《シンデレラになれなくて》

 新婚編 七夕番外編
その2 はじまりはじまり


「それでは、まな」

「はい。優誠さん、お仕事頑張ってくださいね」

優誠の車で大学まで送ってもらったところだ。
去って行く優誠の車を、愛美の隣に立った百代も一緒に見送ってくれている。

バス通学を好む百代は、誘ってみても断られるのだが、今日に限っては自分の方から『乗せてって』と頼んできた。

これは昨日お願いした、優誠の誕生日のサプライズについて、どんなアイデアを思いついたのか、話してくれるつもりなのに違いない。

「それで、百ちゃん。どんなサプライズを思いついてくれたの?」

「うーん、それでさぁ。まず了解を取っときたいんだけど」

「了解?」

「うん。わたしの思いついたサプライズ、実はもう進行中で、いまさらキャンセルできないんだけど……いいよね?」

「い、いいよねって……」

不安が頭をもたげる。

そんな風に聞かれたら、とんでもないことを考えついたと言わんばかりだけど……

「それって、わたしがキャンセルしたいって言い出しかねないようなことだったりするわけ?」

「どうだろうねぇ」

百代は楽しそうに笑っている。

何を考えついたのか、不安ではあるけど……
やっぱり、優誠さんの誕生日のお祝いなんだもの。なにか心に残ることをやりたい。ならばもう、百ちゃんを信じて突き進むしかないわよね。

「百ちゃん、わたし、何があろとうついていくから」

「おやおやっ。愛美にしては潔いじゃん」

「優誠さんに喜んでもらいたいもの。喜んでもらえるようなことなのよね?」

「それはもうバッチリだよ」

はっきりと請け合ってもらえ、それだけで愛美の不安は消え去った。

「実はさ、これには愛美の協力と、不破さんの協力がないとならないんだ」

「はい? 優誠さんもなの?」

「うん」

「で、でも、サプライズなら、優誠さんは知らないほうがいいんじゃないの?」

「もちろん最初は知らないわ。けど、知ってから、参加してもらうってことなわけよ」

「そうなの? それで、どんなことをやるの?」

「では、発表しまーす!」

その後、百代の口から語られたサプライズの内容に、愛美は、かなり後悔を覚えたのであった。


さらに、このサプライズのために、数人の人物が否応なく駆り出されることとなるのである。




さて、月日は巡り、優誠の誕生日当日となった。


そろそろ夕方になろうという時刻、優誠は片付かない仕事に困り果て、眉を寄せていた。

今日は、自分の誕生日だ。
妻の愛美は、優誠のために今頃お祝いの準備をしてくれているはず。

なるべく早めに帰りたいのだが……
色々とトラブルなどあり、今日終えておく必要のある仕事がまだ片付いていない。

参ったな。
この調子では、家に帰り着くのは九時をすぎてしまうかもしれない。

愛美に遅くなりそうだと早目に連絡すべきか?

だが、がっかりした声を聞くことになるのが、辛い。

思わずため息を落としたら、保志宮がやってきた。

「不破」

「なんだ? 何か問題でもあったか?」

つい、険しい顔をしてしまう。
今日は、これ以上のトラブルは勘弁してほしい。

「いや、そういうことじゃない。お前、今日の仕事、あとどのくらい残ってるんだ?」

「三時間くらいかかりそうだが……何か急ぎの仕事でも入ったのか?」

「いや……お前に提案がある」

「提案?」

「正しくは櫻井君からの提案だ」

櫻井?

優誠は同じオフィスにいる櫻井に視線を向けた。

その櫻井は、少し緊張の面持ちで自分の机のところで立ち上がっていた。

「櫻井君、提案とは何かな?」

「は、はい」

櫻井は固い返事をし、優誠のところまで走ってきた。

そして姿勢を正すが、緊張から力んでいるようだ。

なんだろうな?

「ほら、櫻井君、頑張れ! 不破なんかにビビってんじゃないぞ」

保志宮が櫻井をからかう。

櫻井がここでアルバイトしてくれるようになって、四カ月ほど……彼は保志宮の部下といいう立ち位置なので、優誠と直接かかわることがあまりない。

そのせいか、いつまで経っても、優誠に対して緊張が取れないらしい。

優誠の部下は、優誠の弟である知樹なのだが、今日は本社のほうにいっているので、いまここにはいないのだ。

父との取り決めで、優誠と知樹は、それぞれ一週間に一度ずつ、本社の仕事に携わることになっているのだ。

そして、最後のひとりが蔵元三次。
彼も大学生なので、いまのところバイト扱いだ。

夏休みになったら、もう三名、アルバイトが増える予定だ。
愛美と、彼女の友人の桂崎と立川。

三次は自分の付き合っている相手である、桂崎がバイトに入るのを、あまり好ましくは思っていないようだ。

桂崎はいささか特殊な人物なので、彼女がやってくるとオフィスの雰囲気は一変しそうだ。

だが、それも夏休みだけ。
桂崎はずっと働きたいようなのだが、まずは試用期間を設けることになったのだ。

仕事を立ち上げて、波に乗ってはきたが、まだまだこれからだ。

社員は少ないが、いまいる全員がとんでもなく有能なので、仕事はスムーズにいっている。

そんなわけで、従業員を増やすのは、一年経ってからにしようと保志宮と話している。

「で、では……その……始めさせていただきます」

櫻井が急にそんなことを言い出し、優誠は面食らった。

「櫻井君、君、いったい何を始める気だ?」

「は、はい。え、えーっと」

「櫻井君、頑張れ!」

櫻井の隣りで、保志宮は楽しそうに櫻井を激励する。

何をやっているんだ、保志宮は?

眉を寄せて保志宮を見ていると、突然ガシッと腕を掴まれた。
掴んできたのは驚いたことに櫻井だ。

「櫻井君?」

「大変なのです!」

櫻井が大声で叫んだ。

「は?」

「ひ、彦星殿!」

「……なんだって?」

唐突におかしなことを言い出した櫻井に、優誠は思わず険しい目を向けてしまう。

そんな優誠の顔を見て、櫻井はそうとう怯んだ様だった。

「櫻井君、引き受けてしまった以上は頑張りなさい」

そう声をかけたのは、それまで関心を向けてきていなかった三次だ。

「蔵元さん。でも、俺、引き受けたくて引き受けたわけじゃ」

「そうであっても、引き受けたのであれば、やるしかないでしょう? 男を見せなさいっ!」

三次からガツンと言われ、櫻井は半泣きだが、そんなふたりのやりとりを、保志宮はとんでもなく楽しんでいるようだ。

「保志宮、これはどういうことなんだ?」

楽しそうな保志宮にイラっとし、八つ当たり気味に聞く。

「まあまあ、不破。そう怖い顔をするな。これは君の……いや、とにかく櫻井君、どんどん先に進めた方がいい。不破も徐々に理解する」

徐々に理解だ?

「す、すみません。と、とにかく俺は頼まれた立場で……」

「頼まれたって、誰に?」

「そ、それは言えないんです」

「はあ? 悪いが、櫻井君。私は君と遊んでいる暇はないんだ。仕事もまだまだ残っているし、今日は早く帰りたい用事もある」

「それはわかってます」

「わかっているなら……」

そう言っているところで、優誠の肩に保志宮はぽんと手を置く。

「なんだ?」

「仕事は俺が引き受けてやる。だからお前は櫻井君の言うなりになってやれ」

「はあ? 言うなりになれ?」

「まあ、なんというか……櫻井君は、お前の……というか、彦星の配下なわけだ」

「お前の言っていることは、まるで理解できないのだが……」

「それでだ。いま、お前の大事な織姫が攫われて大変なことになっている。だったね、櫻井君?」

「は、はい。そうです。保志宮さん、ありがとうございます」

「ちょっと待て!」

優誠は櫻井と保志宮の間に割り込んだ。

「私の大事な織姫というのは、まさか、まなのことか?」

「そのまさかだ」

「これは、いったいどういうことになっているんだ?」

保志宮にずいっと歩み寄ったら、保志宮は優誠の肩を力づけるように叩いてきた。

「すでにお前の身に降りかかったこの事態からは、逃れようがない。素直に櫻井君についていったほうがいい」

ようやく、話が見えた。

彦星だの織姫だの……今日は七夕で優誠の誕生日だ。

まず間違いなく、桂崎が絡んでいるに違いない。そしてたぶん愛美も……

優誠は、櫻井に面と向かった。

「櫻井君」

「は、はいっ!」

「織姫を救いに行かねばならぬのだろう? もたもたせずにさっさと行くぞ。私の車でいいのか?」

「は、はい。よろしくお願いします」

「それじゃ、保志宮、すまないが後を頼んだ」

「仕方がないから、頼まれてやるよ。櫻井君、約束の報酬、忘れないでくれよ」

「も、も、も、もちろんで〜す」

なぜか櫻井は、声を上ずらせて答える。

「保志宮、報酬とはなんだ?」

「言うわけないだろ。ほら、さっさと行けよ」

保志宮はすでに仕事の体勢に入っている。それは三次も同じだ。

優誠は櫻井を引きつれてオフィスを後にしたのだった。





つづく




ぷちあとがき

す、すみません。七夕番外編、まだ終われませんでした。

明後日から実家に帰らねばなりませんので、その前に完結させられそうもありません。

実家から戻ってから完結させますので、もう少し待っててくださいね。

読んでくださってありがとう(^o^)丿

fuu(2015/7/9)

   
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