シュガーポットに恋をひと粒



第12話 思わず本音



服、これでよかったかなぁ?

自分の着ている服を見つめて、歩佳は落ち着かない気持ちになっていた。

今日は、美晴とどこかに遊びに行くことになっていたから、遊びに行く前提で服を選んで持ってきたんだけど……

こ、子どもっぽかったかな?

ブラウスにキュロットスカート、上着は薄手のパーカー……どれもかなりデザインが可愛い感じなわけで……

社会人なのに、これはなかったかなぁ?

つい、美晴に合せようと思っちゃって……

これに決める前に、ちゃんと試着してみればよかった。

後悔を抱きつつチラリと美晴に視線を向けたら、それを感じたようで美晴がこちらに振り向いた。

歩佳と目を合わせた美晴は、何を思ったのか「うん?」と鼻の頭に皺を寄せる。

「な、何?」

ドキリとして思わず問いかけたら、「はあっ?」と怪訝そうな返事をもらった。

「それはこっちの台詞だよ。歩佳がわたしに問いかけるような目を向けてたんじゃん」

「そ、そんなことはないよ。たまたま美晴を見たら目が合っちゃっただけだもん」

「ふーん。まあ、いいや。それより、今日の服のチョイス可愛いじゃんか」

「えっ? や、やっぱり可愛すぎた?」

「はい? なんで焦ってんのよ?」

「だ、だって……可愛すぎたかなって……」

「何を言ってんの。わたしら、まだハタチだぞぉ。だいたい歩佳はおとなしめの服ばっか着てんだから、もっと派手に冒険していいと思うよ」

「えっ、それって、この服、派手に冒険してるってこと?」

「おいおい、歩佳さん、なんでひとの言葉を曲解するかね、君は」

「ごめん……似合わないんじゃないかって」

「そんなことないって。その服に合わせて、わたしゃこの服を選んだんだよ。わたしたち、いい感じのペア友ファッションじゃないかい?」

美晴は歩佳の横に並び、腕を組んでふたりの服をにやつきながら交互に見る。

「ペア友ファッションって……そんな言葉あるの?」

「いま作った」

「美晴ってば」

思わずくすくす笑ってしまう。

それにしても、可愛い雰囲気の美晴が可愛いデザインの服を着ると……これまた、小学生に見えなくも……

「ちょっと歩佳!」

「は、はいっ?」

鋭く呼ばれ、思わずぴょんと飛んで姿勢を正す。

「あんた、いま、すっごい失礼なことを考えたでしょう?」

「ええっ!」

な、なんでわかったんだろう?

「そ、そんなことは……」

「ほーら、目が泳いでる」

「ご、ごめ……」

「おや、謝るってことは、やっぱし……おっ」

こちらを疑いの目で見ていた美晴が、ドアに視線をやる。

「柊二ぃ、支度できたの?」

突然のことに、歩佳は思わず飛び上がりそうになった。

どうやら閉じないドアの隙間から柊二が通るのが見えて、美晴が呼び止めたってことのようだった。

「なあ、このドア、なんとかしたほうがいいんじゃないのか?」

十センチほど開いたドアを軽く指で押しながら、呆れ口調で柊二が言う。

「別にいいじゃん」

「……歩佳さんは、嫌だろうと思うぞ」

自分の事を持ち出され、トクンと心臓が跳ねる。

冷静に考えたらたいしたことでもないのに、いちいち大袈裟に反応する自分が恨めしいったらない。

「もう泊まっちゃったあとだし、いまさらだよ。それに……この家が解体される前に、歩佳が泊まりにくることはもうないんだもん」

その言葉は、無理に明るくしているように感じられた。

「……」

そして柊二は、言葉を返さない。

そんなふたりを見て、歩佳も胸が切なくなる。

生まれてからずっとこの家で暮らしてきたふたりにとって、いくら古くなったとしてもとても愛着があるのがひしひしと伝わってくる。

「そ、そんなことよりさ……まだちょっと時間早いけど、あんたも出掛ける準備が終わったんなら、わたしらも支度できたし、さっさと出掛けたいけど……」

「俺はいつでも」

「了解。そいじゃ、行こう歩佳」

「う、うん」

歩佳は慌てて荷物を手に取った。

「慌てなくていいって」

カラカラ笑いながら言われ、柊二の出現ですでに赤らんでいた頬がさらに赤くなってしまう。

なんとも気まずい。

あーあ、こんなふうに柊二さんの前で反応したくないのに……困るよぉ。

わたしの気持ち、あからさまじゃないよね? 大丈夫だよね?

小さく息を吸って吐き、歩佳は必死に自分を落ち着かせた。

荷物を手に、美晴に続いて外に出ようとしたら、美晴が柊二の着ている上着を掴んでぐいっと引っ張った。

「おい、何を……」

「あんた、またこれ?」

「ああ?」

「この間もこれ着てたじゃん。これしかないわけじゃないのに、なんでこればっか」

柊二は暗めのグレーのシンプルな上着を羽織っている。

歩佳からすれば、大人びた柊二さんにとっても似合って見える。

「いいだろ、別に。好きで着てんだ」

「ほら、この間、わたしとお母さんとで選んで買ってきたやつがあるじゃん。なんであれを着ないのよ?」

ははぁ、つまり美晴は、自分たちが買った上着を着て欲しいんだな。

もしや、デザインが気に入らなかったのかな? 好みじゃなかったら着たくはないだろう。

「これが羽織りやすいんだよ」

「若者が、ラクに走るなっての。あれがおしゃれでかっこいいって」

「いいよ」

「歩佳も見たいよね?」

美晴は、歩佳を味方に引き入れようと聞いてくる。

そ、それはぶっちゃけ見たいですけど……

おしゃれでかっこいい上着か……どんなのだろう?

「いいって……ほら、行こう」

柊二は上着を掴んだままの美晴の手をぐいっと引っ張って外し、また掴まれないように階段に駆けて行ってしまった。

「なんだよ、もおっ。せっかく買って来てあげたのにぃ」

「払ってくれたのは母さんだろ?」

「何言ってんの。わたしも出したっての」

「ふーん、いくら?」

階段に足を掛けた柊二はこちらに顔を向け、興味をみせて聞いてきた。

「百三十円」

柊二は階段に足をかけているというのに、コケる真似をし、歩佳はヒヤッとした。

だが、柊二はなんてことないように階段を駆け下りて行く。

あー、一瞬落ちちゃうんじゃないかって、鳥肌が立っちゃったよぉ。

「百三十円でも出したことには変わりないぞぉ!」

美晴は柊二に向けて怒鳴り、残念そうに肩を落とす。

「なんで着てくんないかなぁ」

「デザインが気に入らなかったのかな?」

「うーん……でも、似合ってたんだよ。高校生らしくて、いい感じだったの」

「そうなんだ」

「なんかさぁ、こう、背伸びをしたい年頃なのかねぇ」

「背伸び?」

「うん。大人に見られたい時期なんだろうね。まあ、思春期ってやつだな。青いよねぇ」

子どもっぽい美晴が大人びた台詞を口にするのは、なんとも似合っていないが……

それにしても……青い……か。

背伸びをしたい年頃という響きに、胸に切ないものが湧く。

どれだけ大人びて見えても、彼はまだ高校生なんだなぁって、思い知らされるというか……

「大学生だって、社会人だって着られるデザインなのに……嫌がって着たがらないってのが、自分はまだまだ子どもだという自覚があるからなんだと思わない?」

階段を下りながら、美晴が耳打ちしてくる。

歩佳は笑みを浮かべただけで返事はしなかった。

切なさの濃度が濃くなる。

階段下では柊二が下りてくるふたりを待っていて、美晴のことを面白くなさそうに見つめている。

自分のことを話しているのが、わかっているようだった。

階段を下りた美晴は、歩佳が美晴たちの母に挨拶をしている間に靴を履き、車を車庫から出しておくと言って先に飛び出て行った。

「歩佳ちゃん、その荷物重いんじゃないの? 柊二、ほら、あんた持ってあげなさい」

「あ……」

「い、いいんです。見かけより軽いので……」

「遠慮しないの、ほーら、柊二」

「あ、ああ」

柊二は気まり悪げに、歩佳のボストンバッグを受け取ろうと手を差し出してくる。

こうなると、断わるのも柊二に悪い。

歩佳は恐縮しつつ、「すみません」と小声で言いつつ手渡した。

柊二は無言で頷く。

「おばさん、お世話になりました」

「来てくれて嬉しかったわぁ。また泊まりに来て……って……次はずいぶん先のことになりそうよねぇ」

「そうですね。建て替えられた家を見せていただくのを楽しみにしています」

「ええ、ええ。歩佳ちゃん、一番に泊まりに来てちょうだいよ。新築祝いのパーティーやっちゃうから、ご馳走食べに来てよね」

「はい」

思わず笑顔で返事してしまう。

「美晴も待ってるし、歩佳さん行こうか?」

「はい。それじゃ、おばさん、ありがとうございました」

「ええ、またね」

美晴たちの母に手を振って外に出たら、ドアが閉まった途端、柊二がため息を落とした。

思わず彼の顔に視線を向けてしまう。

「あの?」

「ああ、荷物のことならいい」

歩佳が口にする前に言われてしまい、思わず苦笑いしてしまう。

「あの……さ」

「はい?」

「その……服」

服?

「ああ、美晴が言っていた上着のことですか? 好みじゃなかったんですか?」

「……いや。それじゃ……いや、まあ……そうだな」

柊二は口ごもってぼそぼそと答える。

「でも、美晴は似合うって言ってたし……色々な雰囲気のデザインを、着るようにしたらいいんじゃないですか?」

「……いや、今日は友達に会うわけだし……あれを着てったら、たぶん一日中からかわれる」

「そういうことでしたか」

つまり、そんなにもからかわれるようなデザインなのかな?

「見たかったな」

思わず本音を呟いてしまい、歩佳はハッとした。

し、しまった! 柊二さんに聞かれた!





つづく




   
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