《シンデレラになれなくて》 番外編
 優誠birthday記念+サイト6周年記念
《シンデレラになれなくて、ふぁんたじぃだぞ》
白き花を探して
第十八話 ゼロの場所



ここは変わらず美しいな……

目の前の景色を眺め、思わず感嘆のため息をつく。

「綺麗だわねぇ」

ユウセイの隣に立つアリシアが、感慨深そうに口にし、彼に振り返ってきた。

ふたりの目が合うと、うっとりとしていたアリシアの眼差しに緊張が滲む。

「ユウセイさん」

不安そうな呼びかけに、ユウセイは微笑み返した。

大丈夫だとは言えない。それは嘘になる。

ユウセイは、祖母の不安を増長しない言葉を探した。

「行かねばなりません」

「そうね。でも。ああ……そうよね。けど……。いえ、そ、そう……」

言葉が迷子になってしまっているアリシアの肩に、ユウセイは笑いながらやさしく手をかけた。

「連れ帰りますよ。マナを」

連れ帰るというのは、おかしいかもしれないなと思う。

マナミの身体はアリシアの館に横たわっている。彼が連れ帰るのは、愛美の魂。

ユウセイは、地の精霊の住む異空間に目を向けた。

すぐ目の前に存在しているのに、別世界のようだ。

実際そうなのだろう、賢者と魔女の住む空間と同じ。

地の精霊たちは、彼を踏み込ませてくれるだろうか?

マナミの祖母であるシズネは、受け入れてくれるようだったが……

ユウセイは大きく息を吐き、賢者に顔を向けた。

何が起ころうとも、行かねばならない。

「賢者様」

老人は振り向き、頷くと前に踏み出した。

どうも、ユウセイの気持ちが固まるのを待ってくれていたらしい。

感謝の思いを抱きつつ、ユウセイは地の精霊の地に踏み入った。

味気なく感じるほど、別段変わったことはなかった。

風景は風変わりだが、踏みしめる大地に変わりはない。

老人を先頭に、四人は一列になって歩いて行った。

歩きながら、以前、マナミに連れられてここを訪れた時のことが蘇る。

小さな地の精霊たちはとても無邪気で、この地では異種の存在となるユウセイの周りを、物珍しげに跳ね回っていた。

だがいま、地の精霊たちの姿はない。

「地の精霊たちは?」

「現状を静かに見守っている」

「それは?」

「もちろん、マナミと我らを」

ユウセイが頷くと、後ろから声がかかった。

「おふたりさん、わたしたちはここらあたりで待つわ」

花売り娘が真顔で言う。それを聞いて、アリシアは「えっ?」と声を上げた。

「一緒に行っては……」

「そうだな。そのほうがよさそうだ」

老人が花売り娘に同意し、アリシアが落胆したように肩を落とす。優誠が心配で、ついてきたかったのだろうが……

祖母の身の安全のために、ここで待ってくれていたほうが、ユウセイとしても安心だ。

「ええ。なんか……」

花売り娘は、何か口にしようとして口ごもってしまう。

「ま、魔女様、何かあるんですの?」

「何かは起こりますよ。危険だということはあらかじめ聞いているのですから、アリシア」

不安そうに顔を歪めている祖母をなだめるように肩を抱きながら、ユウセイは真実を口にする。

「逆に言えば、何かが起こってくれなければ、困るのです。何も起こらないということは、マナの封印が解けないということになる」

ユウセイは魔法剣の柄に手をかけ、老人に向き直った。

「賢者様、マナのところに」

ユウセイは歩き出す前に、アリシアと花売り娘に視線を向けた。自信ありげに笑みを浮べ、すでに歩き出している老人のあとに続いた。





マナが封印されているところがどこだか知らされていないが、あそこに違いない。

ここの中央付近にある不思議な場所。

エネルギーが凝縮されたもの、地の精霊の核なのだと聞いた。
教えてくれたのは、地の精霊の長である、シュウメイ……

「賢者様、シュウメイ様は?」

「疲弊している。だが、シズネが加わったことで、いくらか楽になったはずですよ。急ぎま……」

ザン!

耳をつんざくような音がし、賢者の言葉が途切れた。

ユウセイは身の危険を察して、さっと身を交わす。

いったい?

さっと周りに目を走らせたユウセイは、ぎょっとした。

な、なんだ、これは?

土くれのような肌の巨大な像。だが、動いている。

ユウセイに襲いかかろうとしている巨大な像を、唖然として見つめてしまう。

しかも、ユウセイの周りに、また新たな像が地面から出現してきた。

あっという間に、彼は何体もの巨大な像に囲まれていた。

老人がどうなったのか不安だったが、ひとを気にかけている余裕もなかった。

ハッと喘いだ瞬間、出現した像たちが、手にしている棍棒を振り上げて向かってくる。

ユウセイは考えるより先に、魔法剣を鞘から抜き出していた。

最初の一体を魔法剣で真っ二つに切り倒したが、ユウセイは別の像の棍棒で真横に吹っ飛ばされていた。

激しい衝撃に加え、地面に叩きつけられて、一瞬息ができない。

「ぐっ、はっ、……はあっ、はあっ」

痛む脇腹を押さえ立ち上がる。

魔法剣を手放していないことにほっとし、ユウセイは目の前に突進してきた像を身軽くかわし、背中に向かって剣を振り下ろした。

切られた像は形を失い、土砂となって地面に落ちる。

ユウセイは、地面に片膝をついて、残る一体に狙いを定めようとしたが、脇腹の骨が折れたのか、ひどい痛みが走る。

「ぐはっ」

咳き込んだ途端、口の中に血の味が広がった。

ユウセイは口の中の血を吐き出し、唇を乱暴に拭うと奥歯をギリッと噛み締めた。そして、自分に向かってきている像を睨みつける。

剣の柄を握る手に力を込めて立ちあがったユウセイは、全身に力をみなぎらせ、「はあーーっ!」と叫びながら、像に突進していった。


「見事でしたよ。ユウさん」

地面に座り込み、脇腹を押さえて痛みに苦しんでいると、老人が駆け寄ってきた。

老人の真っ白だった衣服は、いまやひどく泥にまみれている。

「賢者様、あ、貴方は……大丈夫……でしたか?」

痛みを堪えながら、ユウセイは老人に尋ねた。

「ええ。……さあ、ともかく痛みを取りましょう。治癒するまではいきませんが……」

老人が脇腹に手を当ててくれた瞬間、言葉どおり痛みが軽くなった。

「やはり凄いな。貴方は、なんでもおできになるようだ」

「ユウさん、できないことは知ってるでしょう? 僕にはマナミさんを助けられなかったんですよ」

謙遜するでもなく賢者は言う。

「いまの治療も、単に痛みを取り去っただけのこと……ですが、休んでいられない。無理をしてもらうしかありませんが?」

問うように聞く。ユウセイは笑い返した。

「死ぬ覚悟で来たのですよ」

そう口にし、立ち上がる。

脇腹に違和感を感じるが、ちゃんと動けそうだ。

「ユウさん、こちらに。まっすぐは進めないようだから」

「また何かが襲ってくると?」

「ええ。予想以上でした。初めから避ければ……ユウさんが怪我を追うこともなかったのに……すみません……僕が甘かった」

申し訳なさそうに謝罪してくる老人に、ユウセイは笑った。

「貴方が謝ることは何一つありませんよ。マナを救い出せるのも、貴方と魔女様のおかげなのですから」

ユウセイの言葉に老人は険しい顔で頷く。

「救い出しましょう」

口にしながら老人は杖を振った。空間に真っ暗な穴が開く。

「少し危険だが……正面切って行くよりは楽ですから」

そう前置きし、老人はユウセイの手を痛いほど握り締め、空中に開いている真っ暗な穴の中に飛び込んだ。
手を掴まれているユウセイは、そのまま続く。

「怯みませんでしたね」

真っ暗な中、老人のこもった声がした。

浮いているのかよくわからない感覚だ。

ただひとつ確かなものは、手を掴まんでいる老人の手のぬくもり。

「怯む余裕があったと」

自分の声もこもって聞こえる。

「ここは?」

「異空間ですが……我々はゼロの場所と呼んでいます」

「ゼロの場所?」

「何もないのですよ。さあ、行きましょう。息が出来なくなる前に」

息が出来なくなる前?

「息が……」

「空間から出るまで、口を閉じて。集中しなければならない」

そう言ったあと、老人は何も言わなくなった。

手を握り合っているのだから、いるのは確かだが、真っ暗で音も聞こえないいまの状況は、この身が闇に溶け込んで、消えていくかのように感じられる。

どのくらい経ったのか、少し息苦しさを感じてきたところで老人が動いた。間を空けず、まばゆい光がさしてきた。

「目を薄く開くようにして、光に慣れてください」

言われたとおり、薄目で周囲を見回す。

大きく息を吸い込むと、緊張も解けて、楽になった。

「ここは?」

「核の中心。よかった、弾かれるかと思ったが……」

「弾かれる?」

「ええ。あれほどの攻撃を向けてきましたからね、核そのものに弾かれるのではという懸念があったんだけど……攻撃の手を生んだのは、マナミさんの負のエネルギーだけだったようです……」

「まさか、あの土の像たちを生んだのは、マナだとおっしゃるんですか?」

「マナミさんの意志は関係ありませんよ。地の精霊のエネルギーです」

「意志とエネルギーは別物だと?」

「うーん。ユウさんに理解してもらうにはどう話せばいいかな」

腕を組んだ老人を見て、ユウセイは焦りを感じた。

自分から話を振ったのではあるが……

「あの、話はあとにしたほうがよくありませんか? マナを助けに……」

「助けるために、貴方の理解が必要なのですよ。それに大丈夫、歩きながら話します」

老人は言葉どおりに歩き出し、話を続ける。

「マナミさんは人間でもあり、地の精霊でもある」

ユウセイは周りを見回しながら、相槌を打った。

薄水色でできたガラスの中にいるようだ。

複雑な形態をしていて、方向感覚が狂わされる。

老人は方向がわかるらしく、その歩みにためらいはない。

「純粋な地の精霊とは違って、人間でありながら、常に地の精霊と繋がっている。地の精霊の力はいつでもマナミさんを引っ張っているんですよ。だから、マナミさんは人間である以上、引っ張られる力に負けない力が必要なんです」

「そんな、ただ生きるのに、そんな力が必要だなんて……」

「彼女が健やかなら、なんの問題もない。大丈夫なんですよ」

そうか。つまり……

「今回、マナの心がひどく病んでしまったことで、地の精霊の力に引っ張られる力が強くなった。さらに、マナは……疲れ果て、自分から飛び込んだ。そういうことですか?」

「ええ。そういうことになった。おまけに……」

「自ら自分を封印した」

老人が黙って頷く。

マナは、自分の声を聞いてくれれば……きっと、封印を解いて出てきてくれる。

ユウセイは老人と歩みを揃え、黙々と歩いていった。






   
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