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第二十二話 恋人の時間
「まあ、ユウセイさん、無茶をして」
叱るような呆れるような声に、ユウセイはマナミを抱き締めたまま顔を上げた。
ドアから、アリシアが出てきていた。
さらに、アリシアに続いて続々と人が出てくる。
マナミの両親と祖父とヤスコ。そして叔父であるサンジだった。
トクジが前に進み出てきた。
ユウセイは、マナミを抱き締めている手を解き、トクジに向かい合った。
「貴方が、王子であったとは……」
「騙すつもりはなかったのですが」
「いえ……娘を助けていただき、本当にありがとうございました」
「あ、ありがとうございました。殿下」
マナミの母、エイコがぎこちない動きでトクジに並び、頭を下げてきた。
ユウセイはエイコの手を軽く取り、笑みを浮かべた。
「殿下はやめてください。それより、私を貴女の息子として、認めていただけたら嬉しいのですが」
「そ、そんな……わ、わたしたちは……」
恐縮し困ったように首を振るエイコの肩を、トクジがポンポンと叩く。
「エイコ」
「あなた」
トクジはエイコに頷き、ユウセイに向いてきた。
「謝罪をさせていただきたい。我々は、娘を手放すのが嫌で、この城に……貴方に目通りさせることを拒んで……」
固い表情で謝罪を口にするトクジにアリシアが歩み寄る。
「トクジさん、貴方がたの気持ちは、ちゃんとわかっていますわ。ユウセイさんも、王も王妃もね」
アリシアは、トクジと同じように表情を硬くしているトクゾウにも笑顔で頷く。
「ええ。もちろんですよ」
サネツグがアリシアの言葉に頷き、レイナも微笑む。
「マナを大切にしますよ」
ユウセイは誓うように口にし、マナミに顔を向けた。
頬を染めたマナミは、何と言葉にしていいのかわからないでいるようだ。
「娘をお願いいたします」
エイコが頭を下げ、トクジたちも深々と頭を下げる。
「私も、貴方がたのことを、父君、母君と呼ばせていただけたら、光栄です」
ユウセイは、トクジに手を差し出し、固く手を握り合った。
トクジは笑みを浮べていたが、どうしてか少々困っているように見える。
そのときマナミが、「くすっ」と笑ったのに気づき、ユウセイは眉を上げてマナミに向いた。
「ご、ごめんなさい」
なぜ笑ったのか聞きたいのに、マナミはそれだけ言って口を閉じてしまう。
「マナ?」
「父君という呼び名は、少々……ユウセイ王子、私のことはトクジと呼んでくだされば……」
ああ、そういうことか。
ユウセイは苦笑し、「わかりました」と頷いた。
「でしたら、マナと同じように呼ばせていただこうと思います。それならば?」
ユウセイは、トクジとエイコに向けて問いかけた。
ふたりはそれぞれ顔を見合わし、苦笑しつつ頷いてきた。
そんなトクジやエイコの様子を見て、ユウセイほっとしていた。
あのときのトクジはひどい怪我をしていたが、すでに完治しているようだし、エイコも憔悴しきっていたが、あのときよりは元気に見える。
だが、ふたりの表情は、喜びに満ちてはいない。はっきりと陰りがある。
娘が無事に手元に戻り、それはもちろん嬉しかっただろうが、娘は目覚めたと同時に、嫁ぐことになってしまったのだ。
ふたりを寂しがらせないように、出来る限り里帰りさせてやろう。この城にも気兼ねなく来て貰えるように、専用の部屋を用意して……
まあ、専用の部屋については、すでに用意してあるのかもしれないが。
次にトクゾウと言葉を交わし握手をしたユウセイは、ずっと自分と話したがっているらしきサンジに顔を向けた。
サンジは苦笑いを浮かべて眉を上げた。
「勇者だと思ったら、王子様だったなんて。ある意味、詐欺だな」
「さ、サンジさん」
愉快そうに軽口をたたくサンジに、ぎょっとしたヤスコは、慌てて息子をたしなめる。
「いいのですよ。よくいらしてくださいました」
ユウセイはヤスコに声をかけて、またサンジに向いた。
「マナミは、しあわせになれるんでしょうね?」
「私の妃になるのが、不安だとでも」
「まあ、そうですね。こんな城に住むのじゃ……姪は苦労が多そうだ」
サンジの言葉で、全員の目が自分に向き、マナミがうろたえたように視線をさまよわせる。
不必要に、動揺させてほしくないのに……
ユウセイはマナミの手を取り、握り締めた。
マナミは頬を赤らめてユウセイを見上げてくる。
「サ、サンジさん」
言いたいことを言うサンジにハラハラしたらしく、ヤスコが小言のように呼びかけたが、レイナが笑ながらヤスコに歩み寄った。
「大丈夫ですわ。さあ、婚礼の時間も迫っています。マナミさんも花嫁になる支度をしなければなりませんわ」
「そ、そうですね」
ほっとしたようにヤスコが答える。
レイナとサネツグは、みんなを促し、部屋の中に戻っていく。
ユウセイは、みんなに続くと見せかけて、その場にとどまった。
ユウセイに手を握られているマナミは、みなのあとに続こうとして、戸惑い、ユウセイに顔を向けてきた。
ユウセイは、小さく首を横に振って見せた。
パチパチと瞬きし、口を開きかけたマナミに、人差し指を唇に当ててみせる。
この場から逃げようと、マナミを連れて踵を返したら、なんとまだ残っていたアリシアが、目の前に立ち塞がる。
「どこに行くつもり?」
じっと見つめられ、ユウセイは顔をしかめた。
「ほんの少しでいいんです。いますぐ、ふたりきりの時間を持ちたいのですよ」
「婚礼のあとで……まあ、色々と催しが予定されているけど……ふたりきりになれるわよ」
色々と予定されている催しは、夜中まで続きそうな気がする。
「見逃してください。お願いです。アリシア」
「ユ、ユウセイさん」
不安そうにマナミが呼びかけてきたが、ユウセイは安心させるように彼女に頷いた。
「婚礼の時間が、ほんとに迫っているのよ。貴方も部屋にひきとって、支度をしないと……」
「では三十分だけ」
必死に頼み込むユウセイに、アリシアは仕方がないと諦めてくれたようだった。
マナミを連れて歩き出そうてして、ユウセイはトウコのことを思い出した。
そうだ。みなに、私の妃になると思われているトウコ姫は、どうなるのだ?
「アリシア。あの、トウコ姫は?」
「トウコさん? もちろんトウコさんは、明日、トモキさんと結婚するわ。ユウセイさん、貴方がそう決めたんじゃなくて」
ユウセイは声を上げて笑った。
「そのとおりですよ」
安心したユウセイは、マナミを促して歩き出した。
「ユウセイさん。あの、どこに行くんですか?」
両親たちが入った部屋のほうを気にして、おろおろしながら問いかけてきたマナミに、ユウセイは顔をしかめてみせた。
「君は、私とふたりきりになりたくないのかい?」
マナミの頬がぽっと赤らむ。
「そ、そんなことは……」
「いいこと、ユウセイさん。キスは駄目よ」
言い聞かせるような声が飛んできて、さっと振り返ったユウセイは、アリシアにむっとした顔を向けた。
「ほっぺただけにしときなさい。すぐに婚礼なのだから」
まあ、仕方がないか……
ユウセイは顔を赤らめて困っているマナミを見つめた。
「もう、少ししか残っていないが……マナ、私の部屋で、恋人の時間を楽しもう」
ユウセイは、屈み込み、唇をマナミの耳元に近づけて囁きかけ、そのついでに彼女の頬に唇で触れた。
「きゃ」
小さな可愛らしい叫びに、ユウセイの胸は甘く膨らんだ。
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