《シンデレラになれなくて》 番外編
優誠birthday記念+サイト6周年記念
《シンデレラになれなくて、ふぁんたじぃだぞ》
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白き花を探して |
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第三話 正体不明
ドサッとユウセイは前のめりに倒れ込んだ。
土の地面に手をついたはずが、手のひらに触れたのは土などではなかった。
これは? ……布?
驚きに打たれて目を見張り、ユウセイは無意識に確認を取るように指先を布に滑らせた。
「あの、すみませんが……」
突然聞こえた声にハッとし、ユウセイは顔を上げた。そして、考えるより先に身をひるがえし、謎の声に対して身構えた。
目の前に、白髪の老人がいた。
危険な人物ではないようだと感じたが、ユウセイは用心したまま、相手を見据えた。
「貴殿は? ……それに……」
ユウセイは相手に問いかけ、素早く周りに視線を走らせた。
ここは……いったいどこだ?
城の裏庭にいたはずなのに……
「まあ、落ち着いて」
老人はなだめるように話しかけてきた。だが、その語り口は、かなりの違和感を覚える。
姿と言葉が合っていないというのか……
長年人生を生きてきた重みというものや、老人らしさが感じられないのだ。
「まあ、くつろいでください。あっ、すみませんが、土足でベッドに上がったままだと、掛布団が汚れてしまう。機嫌を損ねると思うんで、すぐに降りてもらえませんか?」
ベッドに片膝を立てて、臨戦態勢を取っていたユウセイは、その言葉に戸惑い、自分の足元を見て顔をしかめた。
不本意に思ったが、言われるがままベッドから下りた。
「どうもすみせん。では、お茶でもいかがです?」
のんびり言いつつ、老人は優誠に背を向ける。
「お茶などいりません。それより……」
「気持ちが落ち着きますよ。それと、椅子はこれひとつしかないんで……貴方はベッドに腰かけてもらっていいですか?」
老人は、部屋の片隅にある厨房らしきほうへと、軽い足取りで歩いてゆく。
もちろんお茶を飲む気分ではない。まるで事態がわからないし……
のらりくらりと話をはぐらかしているとしか思えない老人には苛立ちを感じたが、説明をきかないうちにここから出てゆくわけにもゆかない。
だいたい、ここはどこなのだろうか?
ユウセイは窓に目を向け、歩み寄った。外に川が流れているのが見える。そしてその向こうにはいくつもの丘と野原……
のどかな風景だ。
ユウセイは老人へと視線を回し、口を引き結んだ。
ここはどこなのか、どうして自分はこんなところにいるのかと問いただしたいが……どうせこの老人、また答えをはぐらかすのだろう。
ユウセイは無言でドアに進んで行った。そしてドアを開けた。
老人が声をかけてくるだろうと思ったのに、何も言わずにお茶の支度を続けている。
このまま、ユウセイが出てゆくかもしれないのに、どうして何も言わないのだろう?
老人を見つめて、思案したユウセイは、肩を竦め、そのまま外に出た。
ちょっとこの老人を慌てさせてやりたい。
川べりに建っている家は、少し小高い位置にある。
さほど広くない庭の向こうに、川へと下る階段があり、ユウセイはそのまま進み、階段に足をかけた。
だが、背後が気にかかり、振り向いてみた。
老人は追ってきていない。
別に、出てゆきたければ好きに出てゆけということか。
ユウセイは前を向き、階段を下りて行った。
川には澄んだ水が流れ、川辺には野花が咲いている。
そして、なんなのかわからない不思議なものまであった。
蔦でぎっとりと囲まれたドーム型のものが、半分川にせり出している。
優誠の背丈よりも三十センチは高く、幅は三メートルくらい。
いったい、これはなんなのだ?
好奇心を煽られ、ユウセイはドームに近づいて行った。
そのとき、バシンと耳をつんざくような音がした。
それと同時に爆風を受け、ユウセイはよろめきながら飛びのいた。
彼が立っていたところに、大きな穴が開き、くすぶっているかのように煙が上がっている。
い、いったい?
「いらっしゃい、王子……いえ、いまの貴方は……ただの男だわね」
気味の悪い声が頭の中で反響する。
直接頭の中に語られているような感じで、声に共鳴して頭の中に嫌な振動を呼び起こす。
「お前は……?」
頭の中の嫌な振動を、なんとか振り払いたくてならず、優誠は頭を振りながら問いかけた。
空中に真っ黒なドレスを着た女が浮かんでいた。
真っ黒な長い髪が風にたなびいている。
抜けるような白い肌、そしてさげすむような眼差し。
美しいが、好ましい美ではない。
「誰だ?」
女が顎を逸らし、右手に持っていた杖を軽くぞんざいに振った。
バシンと音がして、ユウセイのつま先近くに穴が開いた。その穴から、先ほどと同じように煙が立ち上る。
命の危機を感じて、ユウセイは一歩、二歩と後ずさった。
この女……いったい?
ユウセイは思わず腰に手を当てたが、そこに剣などさしていない。丸腰だ。
分の悪さに、ユウセイは顔をしかめながらも、敵を見据え、じりっと後ろに下がる。
周りには隠れるようなところもない。
蔦でできたドームはあるが、先ほどの攻撃から身を守ってはくれなそうだ。
いま後にしてきた家まで逃げ戻ろうにも、辿り着く前にやられてしまうに違いない。
「いいわねぇ、その顔。追い詰められた者の顔って……好きだね!」
最後の台詞を吐くように言い、また杖を振る。
ユウセイは危ういところで、攻撃から逃げた。
このままではまずい。間違いなくやられる。
「なにやってんです? 人んちの側で、やめてほしいなぁ」
ひどく不服そうな声が聞こえた。
こ、この声は、さきほどの老人?
視線を声の方に向けたいが、女の攻撃がやまない。
ユウセイをからかうように右に左に攻撃されて逃げ続け、いい加減息が上がってきた。
「助けてください!」
この窮地に、思わず助けを求めて叫んだものの、あの老人が助けになるとは思えなかった。
確実に、この女の方が力で勝っている。
「死にたいんですか?」
呆れたような老人の呼びかけに、ユウセイは苛立った。
「死にたいわけが……」
彼がそう叫び返したとき、女が慌てて川向こうへと飛び退った。
浮かび上がっていた身体が、ゆっくりと地面に降り立つ。
女と老人は、川を挟んで見つめ合っている。
先ほどの老人の言葉は、彼に向けられたものではなかったのか?
あの女に、向けたもの?
「何がしたいんです?」
老人が聞く。
まるで世間話をしているような、問いかけだ。
「いわずとも知れたこと。そこの王子の命をいただきたいのよ」
「なんのために?」
「なんのため? 理由なんてもの……いいえ、そうね、楽しいから?」
「またそんなことを、困ったひとですね」
「困ることはないわ。なんなら、楽しさを共有してもよくてよ」
「遠慮しますよ。まだこっちは話が終わっていないし……そろそろ退散してください」
「ふん。……ねぇ、ところでお師匠様はどうしたの? 役者が揃わないんじゃ、つまらないんだけど」
「まだ戻ってきてませんよ。ほら、もう行って。次にあいまみえるときは、この方も、必要なだけの力を持っていると思いますよ。楽しみにしていてください」
「確かに、いまのこいつじゃ相手にとって不足すぎ」
横柄に言った女の目が、ユウセイに向いた。
その言葉は、受け入れたくはないが真実。
プライドが軋み、それに応じただけの怒りが湧く。
「……まあ、せいぜい頑張るがいいわ」
女が右手を挙げ、ユウセイは攻撃を予想して身を固めた。
だが攻撃はなく、すっと目の前に黒いものが現れた。
な、なんだ? 船?
突如現れた黒い船は、川の流れに逆らい、川上へと滑るように進んでゆく。
流れに逆らって進むなど、有り得ないことだ。
女はいつの間にやらその船に乗り込んだようだった。
「ふふ。ひとつ王子様に言っておくことがあったわ。貴方の求めるものは、すでに私の手にあるわ」
ユウセイは眉をひそめた。
私の求めるもの?
いったい、なんのことを言っているか?
「命あるうちに、一度くらい逢わせてあげてもいいけど……間に合うかしらね」
思わせぶりに微笑む。
言われている意味がわからないユウセイは、助けを求めて老人に目を向けた。
だが老人は、もう興味も用もないとばかりに背を向け、家に戻ろうとしている。
い、いいのか?
老人は、このまま、この危険極まりない女を船とともに行かせてしまうつもりのようだ。
さらにユウセイに声もかけず、そのまま家に帰ろうとしている。
反抗心を煽られ、自分もこの場から立ち去ってやりたくなったが、ユウセイは地面を睨んで気を静め、老人の後を追うことにした。
この老人は何か知っている。そしてユウセイに話しをするつもりでいるのだ。
苛立ちに駆られてこの場を去るのは愚かだろう。
ともかく、話を聞き出そう。老人は、あの女のことも知っているようだし……
最後にもう一度黒い船に目を向けた優誠は、目を見開いた。
黒い船など、もうどこにもなかった。
あの女……いったい何者?
「ねぇ、お茶が冷めちゃいますよ」
川上を呆然と見つめていたユウセイは、その声に顔を上げ、振り返った。
「甘いものは好きですか? パイがあるんですよ。夕飯は、やっぱり僕が作るのかなぁ?」
最後はひとり言のように呟きながら、老人はまた背を向けて、庭へと続く階段を上がってゆく。
どうやら、一番正体がつかめないのは、この老人のようだった。
込み上げてきた笑みを口元にたたえ、ユウセイは老人の後についていった。
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プチあとがき
3話をお届けしました。
マナミ視点でと考えていたんですが、物語としてユウセイで進めたほうが、楽しいかなと思い直し、3話もユウセイ視点です。
ユウセイ、わけのわからない場所にやってきて、わけのわからない人物たちに驚かされてますが……
さて、続きはどうなるのか?笑
また楽しみにしてもらえたら嬉しいです♪
読んでくださってありがとう!!
fuu (2011/7/22)
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