《シンデレラになれなくて》 番外編
 優誠birthday記念+サイト6周年記念
《シンデレラになれなくて、ふぁんたじぃだぞ》
白き花を探して
第十六話 狂おしいほどの切なさ



「では、マナのいる場所に案内を」

ユウセイは立ち上がりながら、老人に言った。

老人も立ち上がったが、ユウセイに向けて首を横に振る。

「案内を、していただけないのですか?」

「いや、そうではありませんよ。ただ、マナミさんのいる場所に行くより先に、しなければならないことがあるんですよ」

「しなければならないこと? それはいったい、なんです?」

「白き花を探すの」

「白き花を? ですが、先ほど貴方は、あれはただの欠片だと……」

「ええ。ただの欠片……けど、彼女の魂そのものとも言ったわ」

「……確かに……探すことに、重要な意味があるのですか?」

「いきなり封印を解きに行くより、成功する確率も、かなり上がると思うわ」

「ですが……探すといっても……あてどもなく探し回るのですか?」

「場所は誰よりも貴方が知っていると思うわ」

花売り娘の言葉に、ユウセイは眉をひそめた。

この地は、昔、来ていた場所ではあるが、白き花が咲いている場所を特定など……

「あなたたちふたりの想い出の場所があるでしょ? わたしが見つけたのは、この屋敷の周辺、それとわたしが彼女と過ごした場所に咲いていたものなのよ」

そうか、そういうことか。

「それならば」

ユウセイは頷き、さっそくドアに向かった。

「ユウセイさん!」

少し切羽詰まったアリシアの声に、ドア口まで進んでいたユウセイは振り返った。

ひどく不安そうな祖母の表情に、ユウセイは口元を引き締めた。

「アリシア。心配はわかります。だが、なにがあってもやらねばならないのですよ」

顔を強張らせ手を揉み絞るようにしていたアリシアが、覚悟を決めたように顔を上げてきた。

「わたしも行くわ。なんの役にも立てないかもしれないけど……」

ユウセイは笑みを浮べ、祖母に歩み寄った。そして、アリシアの腕にやさしく触れた。

「アリシアが一緒であれば、私も心強い」

ぎこちない笑みを返してくるアリシアに言葉をかけ、ユウセイはすでにドアの外に出て待っている老人と花売り娘に、祖母を促して歩み寄った。





屋敷の外に出たユウセイは、記憶の中にある場所をいくつか思い浮かべ、一番近いと思える場所に足を向けた。

記憶を取り戻したいま、周囲の景色が以前とかなり違うことに彼は気づいた。

草木の茂り具合が、まるで違う。

「鬱蒼としていますね。道がなくなってしまっている」

「地の精霊の力が強まっているからだわね」

花売り娘に、老人が「うん」と頷く。

「マナミさんを取り込んでいるから……彼女の意志も関わっているみたいだ」

「ご老人、それはどういうことなのですか?」

「マナミさんは、それほどに強い力を秘めているということですよ。そして彼女は、無意識に……楽しい思い出に繋がる道や場所を消し去りたいと思っているってことでしょうか」

老人の言葉に胸がえぐられる。

草の生い茂る地面を見つめたユウセイは、考えるより先に剣を抜き放ち、草を薙ぎ払った。

「行きましょう」

ユウセイは背後にいる三人に声をかけ、草を薙ぎ払いながら前へと進んだ。

魔法の剣はとても軽く、ユウセイは疲れを感じることなく、邪魔な草を排除していった。

「その剣は、草刈りの道具じゃないんだがなぁ……」

草を薙ぎ払うユウセイの耳に、老がっかりしたような老人の言葉が聞こえ、彼は苦笑いしながら振り返った。

「すみません。ですが、まるで疲れを感じませんよ」

ユウセイの言葉を聞き、老人はなんともいえない微妙な表情になる。彼らの会話を聞いていた花売り娘が、ケラケラ笑い出した。

「役に立てばいいじゃない。確かに宝の持ち腐れ的な感じは否めないけど……」

「まあな……」

しぶしぶというように老人が頷き、ユウセイも思わず吹き出してしまった。

「アリシア、疲れていませんか?」

三人のやりとりを黙って聞いているアリシアに、ユウセイは明るく声をかけた。

「ええ、大丈夫よ。それで、目的の場所は? まだ先なの?」

「いえ、すでに近くまで来ているはずです。草に覆われているし、記憶にある樹木もかなり成長しているようで……はっきりとわからないんです」

「なら、このあたりってことかしら? 慶介、頼める?」

花売り娘が老人に言うと、老人は頷いて杖を持ち上げた。

ザザッと音がし、足元の草が周囲へと引いて行く。一瞬にして周りの草がなくなった。

ユウセイは、手にしている剣をじっと見つめ、それから老人と花売り娘に視線を当てた。

「もしや、剣で薙ぎ払う必要はなかったと?」

「いやいや、これはいまだけ。魔法での干渉をしすぎると、地の精霊たちのひんしゅくを買う」

「そういうものなのですか?」

「そういうものなのですよ。それより、ほら見て、あったわよ」

花売り娘が嬉々として叫び、ユウセイは娘が向いている視線の先を追った。

「おっ」

思わず叫んでしまう。

記憶に強く残っている風景。小さな池がそこにあった。そして、池を囲うように白き花が咲いている。

「ユウさん、すべて摘みなさい」

命じるような老人の言葉に従い、ユウセイは白き花に歩み寄った。

なぜか、歩み寄るユウセイに対して、白き花が怯えているように感じる。

白き花を前にして膝をつき、そっと手を伸ばしたユウセイは、ぎょっとして手を引っ込めた。

白き花がパッと散ってしまったのだ。

「は、花が……」

「大丈夫。気にせず続けて」

老人は、この結果は初めからわかっていたとでもいうように、平然と言う。

動揺していたユウセイは、老人に不満な目を向けてから、また次の花に手を伸ばした。

花はまた散ってしまった。

「散ってしまう。手に取れない」

「それでいいのよ。ためらっていないで、王子様、続けて。ここが終わらなければ先に進めないんだから」

花売り娘の言葉に、むっとしたが、散ろうがどうしようが花を摘むしかないらしい。

池の周囲の半分ほどの花が散って消え、ユウセイはいったん手を止めて、池とその周辺を眺めた。

ユウセイの他の三人は、どこから出したのか、座り心地の良さそうな椅子に座り、ティカップを手にして会話をしている。

彼の知らぬ間に、呑気にティータイムとしゃれ込んでいる三人を見て、ユウセイの気が緩む。

その瞬間、彼の脳裏に、この三人のように、ここでティータイムをしているマナミと自分の姿がはっきりと浮んだ。

彼を憧れの目で見つめ、もじもじしながら、おしゃべりするマナミ……

『このクッキー、わたしが焼いたの』

『へえ、マナがかい? どれどれ……』

ユウセイは、少しいびつなクッキーを指でつまみ、しげしげと見つめた。

そんな彼の様子を、マナミが息を詰めて見守っている。

あまりに真剣な瞳に、からかってやりたくなった。

クッキーを口に入れたユウセイは、一瞬まずそうに顔を歪めて見せた。

ショックを受けているマナミを見て、彼は笑いながら彼女を抱き締めた。

『冗談だよ。とっても美味しいよ、マナ』

からかわれて、ふてくされた顔をして……

その時の彼女の顔を思い浮かべながら、ユウセイは白き花に手を伸ばした。

彼の指が花びらに触れた瞬間、「ああ……」と、苦しげな悲鳴のような叫びが聞こえた。そして、池のふちに半分ほど残っていたすべての花が、一瞬にして消えてしまった。

「どう……して?」

呆気に取られていたユウセイは、肩に誰かが手を置いていて、呆然としたまま振り返った。

老人だった。

「白き花が……」

「大丈夫。いい反応ですよ。さあ、次に行きましょう」

いつの間にか、地面に膝をついていたユウセイは、老人に促されるまま立ち上がった。

「王子様、そうがっかりしないで。強い反応があればあるほどいいんだから」

そういうことなんだろうか?

ずっと求めてきた、白き花を手に取れないもどかしさに、ユウセイは唇を噛み締めた。





「ユウセイさん」

息もせず横たわっているだけのマナミを、暗い気分で見つめていたユウセイは、祖母の声に振り返った。

「アリシア」

「まだ寝ないの?」

ユウセイは、祖母に答えず、またマナミに視線を戻した。

生命を感じないマナミを見つめているのは辛くてならない。だが、それでも彼女を見ていたい。

今日一日、思い出せる場所に行っては、咲いている白き花を手に取ろうとした。だが、結局、一輪も手にできなかった。

「マナは……私を拒んでいるのでしょうか?」

「そういうことではないと、魔女様も言っておいでだったでしょう?」

「もどかしいんです。……早く助け出したいのに……どうしてマナのいる場所に、彼らは連れていってくれないのか」

「あのおふたかたは、あらゆることをご存知なの。良き結果を得るために、どうするばよいのかも……」

「そうなのかもしれません。……説明が足りないんですよ。もっと納得できるように……」

祖母が小さな声で笑い出し、ユウセイは眉を寄せてアリシアを見据えた。

「アリシア?」

「わたしもさんざん同じことを、魔女様に言ったわ。でも、説明して納得させることで、悪い影響を及ぼすこともあるというのよ。すべてのものは繋がりあっていて、うまくバランスを取る必要があるんですって……よくわからないでしょう?」

「ええ。残念ながら」

「彼らはわたし達には見えないものが見えているということなのよ。だから、私達は言われるまま素直従うことが、一番の結果に繋がるのだと思うの」

「黙って従えと」

「不服なのね。けど、今回の場合……貴方がご自分の我を通していては、良い結果は望めない。自我を押さえることが、いまはなにより必要よ。ユウセイさん、あなたはマナを取り戻すために、なんでもするのでしょう?」

祖母の最後の言葉は胸に堪えた。

ベッド脇の椅子に座っていたユウセイは、立ち上がって窓に歩み寄った。

「真夏だと言うのに……あまり暑くありませんね」

星を見つめながらユウセイは言った。

「この地域は、空気がジメジメしないから……夜は涼しいの」

「城から相当遠いのですよね。だが、私はそんなにも長旅をして、ここに来た記憶はない」

「ふふ。抜け道があるのよ。賢者様が作ってくださった道が」

その情報に、ユウセイは首を振りながら身体ごと後ろに向いた。そしてアリシアと目を合わせる。

「やはりそうでしたか。あのご老人は、凄い力をお持ちだな」

「魔女様もね」

ユウセイは、その声にびっくりして窓のほうを振り返った。なんと、開け放している窓の向こうに花売り娘がいる。

「まったく貴方ときたら、どこから現れるかわからない方ですね?」

「驚かせるのが楽しいんだもん。って……実のところは、夜空の散歩としゃれこんでただけよ。そしたらあなたたちの話し声が聞こえて……あらっ?」

話していた花売り娘が、驚いた様子で顔を左に向けた。

「どうしたんです?」

「青白い光が……あの部屋って、王子様、貴方の部屋じゃなかった?」

「光? 私は部屋の灯りなどつけていませんよ」

ユウセイはそう言ったが、花売り娘は考え込んだ様子で、何も言わない。

「見てこよう」

気になったユウセイは、踵を返し、部屋から出た。そして自分の部屋に急ぐ。

勢いよくドア開けたユウセイは、ハッとして目を見開いた。

青白い光が窓辺にある……しかも、その光は人型をしていた。

風になびくように、青白い光の髪がふわりと揺れている。

「マナ!」

思わず叫んだ途端、人型だった光は、パッと散って消えた。

ユウセイは慌てて窓に駆け寄った。

すでに光はなかったが、そこには土で作られた天使があった。

この天使……

マナミが作って、ユウセイにくれたものだ。

はにかむ彼女の頭を撫で、大切にすると伝えたのに……ここに……ずっと置き去りに……

ユウセイは、狂おしいほどの切なさを感じながら、天使をそっと取り上げた。

「マナ……。私のところに来てくれたんだね。もうすぐ君を迎えに行くから、待っていてくれ」

天使に向けて、ユウセイはやさしく語りかけた。






   
inserted by FC2 system