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第二十話 意に染まぬ婚礼
「マナ、私たちはどこにいるんだい?」
マナミの不安を大きくしないように、ユウセイは静かに問いかけた。
まだ助けられたわけではないようだ。ここは異空間だ。
「わたし……ユウセイさんが、地の精霊の力に吸い込まれそうになっているのを見て、引っ張り込んだの」
「引っ張り込んだ? どこに?」
「その……わたしのいたところ」
「君の?」
ということは……
「それは、君が、君自身を封印した場所だね?」
マナミはため息をつきつつ、頷く。
「そうだったのか。つまり、私は君に助けられたわけだ」
「そうじゃないわ。ユウセイさんがわたしを助けようとしてくれた」
「だが、結果的に、私は君に助けられた」
「わたしにお礼を言うのは、おかしいです。こんなことになったのは、全部わたしのせいなのに……」
「いや、私のせいだ。すべてね。反論は受けつけないよ、マナ」
ユウセイは、何か言ってこようとする愛美の唇を指先で塞いだ。
ここがどこであろうと、いま、マナミはユウセイの手の中にいる。
「大丈夫。きっと出られる」
「でも、出る方法なんて知らないんです」
「わたしが来るまで、君は一度でもここから出たいと思ったのかい?」
マナミは眉をひそめ、少し考えてから首を横に振る。
「ずっとぼおっとしていたの。……時々、ひとの声が……ユウセイさんの声も聞こえるような気がしたり……夢を見ていたこともあるけど……」
「君と私が出たいと望めば、いつでもここから出られるさ」
確信があるわけではない。そう言わなければマナミを安心させられないと思って言っただけだ。
だが、出る方法を考えるのは、もうしばらくあとでいい。
ユウセイは、マナミの頬に手を当て、瞳を覗き込んだ。愛美がハッとしてユウセイを見つめ返してくる。
「マナ」
彼は笑みを浮べ、マナミに顔を寄せていった。
パチン!
何か割れるれるような音がし、ユウセイはパチンと目を開けた。
何だ?
唐突過ぎて、頭がついてこない。
どうやらベッドに寝ているようだ。
しかも、城の自分の部屋のベッド。
ユウセイは唖然として、見慣れた天井を見つめた。
いったい……これは?
ユウセイは勢いよく起き上がった。
なんなんだ?
どうして、私は自分の部屋にいる?
マナはどこだ?
ぞっとした。
ま、まさか……すべて夢?
「どういうことだ? あのすべてが夢だったとでも言うのか?」
大声を出した途端、くらりと眩暈がした。だが、ベッドに転がってなどいられない。
そのとき、コンコンと窓を叩く音が聞こえ、ユウセイは驚いて顔を向けた。
いったい誰が?
このベランダに、人が入れるはずがないのに。
ユウセイはベッドから下たが、ひどく身体がだるい。
なんだか長いこと寝ていたような感じだ……
ユウセイは少々危なっかしい足取りで窓に歩み寄り、カーテンを開けた。
そこに立っているふたりの人物を見て目を丸くする。
「賢者様、魔女様」
ユウセイは、窓を開けてふたりを招き入れた。
「どうなっているんです? すべてが夢だなんてことはありませんよね?」
「身体はどう?」
花売り娘が笑顔で聞いてくる。
平然とした態度に、ムカッときた。
「身体? そんなことはどうでもいい!」
「ほらほら、そんな風に興奮してはいけません、ユウさん。身体に障る」
落ち着かせようとするように老人は歩み寄ってきて、ユウセイの身体にてをかけてきた。
ふれられたところがふわっと暖かくなり、それとともに気持ちが静まる
「夢じゃないわよ」
花売り娘が言い……ユウセイは花売り娘と老人と目を合わせ、安堵した。
「たったいま、私は封印されたマナミと一緒だったのです。ですがパチンと破裂したような音がして……目が開いたらここに? マナミは……マナミはどうなったのです?」
「大丈夫よ。王子様、貴方がこうして出られたんだもの」
花売り娘は楽しげに言う。
「では、彼女も出られたんですね?」
「ええ。たったいまね」
「いま?」
「苦労したわよ。貴方がたが自分たちで封印を解いて出てきてくれればいいのに、全然出てこようとしないんだもの」
全然と言われても……
「私たちは、そんなに長くは、中にいませんでしたよ」
マナミにキスしようとしていたところだったのに、その直前で……目覚めてしまったのだ。
誰かに邪魔されたとしか思えないが……
ユウセイは花売り娘の魔女様に、疑いの目を向けてしまう。
「なーに?」
花売り娘は罪のない顔で聞き返してくる。
ひどく疑わしいが……
「そうか。封印された場所と現実には、時間にズレがあったみたいだな」
考え込んでいた賢者が独り言のように言う。
「ズレが? それより、どうして私は城にいるんです?」
「魂が抜けて空っぽになった貴方を、昨日、例の船で運んできたのよ」
「昨日?」
「ええ」
ということは……賢者の言うとおり、ユウセイとマナミがあの中にいた間に、かなりの日が過ぎたらしい。
いったい、いまいつなんだ?
「王様から、もう貴方の身代わりは無理だし、連れてきてくれなきゃ困るって、言われちゃって」
「父が私の身代わりを?」
花売り娘に聞くと、「そうですよ」と賢者が返事をした。
「王様と王子様の二役をね」
賢者はくすくす笑いながら付け加える。
その様子から、父がどれほど苦労をしたかが伝わってくる。
「とにかく、それで、王様と王妃様には、貴方はただ寝ているだけだから大丈夫だって言って、ここに寝かせたわけよ」
「ユウさん、これを……割れてしまいましたが」
老人が差し出しているのは、マナミがユウセイにくれた土で作られた天使だった。半分に割れている。
「どうして?」
「これだったんですよ。貴方がたが封印されていたもの。貴方はこれを胸のポケットに入れていたのでしょう?」
確かに、入れていた。
そうか、あのとき、胸が熱くなったのは、これが……
「とにかく、封印が解けてよかったし、目覚めて良かったわ」
「では、連れて行ってください」
「連れて? どこに?」
花売り娘が戸惑ったように聞き返してきて、ユウセイは苛立った。
「もちろん、マナのところですよ」
「それなら……あっ、やってきたみたい。ケイスケ、引き揚げよ」
慌てたように言うと、花売り娘は小走りに駆けて行き、例の浴槽の小舟にぴょんと乗り込む。
老人のほうは、いったいいつの間に移動したのか、すでに船に乗り込んでいた。
「あっ、待ってください」
焦ったユウセイが叫んだときには、大小の舟は忽然と消えていた。
「くそっ」
連れて行ってもらえなかったことに苛立ち、ユウセイは何もない空に向かって叫んだ。
「ユウセイ様」
久しぶりに聞いた声だった。
振り返ってみると、トモキが部屋の中から彼を見つめている。
その表情はずいぶんと暗い。
「ユウセイ様。……すみません、声をおかけしたのですが……お返事がなく……」
いつか聞いた台詞に類似していて、笑いが込み上げる。
「どうした? 何かあったのか、トモキ?」
ユウセイの問いかけに、トモキの顔が強張る。
「トモキ?」
「ユウセイ様。そろそろ御支度を」
「支度? なんの?」
そう問い返しながらも、トモキの様子のおかしさに、眉をひそめる。
どうみても、トモキは怒りを抱いているように感じる。
「ユウセイさま、いったいなんの冗談ですか? もちろん、ユウセイ様の御婚礼の支度ですよ」
婚礼?
「は?」
「先に湯を浴びられますか? それとも、朝食を先になさいますか?」
「ちょっと待て。婚礼とはどういうことだ? だいたい相手は誰だと言うんだ?」
「いい加減にしてください。もちろんトウコ姫ですよ!」
吐き捨てるように言ったトモキは、立場を思い出したかハッとしたようだったが、顔を歪めると、くるりと背を向け、部屋から走って出て行ってしまった。
相手はトウコ? しかも、今日、婚礼の儀?
いったいこれはどういうことなんだ?
「ありえないだろう」
困惑して呟いたユウセイは、両手で頭を抱え、その場に座り込んだのだった。
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