《シンデレラになれなくて》 番外編
 優誠birthday記念+サイト6周年記念
《シンデレラになれなくて、ふぁんたじぃだぞ》
白き花を探して
第十五話 思いを君に



ドアを静かに開け、ユウセイは一歩中に入った。

微かに開くドアの音を聞きつけたか、老人と花売り娘、そしてアリシア顔を向けてきた。

「ここに」

老人が自分の隣を指さして言う。ユウセイは静かに歩いて行き、椅子に腰かけた。

「彼女の身に、何が起きたのです?」

「それを話す前に、言っておかなければならないことがあるわ」

ユウセイはアリシアに視線を向けた。

「マナミさんの祖母であるシズネは、わたしの親友なの」

「そのシズネ殿は、いまどこにおいでなのです。お会いして話を……」

「それは難しいかもしれないわ」

「難しい? それどういうことなのですか?」

「いくら呼びかけても応えてくれないのよ」

「まさか、シズネ殿もマナのように……?」

「いえ。そういうことではないの」

「アリシア。なにより重要なことを、まず伝えたほうがいい」

ユウセイとアリシアの会話に、老人が割り込んできて言う。

「ええ。そ、そうね」

「いったい……重要なこととは?」

「つまりね、シズネは精霊なの」

らしくなくおとなしくしていた花売り娘が、唐突に言った。

ユウセイは、花売り娘に顔を向け、眉を寄せた。

「いま……なんと言いました?」

「精霊。精霊って言ったのよ」

「精霊?」

「会ったことない?」

「もちろん……ありませ……いや、そのような存在が実在するとおっしゃるのですか?」

「あちゃーっ、城で純正培養されたボンボンは」

「それはいささか言い過ぎではありませんか?」

馬鹿にするように言われ、むっとしたユウセイは、花売り娘に食ってかかった。

まあまあと、老人とアリシアがなだめてくる。

「モモ、こんな時にまで王子様をからかうな」

老人に叱られ、花売り娘は滑稽な顔で舌を出す。

「ユウセイ殿、この世には、貴方がまだ知らぬ特殊な種族が多くいる。シズネは地を司る精霊」

「人なのですよね?」

「ええ。種族が違うという風に捉えてもらえればいい。ただ、普通の人間にはない力を宿している」

「私の記憶を封じたように?」

「そう言うことが出来る者もいます」

「それでは、マナをあんな風にしたのも?」

「いいえ。あれはマナミ自身が望んだことよ」

花売り娘の言葉に、ユウセイは顔をしかめた。

「マナが? どうして?」

「色々あったのよ」

「では、その色々を聞かせてください」

「彼女は貴方のせいで、さんざん苦しんだの」

「わたしのせい?」

「そう。マナミのことを忘れて、城で王子様しちゃって……毎晩お妃候補たちと楽しいパーティ」

花売り娘は侮辱するように言う。

「良くご存知ですね」

売られた喧嘩を買うように、優誠は皮肉たっぷりに花売り娘に言った。そんなユウセイの言葉など耳にしていないかのように、花売り娘は沈んだ顔になる。

「マナミは忘れてなかったわ。ずっと貴方を覚えてた。けど、忘れたふりをして生きてきたの」

花売り娘はひどく悔しそうに口にする。そして、その頬に涙が伝い落ちた。

「モモ」

「たしなめられたって、この怒りは収まらないのよっ!」

自分に食ってかかる花売り娘をなだめるように、老人は彼女の肩を叩く。

「マナと親しかったのですか?」

「ええ。あの子があまりに苦しんでいるから、呼ばれてしまったのよ」

「苦しんで?」

「モモ、もう少しユウセイ殿にわかりやすく話して差し上げるべきだぞ」

「ええ。マナを思いやってくださる魔女様の気持ちはとても嬉しいですけれど、孫のユウセイにもお目こぼしをいただきたいですわ」

花売り娘は唇を突き出し、俯いてから頷いた。

「ごめんなさい。王子様」

「い、いえ……」

急にしおらしくなった花売り娘に、どうにも戸惑ってしまう。

「私から話しましょう」

老人がユウセイに向き直ってきて、彼はほっとして姿勢を正した。

「シズネ殿の力は、自分の孫であり、精霊の力を宿しているマナミを離したくないのですよ」

「力が?」

「そうです。シズネ殿というのではなく、地を司る精霊の力が、マナミさんを離さないんです」

「すみません。意味がわからない」

「簡単に言うと、マナミはそう簡単にはこの地から出て行けないってことよ」

「ここから?」

「そう。貴方はマナミを城に連れて行きたがった。だからシズネの力……地の精霊の力と言った方が語弊がないわね……貴方を亡き者にしようとした」

物騒な話に、ユウセイは眉を寄せた。

「亡き者……私は記憶を失っただけですが」

「シズネが邪魔をしたから、記憶を封印されただけで終わったの。シズネはマナミの心と繋がっているから、貴方を失くしたら、マナミが狂うだろうってわかっていた」

花売り娘は、そこで黙り込んでしまった。

ユウセイは老人とアリシアに、話の続きを求めて視線を向けた。

アリシアが頷き、口を開く。

「私はマナミさんがああいう状況になるまで、彼女もまた、あなたと同じように記憶を封印されたのだと思い込んでいたわ。でも、そうではなかったなんて……」

アリシアは哀しげにため息をつく。すると、また花売り娘が語り出した。

「マナミは、幼馴染のミツヒコが自分の許嫁になることになって……ミツヒコのことは決して嫌いじゃなかったけど……。自分を愛してくれているミツヒコと、縁談を喜んでくれている周りの者達の思いになんとかして応えようとしても、どうしても応えられなくて……」

胸をえぐられているような痛みを感じ、ユウセイは胸を押さえた。

「限界を超えてしまった瞬間、封印してまったのよ。自分で、魂を」

「魂を封印?」

「無意識にね。だから彼女自身、どうしようもないの。それであの状態なわけ」

「どうすればいいんです? 何か方法は?」

「力が必要よ。物凄い……いえ、奇跡に近い力が」

「その力は、どうすれば得られるんです?」

真剣に問いかけたというのに、花売り娘はくすくす笑い出した。

「ごめんなさい。貴方が言うから……」

「貴方はなんでもご存知なのでしょう。だから、私の言葉は笑いを誘うのかもしれない。お好きなだけ笑ってくださっていい。答えを知っているのなら、教えてください。お願いします」

花売り娘のほうに身を乗り出しながら言い、ユウセイは深く頭を下げた。

「貴方次第よ。王子様。貴方次第」

ユウセイは顔を上げ、花売り娘の目をまっすぐに覗き込む。

「白き花……あれはマナミの精神の欠片なの」

「それは感じました。もしかして、あの花をすべて集めればいいのですか?」

「いいえ。あれは彼女の魂から発現してるの。ただの欠片よ。でも、とても大切なもの。マナミの魂そのものでもあるから」

「私は何をすれば? ……私に何ができるんです?」

「貴方は呼びかければいいの。マナミの魂に……強く」

「わかった。あの花を通じて呼びかければいいのですね。先ほど老人から受け取った白き花から、マナの声がしたのです」

「それほんと?」

ユウセイの言葉に、三人は同時にユウセイを見る。

「はい。私の名を……」

「そ、それは凄い。やっぱり貴方は特別なんだな」

動じない老人がこんなにも興奮するとは……あれは、そんなに凄いことだったのか?

「それならば、白き花を。あの白き花はどこに?」

「花はマナミ次第で現れるわ。それはいいとして、大問題があるのよ、王子様」

「問題? どんなことです?」

「マナミの封印を解くのはひどく難しいわよ。貴方の命は危機にさらされ、失敗すればあなたは死に、マナミは二度と元に戻れない」

「命をかける覚悟はすでにある」

「ユ、ユウセイさん、そんな風に簡単に言わないでちょうだい。あなたは一国の王となるひとなのよ」

顔色を変え、声を震わせるアリシアの手を、ユウセイは手を伸ばして握りしめた。

「アリシア。私は命をむざむざ捨てるつもりはありませんよ。絶対に彼女を助けます」

「王子様、かっこいー」

花売り娘から、またからかうような声をかけられたが、今度はまったく腹が立たなかった。それどころか、強い敬意を感じた。

「ユウセイさん、貴方の魂の力が勝敗を分けることになる。貴方はご自分の魂の力を彼女に与え、封印を解く道筋を伝えるのです」

ユウセイは力強く頷いた。

「地の精霊の力の中にいるマナミさんの封印の力は凄まじいものがある。私にはどうにもできなかった」

老人の言葉はユウセイを動揺させた。

このたぐいまれな力を持つ老人にしても、どうにもできなかったとは。

「私の導きに、マナミさんは反応しない。けれど、ユウセイさん、貴方の導きならば、彼女はきっと……」

ぐっと奥歯を噛み締め、ユウセイは口を開いた。

「可能性があるから、貴方がたは私に話してくれた。私は……彼女のいない人生など望まない。何があっても彼女を救う」

マナミは彼を待っている。ずっと待っていてくれたのだ。

君を必ず迎えに行く。マナ、待っていてくれ。

ユウセイはマナミに向けて、心の底から思いを飛ばした。






   
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