シュガーポットに恋をひと粒



第34話 なぜかウインク



「あの、主役の柊二さんは、ここに、どうぞ」

歩佳は息せき切るように、ホールのケーキを置いた席を柊二に勧めた。

恭嗣が主導権を握って場を仕切り始める前にと、ちょっと焦ってしまったのだ。

だって、恭嗣さんが仕切ったら、バースディパーティーの雰囲気が、おかしな方向にズレる気がするんだもの。

柊二は照れくさいのか、少し躊躇している。

それを見た宮平が、柊二の肩に手を置き、座るように促してくれた。

柊二が座ってくれ、ほっとしたところで、すでに恭嗣が柊二の真正面に座り込んでいるのに気づく。

その位置に恭嗣が座ってくれ、歩佳はちょっと嬉しかった。

だって、それ以外の席であれば、柊二との位置が自然と近くなる。

歩佳はそのあと、勇気を出して柊二の側に座ろうとしたが、彼女より先に、美晴が座ってしまった。

……。

「ほら、歩佳も」

美晴は自分の隣をトントンと手のひらで叩きつつ、歩佳に座るように急かす。

「う、うん」

ちょっぴり残念な思いを抱えつつ、歩佳も座った。

すると、宮平が場を仕切り始めた。

「それでは、これより柊二君の誕生日パーティーを始めたいと思います」

場を仕切るに違いないと思っていたけど、恭嗣には元々そんな気はなかったようだ。

彼は宮平の仕切りに頷きつつ、拍手している。

歩佳は意外に思いながら、みんなと一緒に拍手した。

「参ったな」

柊二が頬を染めて、また呟く。

そこで宮平がなにやら取り出した。

えっ、さっそくプレゼント? と思ったが、そうじゃなかった。

はい? タ、タンバリン?

なんと彼は、それを歩佳に差し出してくる。歩佳は戸惑いながらも受け取った。

宮平は、美晴と恭嗣にはカスタネットを渡した。そして自分はトライアングルだ。

トライアングルって……

笑いが込み上げてくる。

宮平君ってば、こんなもの、どこから調達したんだろう?

まさか自前?

わたし、トライアングルなんて、中学校の音楽の授業以来かも。

「では、みなさん声を合わせて、せーの」

宮平はみんなを指揮し、チンチンチンと楽しそうにトライアングルを鳴らし始めた。

それに合わせて恭嗣がカスタネットを鳴らすと、美晴もケラケラ笑いながらカスタネットを叩き始めた。

もちろん歩佳も、みんなに合せてタンバリンを叩いた。

「ハッピバースディツーユー♪ ハッピバースディツーユー……」

照れくさがる者はなく、楽しげな歌声は弾むような楽器の音とともに部屋に響き渡った。

「柊二君、おめでとう!」

「柊二、お誕生日おめでとう」

「おめでとう」

「お誕生日おめでとう。柊二さん」

みんなのお祝の言葉に紛れて、歩佳もお祝いを言わせてもらった。

それが物凄ーく嬉しいわけで……

まさか本当に、柊二さんの誕生日のお祝いができるなんて、もう夢みたいだ。

嬉しすぎて、心臓がバクバクする。

「それでは、ケーキのろうそくに火をつけてぇ」

宮平がそう言うと、スチャッとばかりに恭嗣がチャッカマンを取り出した。そして、手際よくろうそくに灯をともし始める。

なんだか恭嗣さん、宮平君の部下みたい。

どこでも表に立って場を仕切るひとなんだろうと思っていたので、意外だった。

ちゃんと場をわきまえるひとだったんだなぁ。

ちょっと見直したかも。

ろうそくに灯をともしている恭嗣の顔を見つめていた歩佳は、なんとなく視線を感じて振り返ってみた。

柊二とばっちり目が合い、心臓が跳ねる。

わわっ!

慌ててしまったせいで、さっと視線を逸らしてしまい、後悔する。

うわーっ、いまの反応は感じがよくなかったかも。

そう思うが、いまさら顔を戻せない。

あーん、わたしのバカバカバカ……

心の中で自分の頭を叩きつつ、ろうそくの炎を見つめていたら、「歩佳君」と恭嗣に呼びかけられた。

「な、なんですか?」

「もちろん電気を消さねばならないだろう」

そ、それはそうだ。

気づかなかった自分に、頬が燃えてしまう。

歩佳は急いで立ち上がり、部屋の電気を消した。

暗い中で、ろうそくの炎がゆらゆら揺れる。

歩佳はまた急いで自分の席に戻った。

「では、柊二君、どうぞぉ」

宮平が炎を吹き消すように促すと、ケーキを見つめていた柊二は、困ったような表情でみんなに向く。

「ケーキの炎を吹き消すとか……なんか、すっげぇ、照れくさいんだけど……」

「あはは」

美晴が笑ったところで、カメラのストロボが光った。

宮平がデジカメで写真を撮ったのだ。

きゃーっ、宮平君、デジカメ用意してくれてたんだ。

わたしにも、あとで写真をくれるかなぁ?

「偕成」

歩佳は喜んだが柊二は嬉しくなかったようで、不機嫌そう宮平に呼びかける。

「まあまあ。年に一度の誕生日だよ。細かいこと言わずに、ほら、吹き消して」

「そうだぞ柊二君。早くしてくれ。せっかくのご馳走が冷めてしまう」

それまで黙っていた恭嗣が意見するように言うと、柊二は料理を眺めてから、なぜか歩佳を見てきた。

「あの、歩佳さん、これだけのもの準備するのは大変だったろう? ありがとう」

改まった顔でお礼を言われ、焦った歩佳は「そんなこと」と頬を染めて顔の前で手を振った。

柊二はケーキに向き、「それじゃ」と口にして、ろうそくを吹き消した。

わーっと場が湧き、宮平がトライアングルをチンチンチンとかき鳴らす。

それに合わせて、みんなも自分の楽器を鳴らした。

歩佳のタンバリンが、一番大きな音を立てていたかもしれない。

すると、突然明かりが点いた。

明かりをつけたのは恭嗣だった。

ほんと要所要所でお役に立つ方だ。

そんなことを思い、歩佳は席に戻ってくる恭嗣を眺めて笑った。

それから恭嗣の手料理を、みんなでいただいた。

どれもこれも悔しいほどに美味しい。

「うまいな」

みんなのおしゃべりに交じって、柊二がそう言ったのが聞こえた。

歩佳は柊二に向くと、お礼を込めた頷きをもらってしまった。

こ、これって?

柊二さん、この料理はわたしが作ったと思ってるよね?

ど、どうしよう?

どのみちバレるのに……このままわたしの手料理だと思われてたら、バレたときに恥ずかしいよぉ。


さっさと真実を伝えたほうが……

「それにしても、歩佳さん、まだお若いのに、こんなに料理が得意だなんて驚きましたよ。凄いですね」

宮平の褒め言葉に、歩佳は笑顔のまま凍り付いた。

みっ、宮平君、違うからっ!

これは恭嗣さんが作った物で……わたしの料理の腕前では、とても作れない代物なんですぅ。

このままじゃ、駄目だ。
早く本当のことを告げないと。

「あ、あのね」

「本当だよ。歩佳はお料理上手だよねぇ」

えっ?

美晴の発言に驚かされ、歩佳は美晴を振り返った。

なぜかパチンとウインクしてくる。

美晴、な、なんで?

恭嗣を見ると、彼はうまそうに自分の作った料理を食べている。

これって、どういうこと?

よくわからないが、ことはうやむやにされたまま、楽しいおしゃべりとともにパーティーは進んだのだった。





つづく




   
inserted by FC2 system