《シンデレラになれなくて》 番外編
 優誠birthday記念+サイト6周年記念
《シンデレラになれなくて、ふぁんたじぃだぞ》
白き花を探して
第四話 わけのわからない事態


「あの女が何者か、お聞かせくださいませんか?」

家に戻り、またベッドに腰かけたユウセイは、厨房のほうでまたお茶の支度を始めた老人に問いかけた。

「そりゃあ、もうわかってると思いましたが」

老人は、手を止めず、振り返りもせず答える。

「私は、あんな女など、知りませんが」

「うーん。そういう意味じゃなくて……あのひとが貴方の敵ってことはすでに理解しているでしょう?」

確かに……突然攻撃してきたのだ。もちろん敵なのだろう。

「私が知りたいのは、あの女の正体ですよ」

「ですから、敵ですよ。貴方の」

駄目だ……この老人、まともな会話にならない。

「どうして、あの女に攻撃されなければならないんです」

「ですから。貴方の敵だから」

ユウセイは口の端をひくつかせた。

人と話していて、これほど苛ついたのは初めてかもしれない。

「攻撃される意味がわからないんですよ」

「敵だからなんですが……。あの女の残していった言葉は覚えているでしょう?」

女の口にした言葉?

そういえば……

「私の求めるものとか、言っていましたが……」

「そう、それ、それ。貴方は、取り戻すために行くんですよ、冒険に」

冒険?

「いったい何を取り戻せと? 私は知らない間に、あの女に何か大切なものを奪われたとでも?」

「奪われた……は、実のところ正解じゃないんだけど……色々あって……渡したくないし、渡されたくないしで」

ユウセイは言葉の意味を掴めず、首を傾げた。

老人は手を止め、優誠に振り返ってきた。ふたりの目が合う。

「でも、それは貴方という人物を知らないからなんです。嫌われてるわけではないから、がっかりしないで……」

老人の言葉にも、その瞳にも、妙な同情がこもっているように思えて、ユウセイは苛立った。

嫌われている? 私が? 誰に?

ユウセイはむっとして老人を見つめ返した。

「がっかりなど……」

「まあまあ、ともかく、貴方のタイムリミットは刻々と近づいている。み〜んな、気を揉んでるんですよ」

「タイムリミット?」

「ええ。貴方のお妃様を見つけださなきゃならないタイムリミットです」

ユウセイは顔をしかめた。

思い出したくないことを思い出してしまった。

「まったく、どうしてあんな法があるのか……別に幾つで結婚しようと構わないと思うのだが……」

「まあ、いまの貴方は、そう感じて当然でしょうね」

おや、ようやくこの老人と心が通じたようだ。

「ですが、未来の貴方はそう考えない」

付け加えられた言葉に、ユウセイは眉をひそめた。

「未来の私?」

「まあ、お茶を一杯どうぞ。心が落ち着きますよ」

にっこり笑って、カップを差し出してくる。

まるで、落ち着きを失くしていると言われているようで、ユウセイの苛立ちはさらに膨らんだ。

「お茶は必要ありません。ともかく、今日のところは城に帰らせていただきますよ。供の者たちを城の門の前で待たせているんですよ。今頃、やって来ない私のことを探しているはずです。すぐ戻らないと、騒ぎになってしまう」

すでになっているかも……

そう考えたユウセイは、ふいに自分がこんなところにやってきた経緯を思い出した。

そうだ。私は、わけがわからないうちに、ここに連れてこられたのだ。

それに、自然な流れで話していたが、この老人、彼が王子であることも知っている。もちろん、先ほどの危険な女もユウセイのことを知っていた。

つまり、ここにユウセイを呼び込んだのは、この老人でしかありえない。

先ほどの女の攻撃に対しても、助けてくれたとは言い難かったし……この老人、敵でないと言えるのか?

「それについては、手が打たれているようですよ」

「手が打たれてとは?」

「だから、ほら、さっきあのひとが言ったでしょう? いま現在、貴方は王子様じゃなくなってるんじゃないかなぁ」

「どういう意味です?」

「うーん、はっきりとはわからないけど……替え玉でも用意されたんじゃないかなって……」

「替え玉は? まさか、この私の?」

「はっきりとはわかりませんけど、あの言葉からいくと、そうかなと思えますね。まあ、それはそれで、城のひとたちを心配させなくて済むし、騒ぎにもならずに済むんだから、良かったじゃありませんか」

老人ときたら、晴れ晴れとした顔で明るく言う。

「そういうことじゃない。替え玉だなんて!」

憤りに駆られ、ユウセイは立ち上がった。

「まあ、落ち着いて。貴方が無事試練を終えて戻れば、何もかも元通りになるんだから」

「試練?」

「ほら、さっき言った冒険のことですよ」

ユウセイは頭を抱えた。

さっぱりわけがわからない。どうしてこんな事態に?

ユウセイは疲れを感じつつ、再びベッドに腰かけた。

「貴方は、いったい何者なんです? 私は先ほどまで城内の裏庭にいた。なのに、いまはこんなところにいる。どうしてこんなところにいるのか、はっきり教えてもらいたい」

「私は、名乗るほどたいしたもんじゃないし……貴方がここに来たのは、仕掛けられたトラップのひとつに貴方が見事嵌ったからです」

「トラップ?」

「言っときますけど、トラップを仕掛けたのは、私じゃないですよ」

「では、誰が?」

「あれれっ? 会ってないんですか?」

「トラップを仕掛けた者に、ですか?」

「ええ。数日前から遠足気分で、準備段階から、そりゃあもうすっごいはしゃぎようで。んで、さっき勇んで出かけて行ったんだけど……」

ユウセイの脳裏に、はっきりとひとりの人物の姿が浮かび上がった。

老人が言っているのは、あのおかしな花売りのことではないだろうか?

そうだ、あの花売りも、先ほどの女と同じようなことを……

「あの花売りのことですね?」

「そうそう。花売りですよ」

そういえば、あの花売り……ひどく心を惹かれる花を持ってた。

「ご老人。花売りが持っていたあの花……あの花は、この近くに咲いているんですか?」

「咲いてなんていませんよ。あれは普通の花じゃないですからね」

「作り物ということですか?」

「あれは、化身ですよ」

ユウセイは眉をひそめた。

「貴方は、目にしたあの花を頼りに、求めるものを探しにゆくのですよ」

「なぜ?」

「ほらほら、飲まないと、また冷めてしまう」

老人は、またカップを差し出してきた。

「初めてのひとには、ちょっと不思議な味だろうけど、とてもおいしいんですよ」

正直、こんなわけのわからない状況で、わけのわからない老人が居れた、わけのわからないものなど口にしたくない。それでも、礼儀としてユウセイはカップを受け取ることにした。

老人はうんうんと頷き、この部屋にひとつしかない椅子に座り込んだ。

ユウセイは、手にしているカップの中身を窺った。

色はこげ茶で澄み切っている。色合いだけなら紅茶のようだが……

用心しつつ匂いを嗅いだユウセイは、「うっ」と呻き、顔をしかめた。

「これは……刺激臭が……しますが……」

カップを遠ざけつつ、ユウセイは老人に目を向けた。老人は自分のカップを口につけて飲んでいるところで、「うん?」と言いながら目だけ向けてきた。

この老人、こんな刺激臭がする飲み物を平然と!

い、いったいどんな嗜好をしているのだ?

「ああ、そうか、最初の刺激臭が気になるんですね。それについては気にしないで。まあ飲んでみてください。一口飲めばもう大丈夫ですから」

「いや、悪いんですが……口にあわなそうだ」

「いけないなぁ。冒険者になるっていうのに、そんな風に冒険心を持たないっていうのは……」

「冒険者になどなるつもりは……」

「ですが、ならなきゃ、貴方は王子様に戻れなくなりますよ。それに、お妃様も見つけられないし、冒険者どころか、行くあてのない放浪者になってしまうんじゃないかなぁ」

「どうして、そんなことにならねばならないんです?」

「どうしてって、そう決まったから」

「誰が決めたと? 勝手に決められて、従うつもりなど……」

「この世には、そういうことが往々にしてあるものなのですよ。だいたい貴方も、王子様になろうとして王子として生まれたわけではないでしょう? 生まれたら王子様だった。それだって勝手に決められたようなものじゃありませんか」

「屁理屈ですね」

「そうかな?」

「そうですよ」

ユウセイはそう答え、小さな丸いテーブルの上に手を付けていないカップを置いた。

「私はこれで帰ります」

「無理ですよ」

「腕づくで引き止めるつもりですか?」

「いや、そんなことはしませんよ。出て行っても、疲れるだけですよ」

「それは……また先ほどの女が襲ってくると?」

「いや、あのひとはもう来ませんよ」

ユウセイはほっとした。それなら、危険もないわけだ。

だが、この老人の言うとおり、もうあの女が現れないにしても、ここから丸腰で帰るのは危険かもしれない。

「すみませんが、なにか武器はありませんか?」

「武器ありますよ」

「それでは、それを貸してもらえますか? 城に帰り着いたら、お礼の品とともに城の者に……」

「ですから、貴方は帰れませんって。冒険するしかないんですよ。いま口にした武器は、貴方が冒険に行くときにお渡しすることになってるんです」

その言葉を聞き、ユウセイは眉を上げた。

ならば、ともかく冒険に行くと言って、武器を借りるとしよう。

騙すようで申し訳ないが……この場はいたしかたない。

「わかりました。では、冒険に行にゆきましょう。武器を貸してください」

「出発は明日の朝ですよ」

そう言うと、老人は空になったらしいカップを手に立ち上がり、厨房に歩み寄ってゆく。

「まさか、今夜、ここに泊まれと?」

「はい。さてと、それじゃ僕は、そろそろ夕食作るとするかな。ねぇ貴方、味つけは、辛いもの甘いもの、どっちが好きですか?」

ユウセイは、我慢が切れた。

もういい!

先ほどの女はもう現れないというし、ここから帰るならば、さっさと出発した方がいい。

わけのわからない冒険に向かうつもりはないし、どうして、このうさん臭すぎる老人に従わねばならないのだ。

勢いよく立ち上がったユウセイは、そのまま外に出た。






   
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