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第十話 はっきりした目的
「どうでしょうか? 占い師様、おっしゃっていたのはこの方のことですか?」
ユウセイを前に押し出し、サンジは占い師とやらに聞く。
ここにくるまで扱いは丁重だったが……なんとなく気分が悪い。
「お前の剣を見せよ」
女占い師は、横柄に顎をしゃくって命じてきた。
こんな態度をされたことがないため、かなりむっとした。
キラキラと輝くビーズが飾られた派手な紫のローブをまとった占い師は、ひどくうさん臭く見える。
「お前、聞こえないの?」
ユウセイが応じないため、占い師が眉間を寄せて怒鳴りつけてきた。
やれやれ……
それにしても、領主の館に連れてこられるとは思わなかった。
いまになってわかったことだが、サンジは領主の子息だったのだ。
「占い師様。お願いして来ていただいたのです。もう少しソフトに……」
「私も、お願いされてここに来ていたと思うのだけれど」
刺々しく言う。
これでは、サンジが間に挟まれて気の毒だ。
「剣を見せればいいのだな」
挑戦的に言い、剣を抜く。そして占い師の前に突き出した。
剣が普通でないとわかるきらめきを放つ。
占い師がぎょっとして身を引く。
大人げないと自分でも思うが、にやついてしまう。
「ま、間違いないようだわ。もういいわよ、仕舞いなさい」
焦ったよう言われ、すぐに剣を収める。
剣が普通のものでないことに気づいたようだが……この占い師、信用のおける人物なのだろうか?
「そうですか。よかった。ユウ殿、やはり貴方は、我々が望みを託せる唯一のお方だったようです。どうか私達に力を貸してくださいませんか?」
「力? いったい私に、何をしてほしいとおっしゃるんです?」
「話は、次の目的地に向かいながらということにしたいのですが」
「次の目的地?」
「少し距離があるので、馬車でゆきましょう」
力を貸してくれないかと問いかけておきながら、ユウセイの承諾も得ずに話を進めてしまうというのはどうかと思ったが、サンジはそれだけ切羽詰まった状況にいるということなのかもしれない。
ユウセイの腕を取り、急くように歩き出すサンジに苦笑いしつつ、ユウセイは歩き出した。
「実は、二週間ほど前、私の姪が行方不明になったんです」
馬車が町を抜けたころ、ようやくサンジが話を切り出してきた。
「姪御さんが?」
「人を集められるだけ集めて必死に探したんですが……いくら探しても見つからない。姪は一人娘で……彼女の両親は……特に母親がひどく憔悴してしまって……見るのも辛いほどで……」
彼の姪というからには、かなり幼い子なのだろう。
母親が憔悴していると聞いては、胸がひどく痛む。
「ユウ殿は、もしや、白き賢者をご存知ですか?」
白き賢者?
「いや、知らないが……」
「私も知りませんでした。姪が行方不明になって数日後、白き賢者と名乗る者が、姪の父である私の兄の前に現れたんです」
「ほお、それで?」
「姪を助ける手立てとなる、紫の占い師を探せと」
「ああ、私が先ほど会った……」
「はい。あの方も、必死に探しまわって、ようやく見つけ出しました。ともかく、あの占い師が、今度はブロンドのマントを羽織った旅の若者を探せと」
「それが私なわけですか?」
「貴方で間違いなさそうです。貴方は、不思議な輝きを放つ剣をお持ちだ。先ほど剣を見て驚きました。貴方はただの旅人などではないとわかりました」
確かにただの旅人ではないが……この剣は、老人と花売り娘からもらったもの。
「そうだ。ユウ殿。お腹が空いていませんか? 昼食を用意してあるんです。馬車の中などで申し訳ないが、到着までしばらくかかりますし、食べませんか?」
サンジは滑走している馬車の中で、振動をものともせず、昼食の準備を始めた。
花売り娘の家での朝食、空間の狭間を進む船の中でのティータイム、そして昼食は、こんな馬車の中で、会ってさほど経っていない若者と……か。おかしな状況に慣れつつある自分がおかしい。
花嫁を探し出すための貴重な残り時間……こんなことに使ってしまって、あとで後悔しそうだが……どのみち、冒険を終えないことには王子として城に戻れないのだ。
それに、行方不明の幼き娘を探し出だす手伝いが彼にできるというなら、役に立ちたい。
「姪御さんはなんという名です?」
「マナミと言います」
大きなバスケットから食べ物を取り出しながら、サンジが言った。
マナミ……
不思議なことに、その名が彼の頭の中で、大きくなり小さくなりしながら、何度も響く。
異常な事態に、ユウセイは頭に手を当てた。
「ユウ殿。どうされました?」
ユウセイの様子に気づき、サンジが手を止めて問いかけてきた。
「い、いや……なんでも」
ユウセイは、いまだ頭の中で響いている音を無視することにした。おかしなことばかりなのだ。このくらいのこと、気にしなければなんてことない。
「ですが、すでにみなさんがさんざん探し回っても見つからないのに、私にできることがあるんでしょうか? 占い師は私を探し出して、どうしろと?」
「占い師様は、貴方が探し出すカギとなるとしか……ともかく、いまは屋敷に行くことしか」
ユウセイは、納得して頷いた。
確かに、導きはあると思える。
ここにユウセイを送り込んだ老人と花売り娘は、この事態を知っているはずだ。
何をすればいいのかわからないなんて事態には、ならないだろうと思えた。
しかし、あのふたり、今頃何をしてるのか?
そのうちひょっこり現れたりしそうだが……それとも、もう現れないのだろうか?
失望を感じて、ユウセイは唇を噛んだ。この失望は、あのふたりに会えないことより、花売り娘の持っていたあの不思議な花に対して抱く思慕のため。
理性は馬鹿馬鹿しいと否定しているのに……振り払えない。
「さあ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ユウセイは、サンジから手渡されたサンドイッチを、胸を疼かせながら頬張った。
ガタン、という音ともに、馬車が止まった。
「着いたんですか?」
「いや……まだです。……ちょっと待ってください」
外を窺いながら言ったサンジは、馬車から降りて行く。
気になったユウセイは、サンジの後に続いて外に出て見た。
「サンジ様、あそこにおいでなのは……」
御者が御者台から振り返って言う。道から少し入ったところに、木の幹にもたれるようにして男が座り込んでいる。
男を見たサンジは驚いたように眉を上げ、男に駆け寄って行った。具合でも悪くしているのかと、ユウセイも後を追った。
「ミツヒコ殿」
男の肩に手をかけて、サンジが呼びかける。
ぐったりしていた男が顔を上げた。
「ああ……これは、サンジ様」
ひどく疲れの滲む顔で、ミツヒコと呼ばれた男が答える。
「いったいどうしたんだ?」
「彼女を探していたら……黒い衣服をまとった女に遭遇して」
「黒い衣服をまとった女?」
サンジが怪訝そうに口にする。
ユウセイの頭には、あの凶暴な黒いドレスをまとっていた女が浮かんだ。
あの女なのだろうか?
「それで、どうしたんだ?」
「お前がいくら探そうとも無駄だと言われました。あれは絶対マミのことだ。あの女が彼女を連れ去ったんだ」
ミツヒコが悔しそうに叫ぶ。
「どんな女だったんだ? その女とどこで会った?」
サンジが急くように聞く。
「北の丘のほうです。あそこに湖があるんです。そのほとりを歩いていたら……突然黒い煙とともに現れて。あれは魔女だ」
「魔女? 魔女がこの領土にいたなんてこれまで聞いたことがない。だが、そうか……その魔女が彼女を連れ去ったんだな」
彼らが口にしている魔女は、ユウセイが遭遇したあの危険な女と同一人物なのだろうか?
いや、間違いなくあの女に違いない。
あの女はユウセイの敵だと老人が繰り返し言った。
自分は、あの女と対決するためにここにいる。
これで目的がはっきりした。
あの女を探し出して戦い、囚われているサンジの姪を救い出せばいいのだ。
「その魔女は、どこにいるんです?」
「そんなことわかりませんよ」
ユウセイの問いに、ミツヒコは不機嫌そうに答え、改めてユウセイに向いてきた。
「あの、この方は?」
「ユウ殿だ。占い師様の言っていたお方なんだ。我々の救世主であられる」
ミツヒコが目を見開いた。
「この方が……ですが、相手は魔女なんですよ」
「この方なら大丈夫だ」
「ですが、あの魔女はとてつもない力を持っています。僕は、あの湖から一瞬にしてここまで飛ばされたんだ」
「まさか!」
サンジが目を丸くして叫んだ。
あの女なら、そのくらいのことをしそうだ。とんでもない力を持っている。しかも悪意の塊。
攻撃もまるで容赦がなかった。
そう考えたユウセイは、眉を寄せた。
そうだ。なぜ忘れていたのだろう。あの女が口にした言葉を……
貴方の求めるものは、すでに私の手にある。あの女はそう言った、そして最後にこうも言った。
『命あるうちに、一度くらい逢わせてあげてもいいけど……間に合うかしらね』
「あの……」
顔を上げたユウセイは、サンジに向いて問いかけた。
「ユウ殿、なんですか?」
「貴方の姪御さんは……まだ幼女なのでは?」
ユウセイの問いに、サンジは眉を上げ、「ああ」と言いながら少し笑う。
「すみません。兄と私は、とても年が離れているのですよ。姪のマナミは十八になります」
十八?
マナミ……
その名を思い浮かべたとき、あの白い花が頭に浮かんだ。さらにその花がぼやけ、少女のような輪郭を形作ろうとする。
痛いほど胸が高鳴った。
『マナ……』
頭の中で誰かの声が聞こえた。いや、この声は私のもの……?
ぐんっと、頭が上空に引っ張られた気がし、ユウセイは、思わず「うっ!」と呻いた。
「ユウ殿。どうされました?」
ユウセイの異変に、サンジが驚いたように叫ぶ。
「いや……な、んでもない」
不思議な感覚だった。一瞬、とてつもない幸福感に満たされた感じがした。
いまのは、なんだったんだ?
「あの、僕が言うのもなんなんですが、ともかく、急ぎませんか?」
ミツヒコが遠慮しつつ促してきた。
サンジが頷き、三人は急いで馬車に乗り込み、すぐに出発した。
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