《シンデレラになれなくて》 番外編
 優誠birthday記念+サイト6周年記念
《シンデレラになれなくて、ふぁんたじぃだぞ》
白き花を探して
第八話 ありかもしれない



「この剣、鞘はないんですか?」

剣の切っ先に朝日があたり、怖いような鋭い光を発しているのを見ながら、ユウセイは老人に聞いた。

「ありますよ。ほら、ちゃんと腰に提げてますよ」

ユウセイの左腰を指さしながら、老人が言う。

視線を向けると、確かに鞘が下がっていた。

「いつの間に?」

「昨日から下がってたんですよ。マントをつけてなかったから、ユウさんに見えてなかっただけで……」

そうなのか?
このマントをつけると、見えないものが見えるということなのだろうか?

外に出ると、老人はユウセイと距離を置いて立った。

「魔法の攻撃は、その剣とマントでだいたい防御できます。それと水の上にも浮けます。まあ、水の上を浮くのはバランスを取らなきゃいけなくて、こつがいるんですが……それから」

「ちょっと待ってください」

早口に説明され、ユウセイは手を上げて老人を制した。

「わかないことでもありましたか?」

「言われたことは呑み込めたと思いますが……魔法の攻撃を防御できるんですね? 昨日のあの女の魔法攻撃も、防御できるんですか?」

「防げますよ。けど衝撃は受けますから、うまくかわさないと、ふっとばされるでしょうけど」

「真正面から受けずに、かわした方がいいと言うことか」

「ええ、そう。それじゃ、その剣の使い方の基本を……」

「ちょっと待って……それから、水の上を浮けるということでしたね?」

「ええ。あとで時間があったら、練習しましょう。バランスが取れればすぐですよ。そんなものより、剣ですよ。この剣を扱えないことには話にならないから」

老人は右手をすっと差し出した。その手に光りとともに剣が現れる。

「すごいな。どこから出したんです?」

「そんなことはどうでもいいから。さあ、本気でいきますよ」

剣をユウセイに向けながら、老人は言い、さっと剣を払う。

剣から鋭い光が飛んでくる。

「剣で受けて!」

言われるままユウセイは剣を前にかかげた。

ピキーンという甲高い音とともに、光がはね返る。

攻撃を交わせたものの、少々心臓が跳ねた。

「うん、さすが」

その褒め言葉とは無関係に、まったく容赦なく攻撃が続く。

老人からの攻撃がやんだときには、ユウセイは息を荒げていた。

そのあとも、休む暇を与えられず、攻撃の訓練をやらされる。

訓練が終わった時、むかつくことに、ユウセイは汗だくで疲れ果てているというのに、老人は汗ひとつかいていなかった。

「貴方はいったい何者です?」

ユウセイは、はあはあ息を吐きながら、老人に尋ねた。

「僕は魔力に親しんでますからね。けど貴方は初めてだ。貴方に押されてたんじゃ、僕の立つ瀬がないですよ」

くすくす笑いながら老人は言い、ユウセイに歩み寄ってきた。

「このマントは、かなりの特殊品です。身に着けていればいるほど魔力が身体に馴染むはずですから」

「それなら、昨日から着ておけばよかったのかな?」

「大丈夫。側に置いておくだけでも、それなりに効果があるんです。少しずつ馴染む方が身体に負担がないはずだから、ちょうどよかったと思いますよ」

「そういう説明がほしかったですね」

ユウセイが不服のように言うと、老人は否定して首を振る。

「ここでは起こるべきことが起こるんです。頭で考えると、素直な流れを狂わせるもんです」

「なにもかもわかっているというわけですか?」

「まあ、ここは僕の空間ですから」

「それなら、昨日の魔女も……」

「いえ、あの川は違うから」

「違うとは?」

「あの川は、空間移動の道なんですよ」

老人は、にこにこ笑いながら理解できないことを言う。

「どう、練習、終わった?」

背後から花売り娘が声をかけてきて、疑問を口にしようとしていたユウセイは反射的に振り返った。

花売り娘は、なにやら両手にたくさんの荷物を持ち、歩み寄ってくる。

女性が荷物を持っていたら、男として黙って見てはいられない。

ユウセイは自分からも花売り娘に歩み寄り、手を差し出した。

「持ちましょう」

「軽いから大丈夫。ほら、行きましょう」

言葉どおり、ずいぶん軽々と荷物を持ち、花売り娘は弾むような足取りで歩いてゆく。

「ユウさん、剣を鞘に収めて。行きますよ」

老人はそう声をかけると、階段をくだってゆく花売り娘のあとに続く。

ユウセイは言われたとおり剣を収め、ふたりのあとについていった。

「おい、準備のほう、ほんとに大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まってるでしょ。ちゃんと準備したわ」

花売り娘は川下に視線を向けて答える。そっちの方向に行くのだろうか?

昨日は、この道を散々歩いてもどこにも行きつけなかったが……今日は大丈夫なのだろうか?

「こっちの方向に行けばいいんですか?」

「違う、違う。もうすぐ来るから。ちょっと待ってて」

「何が来るんです? もしや馬ですか?」

もし馬で出かけられるなら、申し分ないが……

「馬じゃないわ。あっ、来た来た」

花売り娘は嬉しげにぴょんぴょん跳ねる。

川下に視線を向けていたユウセイの目にも、こちらにやってくるものが見えた。

真っ白な船だ。こちらにぐんぐん近づいてくる。

「凝ってるなぁ」

目の前にやってきた白い船を見つめて、老人がそんな感想をもらす。

確かに、彫刻がほどこされた船は、凝ったデザインだった。

「けど、これ……小さくないか?」

そのとおり、かなり小さい。昨日、あの危険な女が乗っていた船より小さかった。

「用が足せればいいんだから、大きさなんていいでしょ」

「いや……大きさは大事だと思うぞ。乗れるのか?」

「乗れるに決まってるわよ。ほら、ユウ、乗り込んで。出発よ」

川岸から押され、川に落ちそうになってユウセイは足を踏ん張った。

「私は川に浮けないんだ。このまま押されたら落ちてしまう」

「へっ? なんだ、まだ水に浮く練習してなかったの?」

「そこまではやれてない。けど、ここは僕が手を貸しますよ。さあ、ユウさん」

老人が手を差し出してきて、ユウセイの手を取った。

すっと身体が浮き、ぎょっとしたが、焦る前に彼は老人とともに船の上にいた。

「まったく驚かされるな」

呆れたように口にしているユウセイなどお構いなく、老人は花売り娘が、ぽーんと投げてくる荷物を受け取って、船に置いて行く。

船の中は、ユウセイと老人、そして荷物でいっぱいになった。

「やっぱり、小さいぞ。お前の乗るところはないな」

岸でそんな言葉を受け取った花売り娘は、困惑している。

「そ、そんなぁ。導く者のわたしが乗らないで、どうするのよ?」

「そう言われてもな……乗るとこないし……。そうだ、お前さあ、昨日の丸太にまたがってついてきたらどうだ?」

「はあっ、馬鹿言わないでよ。操れ切れてなかったの、見て知ってるでしょ? ケイスケ、あんたがあれに乗ってよ」

「俺、丸太に乗る趣味とかない」

「わたしだってないわよ!」

岸から、噛みつくように怒鳴ってくる。

「そうなのか? なら、なんであんなもんに乗ってたんだ?」

それは、ユウセイも聞きたかった問いだ。

「箒が役に立たなかったから、とっかえひっかえ試して、ここに辿り着いた時、たまたまあれだっただけよ」

「まったく、飛ぶのだけはいつまでたってもへったくそだなぁ」

老人が困ったように首を振る。

花売り娘は、腰に手を当て、ぷーっと頬を膨らませた。

「苦手は誰だってあるわよ。それより、どうすんのよ?」

「お前に怒る権利ないと思うけど。……まあいいや、そんじゃ、あれ使うかな」

「あれって?」

老人は、視線を川岸に突き出ている風呂の建物に向けている。

「ま、まさか!」

花売り娘が、ぎょっとしたような顔をして飛び上がった。

「だ、だめっ! だめよ!」

花売り娘の叫びと、バリバリバリッという大きな破壊音が重なった。

凄まじい音に呆気に取られていると、風呂の建物が崩れてゆき、白い浴槽が姿を見せた。

「もおっ、何やってくれてんのよ」

風変わりな風呂場は、いまは瓦礫の山となっている。

昨日、快適に入らせてもらったユウセイとしては、あの風変わりな風呂場の破壊は、残念な気分だった。

「これが一番いいだろ? ほら、真っ赤な魔女さん、どうぞ」

白い浴槽は意思を持っているかのように、花売り娘の前に進んでゆき、停止した。

「こんなの嫌よっ。導く者の名に傷がつくわ」

「そんなでもないぞ。お前がそれに乗っかったら、浴槽だなんて誰も思わない。いい感じだって。ねぇ、ユウさんもそう思うでしょ?」

話を振られ、ユウセイは思わず頷いて賛同してしまった。

確かに浴槽には見えない。

真っ赤な服を着ている花売り娘が乗る船としては、ありかもしれない。

「もおっ、いいわよ。乗ればいいんでしょ、乗れば」

ぶちぶち言いながら、花売り娘は浴槽に入り込んだ。

むっとした顔の花売り娘を乗せた浴槽の船は、すーっと移動し、ユウセイたちの船の前についた。

「さあ、出発よっ」

むくれて号令をかける。

「貴方も一緒に行ってくださるんですか?」

ユウセイは、ほっとした気持ちになりながら、老人に尋ねた。この老人がいてくれれば、鬼に金棒と考えていいかもしれない。

「ええ。必要なところまで」

老人が軽く手を振り上げると、船は流れに逆らい、川上へとかなりの速度で進み始めた。

浴槽の船と花売り娘は大丈夫だろうかと不安に思いつつ見つめていると、両側の景色がおかしな感じに歪み始めた。

「ど、どうなっているんです?」

「心配ありません。空間の狭間を進んでいるだけですよ。ちょっとばかし狭いけど、目的地に着くまでリラックスしてください。訓練で喉も渇いたでしょう。お茶が飲みたいなら準備しますよ」

よっこらしょという感じで、老人は座り込む。

少々抵抗を感じないでもなかったが、ユウセイはこのおかしな状況を受け入れることにし、言葉どおりお茶の支度を始めている老人の側に座り込んだのだった。







   
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