《シンデレラになれなくて》 番外編
 優誠birthday記念+サイト6周年記念
《シンデレラになれなくて、ふぁんたじぃだぞ》
白き花を探して
第十四話 虚しいキス



「やっと、記憶の封印が解かれたみたいね」

まだ受けた衝撃から立ち直れないでいたユウセイは、花売り娘のその言葉に、ゆっくりと振り返った。

「記憶の封印?」

「ええ」

「どういうことです? 忘れていたのは、封印されていたからだとでも?」

そう問いかけたユウセイに対して、花売り娘がおかしなことを聞いたとでもいうように、くすくす笑い出した。

ユウセイは、その笑いにむっとしつつ、花売り娘を見返した。

「ただ、忘れてましたーっていうんじゃ、王子様自身が嫌じゃないの?」

ユウセイは顔をしかめた。言われてみれば、そのとおりだ。

「ではいったい誰が、私の記憶を?」

ユウセイの問いを聞いた三人は、意味ありげに互いに顔を見合わす。その様子に、ユウセイはハッとした。

「まさか、あなた方が……」

「違う、違うわよ、ユウセイさん」

アリシアが慌てて否定してきた。

「ならば?」

再度の問いかけに、花売り娘が肩を竦めて口を開いた。

「シズネ。マナミの祖母」

「彼女の祖母が?」

眉をひそめたユウセイは、思わずマナミに目を向けた。

「いったいどうして私の……いや、そんなことはいまはどうでもいい! 彼女は、マナミは?」

何よりも、マナミの容体が気がかりなのに……私ときたら……

どうも、この一連の事態に、冷静さを激しく欠いてしまっているらしい。

「彼女は……」

話そうとしたのに、花売り娘は言葉を止めてしまった。

「どうしたんです? 早く教えてください」

「だって……ねぇ?」

花売り娘は、老人のほうに向く。

「順を追って話すほうがいいんじゃないか。衝撃を和らげられるなら……」

「衝撃? どういうことなのです?」

わけがわからず、ユウセイは老人に詰め寄った。そのユウセイに、アリシアが慌てて手をかけてくる。

「まあまあ、落ち着いてユウセイさん」

「ねぇ、わたしたちはちょっと場所を外すってのはどうかしら?」

花売り娘は、老人とアリシアに言う。

「ああ、そうだな、それがいい、そうしよう」

老人はにこにこしつつ、花売り娘の提案に即座に同意した。

アリシアのほうは少々心配そうに顔を曇らせながらも頷く。

「あの……?」

「ふたりきりにしてあげるわ。わたしたちはさっきの部屋でお茶してるから、王子様は、気が済んだら戻ってきてちょうだい」

気が済んだら……?

「私は……」

「ユウさん」

老人に呼びかけられ、ユウセイは顔を向けた。

「ただ、彼女は目覚めない。それはわかっておいてください」

「目覚めない? まさか、眠りから覚めない呪いでもかけられているのですか?」

「詳しいことはあとで話すから」

花売り娘は手を振りながら、スタスタとドアに向かって歩いて行く。

「それじゃ、ユウセイさん」

そう声をかけ、アリシアも花売り娘のあとを追う。

ふたりが出て行き、ドアが閉まると、最後に残った老人が肩を叩いてきた。

「彼女は目覚めないが……貴方には、彼女とふたりきりの時が必要です。それと、これを」

老人が差し出してきたものを見て、ユウセイは目を見開いた。

それは、ユウセイの心をおかしなほどひきつける、あの白き花だった。

「これは幻のようなもの……だが……ここにあることも現実」

そう言葉を添えながら、老人はユウセイの手に白き花を手渡す。

「震えて……いる」

白き花を手にし、ユウセイは思わず口にした。

「混沌とした中に……貴方が触れてきたからでしょう。では」

謎めいた言葉を残し、老人は部屋から出て行った。

その間も、ユウセイの視線は、白き花に注がれていた。

白き花は、彼の魂に直接触れてくるようだ……

白き花を手に出来ていることに、狂いそうなほどの喜びを感じる一方、それを受け入れきれず、身体か全力で拒む。

ユウセイは吐きそうなほど気分が悪くなり、たまらず、白き花を手から離し、ベッドの上に置いた。

手放した途端、吐き気は嘘のように収まった。

なんなんだ?

白き花に触れたくてたまらないのに……

理不尽さに奥歯を噛み締め、ユウセイは魂を誘う白き花から視線を引き剥がした。そして、ベッドに横たわっているマナミに目を向けた。

彼女の頭近くに手を突き、顔を覗き込む。

閉じられている瞼、まつ毛、鼻筋、そして頬と唇。

確認するように視線を向けるたび、懐かしい記憶が湧き上がるように思い出された。

初めての出逢い。祖母を交えてのおしゃべり。湖のほとりを手を繋いで歩いたこと。秘密のお気に入りの場所への招待。

祖母が持たせてくれた、中身のぎっしり詰まったランチボックスを抱えているユウセイに、「重たくない?」と、何度も心配そうに問いかけてくれたマナミの表情をリアルに思い出し、ユウセイは顔を歪めた。

胸が、どうしようもなく切ない……

愛らしくて、愛しくてならなかった。だが、彼女はユウセイよりも十も年下……恋愛の対象にはなりえない。

それでも、いつでも側に置いておきたくてならなくなって……それで……城に……

頭の中に鈍い痛みを感じ、手のひらをあてた。

彼女を城に連れて行きたいと祖母に言った。

そうしたら、それはできないことだと言われて……いや、違う……いまはできないと言われたのだ。いまはできないと……

だが、どうしても納得できなくて……マナミに言った。私の城に、行こうと……

驚いたマナミの顔……それから、ひどくまぶしい光が……そして、額をつらぬくような衝撃を受けた。

記憶を封印されたとすれば、きっと、このときではないだろうか?

老人たちは、彼の記憶を封じたのは、マナミの祖母だと言っていた。

マナミの祖母は、そんな特殊な能力を持つ人物なのか?

まさか、マナミをこんな状態にしたのも?

どうやら彼は、彼女の祖母だというシズネに会いに行かなければならないようだ。

真意を聞き、なんとしてもマナミを目覚めさせてもらわねば。

やるべきことが決まり、ユウセイは意志を固めてマナミを見つめた。

恐ろしいほど生気を感じない。これでは人形のように見える。

息はしているのだろうか?

不安になったユウセイは、マナミの口元に耳を寄せた。

ハッ! い、息を……していない?

ユウセイは仰天して身を起こし、目を見開いてマナミを見つめた。

ま…さか……死んで……?

違う。そんなわけはない。落ち着け!

自分を怒鳴りつけたユウセイは、大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出しながら自分をなだめた。

彼女は目覚めない。老人が言った言葉が、いまさら重く心にかかった。

いくら大声で彼女を目覚めさせようとしても、無駄な事なのだ。

彼女を助ける術は、あの三人が知っている。

行動を起こさなければ……そして必ず、マナミを救う。

ユウセイはマナミの顔に、触れるほど顔を近づけた。

「マナ。きっと私が君を助ける。……待っているんだよ」

ユウセイは、約束するように彼女のぬくもりのない頬に、そっとキスをした。

顔を上げたユウセイは、自分の胸にある虚無感に顔をしかめた。

虚しい……苛立つほどに……

彼女の反応がないからではなく……

自分自身が理解できず、ユウセイは割り切れない気持ちで瞳を揺らした。

そのユウセイの目が、ぼんやりと白いものを捉えた。ハッとして目を向けたユウセイは、動揺した。

白き花……

ぼんやりした光になり、ほとんど消えそうになっている。

「どうして?」

ユウセイは飛びつくように白き花を手に取ろうとした。だが手には何も触れず、白き花はパッと散るようにして消えてしまった。

ドクドクドクと心臓が激しく脈打つ。

「マナっ!」

ユウセイは、もどかしさを吐き出すように叫んだ。

「ユウ……セ……」

微かな声が、ユウセイの叫びに呼応するように聞こえた。






   
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