|
第十一話 再びの登場
「改めて、ご紹介しますが……」
馬車が走り出し、サンジがミツヒコを示しつつ、ユウセイに向けて言う。
「彼はノムラミツヒコと申す者で、実は、姪のマナミの許嫁なのです」
ユウセイは、許嫁と言う言葉に、自分でもなぜなのかわからないが、ギクリとした。
「そう……なのですか。それはご心配でしょう」
ミツヒコの心情を思い、本気でそう言葉にしたのだが、自分の言葉が心にないもののようにも感じられて、眉を寄せた。
さらに、気にかかることもある。
マナミは領主の血筋の娘……御年十七だというし……その年頃の娘は、一度は王子であるユウセイと顔を合わせる機会を設けるものなのだが……
会っているのかもしれない。
会った娘すべてを、彼も覚えているわけではない。
そう考えるものの、彼の魂が否定する。
たぶん、会ってはいない。
つまり、娘と娘の両親は、果たすべき義務を果たさず城に来ていないということなり、この国の決まりにそむいているということに……
官僚の知るところとなったら、罰則を受ける事態になる。
それも、かなり重い罰則を受けることになるはず。
参ったな。
これは、知らぬふりをするしかない。
「もうすぐです」
無言で腕を組んでいたサンジが、ユウセイに知らせてきた。
それから少しして、軽快な音を響かせて疾走していた馬車が、少しずつ速度を落とし始め、ゆるく右にカーブを切る。
「な、なんだあ!」
外から、泡を食った様な叫びが聞こえた。
「いったい?」
サンジが眉を寄せ、馬車の外に目を向ける。
ユウセイは、気を張り詰めた。
もしや、あの危険な魔女が現れたのか?
「なにかあったのか?」
御者に向けて、サンジが性急に問いかけたそのとき、馬車が止まった。
「そ、それが……サンジ様。とにかく見てくださいよ、あれ、あれです」
御者は驚愕したように、あれ、あれと繰り返す。
サンジが馬車から降り、それに続くようにミツヒコも降りてゆき、ユウセイもすぐに続いた。
「いったい、何が……」
眉間を寄せていたサンジが、御者の指さすほうに視線を上げ、「は?」と、呆けたような叫びを上げる。
「な、なぜあんなものが、屋根に?」
自分の隣に立つミツヒコが目を丸くして呟くのを聞きながら、ユウセイはため息を漏らしそうになった。
屋敷の上に載っているのは船……それも、彼の良く知る白い船だったのだ。
さらに、屋敷の側に生えている大木の上にももうひとつ、見覚えのある白いものが載っている。
「サンジ様、見てください。あっちにも何やらありますよ」
御者はユウセイと同じ方向に視線を向け、興奮して叫ぶ。
「あれはなんなんだ?」
その叫びに、ユウセイは危うく吹きそうになった。
あれは浴槽なのだが……ここで口にするわけにはゆかない。
「小舟のようですよ」
御者の言葉に、ユウセイは思わず眉を上げた。
小舟に見えるのか?
「ぷっ、ごほっ、ごほっ」
笑いが止められず、ユウセイは吹き出してしまった誤魔化しに、咳き込んだ振りをした。
「ですが、なぜ、船が……屋根に?」
ミツヒコは、サンジに向けて問いかける。
サンジは苦笑して首を横に振った。
「ミツヒコ殿、私が知るわけがないだろう。しかし……とにかく、屋敷に入ってみよう。誰も騒いでいないし……」
そこまで口にしたサンジが、ハッとしたように口を閉ざし、血相を変えた。
「まさか、魔女がっ?」
そう叫んだサンジは、剣の柄に手をかけながら物凄い勢いで駆け出した。
それを見たミツヒコも、ハッとしたように身を強張らせ、次の瞬間サンジに続く。
駆けていくふたりを見つめ、ユウセイはどうしたものかと迷ったが、ふたりの後を追うことにした。
あの船が誰のものか知っているし、危機的状況でないことはわかっているが……
ユウセイが屋敷の玄関に到着したときには、屋敷の者がサンジとミツヒコの応対をしていた。
「なんだって?」
「賢者様が、本当においでなのですか?」
「はい。どうぞお入りください。賢者様は、皆様の到着も知っておいでです」
この屋敷に仕えている者らしい、そこそこ高齢の男だ。
ユウセイが近づくと、深々と頭を下げてきた。
この男……?
「貴方が勇者様なのですね?」
まるでユウセイが口を開くのを阻むように、男が言う。
「彼は、ユウ殿だ。そうか……ユウ殿を探し当てたから、賢者様はおいでくださったんだな?」
「はい。そのように申されておりました。さあ、皆様がお待ちです。こちらへ。ご案内致します」
礼儀正しい仕草で、ユウセイたちを促す。
サンジとミツヒコが先に歩き出したのを確認し、ユウセイは男に顔を向けた。
問いを込めてじっと目を見つめると、ほんのり笑みを浮かべ、「若様、お懐かしい」と囁くような声で口にする。
どうやら、ユウセイと懇意であることを、公にしたくないらしい。たぶん、彼が王子であることを知られないためなのだろう。
この男はウエシマ。
一年ほど前まで、城の高位高官だった。
彼は、ユウセイを生まれた時から可愛がってくれていた。
急に城から出てゆくことになったということで、行き先もわからなかったのに……
なぜ、こんなところにいるのだ?
問うことを許されず疑問を抱えたまま階段を上がっていると、前を行くサンジとミツヒコが、足を止めた。
「サンジ。見つかったのか?」
片足を引きずるようにして現れた男性は、サンジに駆け寄る。
「トクジ兄上。ええ、見つかりましたよ」
「ミツヒコ、君も一緒だったのか? 君が帰ってこないと聞いて、心配していたんだぞ。大丈夫なのか?」
「兄上、貴方こそ、大丈夫なんですか? 傷だらけではありませんか……それに、足も……どうされたんです?」
確かにその顔は、痣や傷だらけだ。
兄上と呼ぶと言うことは、このトクジという男性、マナミといいう娘の父親なのだろう。
「ああ。私は大丈夫だ。たいしたことはない」
苦笑いしながら、トクジが答える。
「まったく……寝ていないのでしょう? 顔色もひどく悪い。今度は兄上まで倒れてしまいますよ」
「……いま寝てなどいられない。そんなことより……」
トクジが、ユウセイに向いてきた。
「貴方が、占い師殿の申された、我々の救世主……勇者様なのですね?」
ユウセイは、無言で頭を下げた。
「兄さん、マナミはさらわれたのですよ。魔女に」
サンジが思い出したように、トクジに告げた。
「そうなんです。湖のほとりを歩いていたら、突然現れて……あの魔女が犯人に違いありません」
「はやり……ミツヒコ、それは黒き魔女だったか?」
「兄上?」
「賢者様が、たったいまおいでになり、そう教えてくださったのだ」
あのふたり、来たばかりだったのか?
「トクジ様。とにかく、皆様を賢者様のところにお連れいたしましょう」
ウエシマが控えめに申し出た。トクジが頷く。
「そうだな。では、こちらに」
トクジが、促すように歩き出した。
足がひどく痛んでいるようだが、かなり無理をして急いでいるようだ。
ひとつの部屋のドアをトクジが開け、ユウセイに入るように促す。
中に入ったユウセイは、すぐに老人と花売り娘に気づき、ふたりと目を合わせた。
花売り娘は、ユウセイの知る真っ赤な衣装のままだったが、老人は別人かと思うほど変わって見えた。
まさに賢者と言える真っ白な衣装とローブをまとっている。
気品のある姿に、ユウセイですらひれ伏したくなる。
「うむ。勇者の到着だな」
いまは賢者としか思えない老人が、ユウセイに向けて言う。だが、にこりともしない。
「待っていましたよ。さあ、勇者よ。こちらへ」
大柄にユウセイを手招くのは、花売り娘だ。
こちらもまた、いままでにない品格を滲ませている。
部屋の中には、四人の男女がいた。
全員、いまは椅子から立ち上がっている。
ユウセイは、ゆっくりと皆の前に進み出て行った。
|
|