|
第21話 違うから!
思考に混乱をきたしながら、歩佳はそーっとドアを開けた。
「あっ、こんばんはぁ」
宮平が親しげに声をかけてきた。
マジでいるし!
「あ、あの?」
そう口にしつつ、宮平の背後に立っている柊二と目を合わせる。
あわわわわ……
柊二は物凄く気まずそうな顔をしている。
なんか、彼は宮平君に無理やり連れてこられたって感じだ。
「どうしてここがわかったの?」
「こんな近所に住んでるのに。どうして教えてくれなかったんですか? 今日一日、一緒に遊んで、すでに親しくなれたと思ってたのになぁ」
宮平から拗ねたように言われ、かなり気まずかった。
「ご、ごめんなさい」
「歩佳さんが謝ることない!」
柊二が怒ったように言い、歩佳はビクッと震えた。
「こらこら柊二君。そんな大声で怒鳴ったら、歩佳さんが怯えちゃうじゃないか」
「えっ! ……い、いや、俺は別に歩佳さんを怒鳴ったつもりじゃ……」
柊二は困ったようにもごもごと言い、顔を伏せてしまった。
「でも……どうしてここがわかったの?」
その謎がどうしても気になり、もう一度同じ問いを向ける。
「遊園地に向かうのに、このアパートの前を通ったでしょう? そのときの美晴さんと歩佳さんの様子がちょっと変だったんで……それでここが歩佳さんのアパートなんじゃないかなぁって、漠然と思ったんです」
そ、それだけで?
驚きだ! 信じられない。
「それで、僕のアパートに戻ってから、柊二にそう話したら、そんなわけあるかって言うから……それじゃ、確認してみようよという話になって、やって来たというわけなんですよ」
なんか理にかなって聞える。
「吉沢って表札が、ほんとに歩佳さんであるかは、さすがにドキドキもんでしたけどね。なあ、柊二君」
「あ、ああ。あの、突然来てしまって、ごめん。それじゃ、俺たち、これで……」
柊二は急いで帰る素振りをみせるが、宮平はそれとは逆に玄関の中に一歩入ってくる。
「こっ、こら、偕成」
「歩佳さん、これから実家に帰るんですよね?」
柊二をスルーして、宮平は聞いてくる。
「え、ええ」
「恭嗣ってひと、もう来てるんですか?」
「おい、偕成。お前、いい加減にしろよ。彼女に迷惑だろ」
宮平の遠慮のなさに呆れてか、柊二は諌めるように言い、宮平の肩をむんずと掴んだ。
柊二さん、宮平君にいいように振り回されてるみたいだ。
「まだ来てないの。でも、もうすぐ九時になるし、もうやってくるとは思うんだけど……」
「そうですか。恭嗣さんがおいでになるまで、部屋に上がらせてもらうってわけには……」
「駄目に決まってるだろ!」
柊二が宮平を怒鳴りつけ、どうぞと言いそうになっていた歩佳は、驚いて口を閉じた。
「女のひとのひとり暮らしの部屋に、男ふたりで上がり込むなんて、非常識だろ。しかもこんな遅くに」
そ、その通りかも。いくら美晴の弟とその友達でも……
「ふむ。でっかいほうは道理をよく弁えているな」
よく知った声が聞こえ、歩佳はハッとして視線を向けた。
柊二の背後に、恭嗣がぬっと現れた。
柊二も背の高いほうだが、恭嗣はさらに背が高い。
「恭嗣さん」
「歩佳君、彼らは?」
恭嗣はふたりを見下ろして尋ねてくる。
宮平は自分よりはるかに大きな恭嗣を、目を丸くして見上げている。柊二のほうは無表情だ。
「あっ、はい。美晴の弟さんと、弟さんのお友達です」
「そうか」
恭嗣は、宮平を見下ろして、納得した顔をする。
「初めまして。宮平偕成です」
「宮平? ああ、そうだったかな……偕成君、私は国見恭嗣だ。よろしくな」
そう答えた恭嗣は、宮平が気に入ったのか、口元に笑みを浮かべ、宮平の頭を小さな子どもにするようによしよしと撫でた。
ゆ、恭嗣さんってば!
さすがに高校生の男の子の頭を撫でるとか……
宮平の反応が気になってチラリと顔を確認してみる。
あ……なんだか、顔が固まってる?
ショックを受けたんじゃないよね?
宮平の様子には気づかぬようで、恭嗣は次に柊二に向いた。
「君はずいぶん大きいな」
「あっ、はい。あの……初めまして。俺は逢坂柊二と言います。こんな夜分に歩佳さんのお宅にお邪魔してすみません」
「ああ、いいさ」
へっ、いいんだ?
ちょっと拍子抜けだ。
こんな夜中に男性の訪問を受けてることで、厳しく説教されるんじゃないかと思ったのに……
「遊園地から、みんなで君の家にやってきたのだな?」
えっ? 恭嗣さん、そんな風に勘違いしちゃったのか?
「それで、ちっこいのはどこにいるんだ?」
その言葉に宮平が「ちっこいの?」とおうむ返しに口にした。
「君は、ちっこいのの弟だろ? 姉弟して小学生のようだが、生きにくくはないか?」
恭嗣は、宮平を見つめてそう口にし、きょとんとした宮平の肩に、そのがっしりとした手を置いた。
「は、はい?」
「いや、君のほうは……まだ成長過程か? 成長のとまってしまった姉とは違い、君はまだまだ伸びる可能性がある」
宮平に向けて、にっこりと笑いかけておいでだが……
ちょ、ちょっと待ってぇ~。
恭嗣さん、身長で勝手に解釈してるけど、違うからっ!
「恭嗣さん、違いますよ」
「うん? 違うって?」
「美晴の弟は、こちらの柊二さんです」
歩佳は柊二に向けて手を振り、真実を告げた。
すると、珍しく恭嗣がぽかんとした。
さらに、宮平と柊二を交互に見て、眉間に深い縦皺を刻む。
「ああ、僕のほうが身長が低いから、誤解させてしまったんですね。僕の身長が低いから……」
にこにこ顔で口にしていた宮平の顔が、徐々にくしゃりと歪んでいく。
ええっ?
「ぼ、僕の身長が低いから……僕の身長が……」
宮平はまるで呪文のように言葉を続ける。
ちょっと尋常ではなさそうな……?
「すみません。身長は、こいつの急所なんで……」
「急所とか言うなぁ! 僕はまだ成長するんだぞ。これで終わりじゃないんだぞ。たとえこの三ヶ月、一ミリも身長が伸びていないとしてもだ!」
「わかってるわかってる。ほらほら、偕成、落ち着けって」
柊二は、我が子のように宮平をなだめる。
「僕は誰より落ち着いているぞっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶさまは、どうみても子どもだ。
神っぽかったのに……まさかのまさかな宮平君の一面だ。
「ふーむ。本当にこっちの背の高いほうが、あのちっこいのの弟なのか? 実に興味深い。世の中というのは、えてして不思議なものであるな」
癇癪を起こしている宮平を慰めている柊二を眺めつつ、恭嗣はひたすら感心している。
なんなの、この状況?
歩佳は頭を抱えたのだった。
つづく
|