き合い始め、その相手と会っている?

いや…まるで、ピンと来ない。

千里は詩織に顔を向けた。

「でもさ、詩織、あんた沙帆子が誰と付き合ってるっていうのよ?」

「わかんないわよ。だからいま、沙帆子に確かめてんの」

そうだ。当人である沙帆子に聞けばいいのだ。

千里は沙帆子に顔を向けた。

弱りきった顔をした沙帆子は、千里と詩織の視線を逃れようと頑張っている。

どうやら、何かあるってのは確かなようだ。

それは、千里にも詩織にも話せないようなことで…

まさか、本当に、男と付き合っているというのか?

そのとき、ポケットに入れた携帯が鳴り出し、千里は取り出して開いてみた。

メールの送信者は大樹だった。

(面白い画像が手に入ったから送る)

「あい?」

「なに、生徒会長からのラブメール?」

詩織の言葉を千里は笑い飛ばした。

「まさか、そんな甘いものくれるやつじゃないわ。なんか知らないけど、面白い画像が手に入ったって」

「なんなのよぉ。見せて」

首を伸ばして画面を覗き込んでくる詩織に身体を押されながら、千里は画像を開いた。

一瞬、驚きに固まった。

どこかのレストランらしい場所に、座っているのは…

「さ…」

「詩織」

千里は、画面に映っている人物の名を口にしようとした詩織を、即刻止めた。

「その名前、声に出しちゃ駄目。周りの女子の注意引いたら、うざいよ」

潜めた声でたしなめるように千里は詩織に言った。

この携帯画像、すでにどの程度広まっているかわからないが…

いったい誰が撮ったのだろうか?

佐原と、偶然同じレストランに居合わせた者であるのは間違いないが…

生徒か、佐原を知る親。

「そ、そっか」

千里の注意をもらった詩織は、何度も頷きながら、こそこそと周りに視線を配った。

その姿に千里は、吹き出しそうになった。

不審すぎる。

「これってやっぱ…恋人?」

携帯画面を指差しながら詩織が聞いてきた。

千里は、佐原の真向かいに座っている、画面の中の背中しか見えない女性を見つめた。

あの、そんじょそこらにはいないほど、超ド級イケメン教師、佐原の恋人なのだ。

後ろ姿をみただけで、大人びた艶っぽい女性だとわかる。

こちらに振り返ったら、これはもう間違いなく、相当の美女だろう。

それにしても、佐原に恋人がいたとは…

学校中を震撼させるだろう、大スクープ!

なんだか知らないが、テンションが勝手にあがってゆく。

「もちろんそうなんじゃないの。休日、レストランでふたりきりのランチだっていうんだもん」

ついつい声のボリュームが上がりそうになり、千里は努めて声を押さえつつ詩織に言った。

「あちゃー、これが知られたら大騒ぎだね」

「うん」

大騒ぎはもう間違いない。

「このクラスにも、彼の熱狂的崇拝者は多いから」

「あの? いったいどうしたの?」

きょぼきょぼして千里と詩織のやりとりを見ていた沙帆子が、戸惑いながら聞いてきた。

「あんたも見る? ほら」

詩織が千里の手から携帯を取り上げて沙帆子に差し出した。

沙帆子が見たのを確認した詩織は、すぐに携帯を返してきた。

千里は、画面の中をつぶさに調べた。

彼女の知っている店ではないようだ。

それにしても、やはり佐原は、モデルなぞよりカッコイイ。

どうしてモデルや俳優などにならず、こんな一介の化学教師などしているのかと言いたくなる。

よほど儲かるだろうに…

もちろん、面白がってそう考えているだけのことで、佐原の授業は千里も大好きだ。

教師の才があるひとだし、モデルや俳優に転職などして、学校を辞めてほしくない。

千里は、背中しかみられない佐原の恋人だろう女性をじっと見つめた。

「小柄そうだけど、雰囲気からすると二十二くらいかな。あのひとの恋人なんだから、間違いなく、かなりの美女だろうね」

「うんうん、さぞかし艶かしい雰囲気のひとなんだろうな」

「そりゃあそうだ。そうでなきゃ、みんなが納得しないよ」

千里は、佐原の崇拝者たちを眺め回しながら、ついついくすくす笑った。

恋が実らない彼女たちが可哀想ではあるが、それも当然のこと、仕方の無いことなのだ。

「ショック受けて倒れるやつ多いんじゃないの」

そう口にしながら詩織と沙帆子に目を向けた千里は、眉を寄せた。

目の前の沙帆子の様子が、明らかに変だ。

「沙帆子…あんたどうしたのよ? 顔色悪いよ」

「そ、そう?」

返事にも表情にも、沙帆子は動揺をはっきりと浮かべている。

いったい…?

「わ、わ、わた…し」

沙帆子の動揺はさらに増したように見えた。

「その、あの…」

千里は、ぐっと顔をしかめた。

沙帆子を動揺させたのは、佐原の画像?

「あんた、まさか?」

考えたなくない結論に至り、千里は疑いをこめて沙帆子に言った。

「ま、まさか、そ、そ、そんなことないっ」

その慌てっぷりに、確信が強まってゆく。

「まさか、好きなひとって…」

あのイケメン教師、佐原?

「えーっ、あ、ああ! そ、そうだったんだ…」

話が見えずに首を捻っていた詩織も、ようやく気づいたらしい。

千里は、暗い気分になった。

佐原だなんて…これはもう絶対に無理だ。

しかも、恋人が発覚した今、その事実がわかるなんて…

一縷の望みをかけて、なんとか沙帆子の恋が実るよう援助するなんてこともできやしない。

「沙帆子…」

千里は何と言って言いかわからず、とりあえず沙帆子に呼びかけた。

「気を落とさないで…って、慰めにならないか」

詩織の言うとおりだ。正直、千里ですらこの事実に気を落としているのだ。沙帆子のショックは計り知れないだろう。

「可哀相だけど、相手が悪すぎだよ。とてもじゃないけど無理だったんだって…」

千里は沙帆子の心の慰めとなる言葉を摸索しながら言ったが、こんな言葉じゃ、ちっとも慰めになどならないだろう。

沙帆子は、困ったようにふたりを見つめかえし、「あの?」と言った。

いまさら否定しようというのだろうか?

だが、もう遅い。

「高校生は高校生同士。広澤君が、あんたにはお似合いだって」

千里は、詩織の言葉に眉をしかめた。

そんな言葉は、沙帆子の気持ちをかえって逆撫でするようなものだろう。

案の定、沙帆子は暗い顔で口を開いた。

「詩織、広澤君のことはもう…そっとしといてくれる?」

千里は詩織をいさめるように見つめ、微かに首を横に振ってみせた。

詩織は慌てたように、千里に向けて数回小さく頷いた。

「そ、そだね。傷心の沙帆子に、言うべきこっちゃなかったよ。ごめん」

気まずそうに詩織は沙帆子に謝る。

場が静まり返った。

いたたまれない気分で、何か言う言葉がないか必死に探していると、沙帆子はお弁当のふたを閉めて包みはじめた。

その様子はひどく痛々しかった。

もう食欲などないのだろう。

それは千里も同じだ。

胸がひりついて、哀しくて、喚きたい気分だった。

暗い気分で沙帆子の様子を見つめていると、ウーロン茶と弁当を手に掴み、沙帆子が急に立ち上がった。

「さ、沙帆子」

千里は驚いて声をかけた。

この場にいたたまれないのはわかるが…

「ど、どこ行くの?」

「ちょっと…」

沙帆子は小さな声でそれだけ言い、教室から出て行った。

「ねっ、千里ぉ〜、沙帆子のこと、追いかけようよぉ」

焦ったような詩織の言葉に腰を浮かしかけた千里だが、考え直してやめた。

「ここにいたくないのは、ひとりきりになりたいからだよ。追いかけて行っても、辛い気持ちは簡単に癒されるわけないし…かえって追いつめる気がする。時間になれば帰ってくると思うし…」

「そ、そうかなぁ」

詩織はひどく気掛かりそうに、沙帆子の消えたドアを見つめている。

「なんで…」

唇が震え、千里は唇を噛み締めた。

なんで佐原なのだ!

その名を声に出すわけにいかず、千里は心の中で叫んだ。

イラつくほど、もどかしかった。

恋をしてしまったものは、仕方のないことだろう。

それにしても、私ときたら、沙帆子の身近にいて、まったく気づかなかったとは…

自分の落度のような気がしてならず、千里は盛大に悔いを込めたため息をついた。






以前掲載していました千里視点、出版社さんからご承諾いただき、記念企画として再掲載させていただきました。
今回掲載したのは1話だけですが、まだ続きます。
楽しんでいただけたら嬉しいです♪
fuu

   
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