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第40話 おにぎり三つ
うーん、わたしはどうすべきなのかなぁ?
朝起きてからずっと、歩佳はベッドに寝そべったまま、腕を組んで悩み続けていた。
今日は土曜日で、美晴と柊二の引っ越しの日だ。
そして、ふたりの監督者を名乗り出た恭嗣が逢坂家に出向き、ふたりの両親に挨拶することになっちゃってるのだ。
柊二さんのご迷惑にならぬよう、わたしは、恭嗣さんを思いとどまらせるべきではないのかな?
けど、あの恭嗣さんだ、わたしの説得などに、耳をお貸しになられたりはするまい。
結果は目に見えていても、わたしの気持ちとして、もう一度説得してみるかなぁ。
そう決めて、歩佳は起き上った。
今度は、朝食に何を食べようかと悩みつつ、洗面をすませてキッチンに行く。
食パンがあと二枚残ってるし、ここはサンドイッチか、普通にトーストでもいいよね。
目玉焼きを作って、パンに載せちゃうか?
頭の中で朝食メニューを決定し、歩佳は一週間前の柊二との偶然の出会いを思い浮かべる。
まさか、公園で会えるとは思わなかったな。散歩にも誘って貰えたし。
もう、最高にドキドキしたけど、しあわせだったなぁ。
にまにましっぱなしで、歩佳はトーストを焼き、目玉焼きを作り、紅茶を淹れた。
もう、この一週間、あの朝のことを思い返して、にまにましちゃってたんだよね。
わたしって、ほんと単純だよね。てへへ。
ひとり照れて笑っていたら、電話がかかってきた。
出てみたら、恭嗣様からだ。
「おはようございます。巡査殿」
歩佳は答えつつ、ビシッと敬礼する。
「なんだ? 朝からずいぶんご機嫌だな。何があったんだ?」
「教えませーん」
にやつきつつ、そんな返事をする。
「八時半に迎えに行く。時間厳守だ。支度をして待っているように」
居丈高な命令のあと、電話はあっさり切れた。
ちぇっ。なんか面白くないな。
しあわせいっぱいで、教えませーんなんて答えたんだから、もっと興味を持って突っ込んでくれるかと思ったのに……
もちろん、口にはできないんだけど。
やっぱり恭嗣さん、一枚も二枚も上手なんだよねぇ。
わたしの考えてることなんて、すべてお見通しみたいなんだもん。なんかヤダ!
歩佳はプリプリしつつ、朝食を始める。
ひと口、ふた口とトーストをかじり、そこでにまにましてしまう。
今日から、美晴がここに住むんだよねぇ。
これからはふたり暮らし、美晴と一緒にご飯が食べられるんだなぁ。
美晴に使ってもらう部屋は綺麗に片づけたし、靴箱とか洗面所などにも、美晴用のスペースを作った。
美晴が引っ越してくるんだし、お昼はおソバがいいのかな?
朝食を終えた歩佳は、出掛ける支度に取りかかった。
柊二さんに会うのだから、それなりに可愛くしていきたい。
けど、今日は引っ越しなんだから、そんなに洒落てもね。
そこそこ、動きやすそうな服がいいよね。
スカートはもちろん却下。ジーンズとトレーナーとかかな?
靴もスニーカーにしとこう。
スニーカーと頭に浮かび、柊二にあげたプレゼントのことを思い出す。
柊二さん、あのスニーカー、気に入ってくれたのかな?
履いているところが見られたら嬉しいんだけどなぁ。
そのあと、ジーンズとトレーナーと決めたものの、服選びにけっこうな時間がかかり、支度を終えられたのは恭嗣がやってくる時間ぎりぎりという有様だった。
「恭嗣さん。おはようございま~す」
「うむ。合格だ」
歩佳の全身を眺め、そんなお言葉を賜る。
「ちゃんとわかってますよ。今日は引っ越しなんですからね」
「たいして役には立たないだろうが、その心意気だけは認めよう」
「巡査殿、失礼ですよ。わたしは役に立ちますよ」
「冗談だ。本気でぷりぷりするあたり、君もまだまだだな」
「冗談?」
疑わしげに言うと、恭嗣は笑い、歩佳を促がして駐車場へと歩いて行く。
そこにはトラックが止められていた。
「えっ、このトラックどうしたんですか?」
「借りたに決まっているだろう。引っ越しを手伝うんだからな」
「へ、へーっ」
そうだったのか。監督役の名乗りを上げるだけかと……
もちろん、わたしは残って引っ越しを手伝わせてもらうつもりだったんだけど。
歩佳は、トラックに乗り込むことになり、すぐに出発と相成った。
逢坂家の住所はすでにカーナビに登録されていて、迷うことなく到着してしまった。
車だと、ほんと早いよねぇ。
感心していると、恭嗣が車から降りて行こうとする。それを見て、歩佳は焦って止めた。
「恭嗣さん、まだ九時ですよ。こんな早くに来ちゃって、迷惑かも知れませんよ」
「何を言っている。私は午前中しか空いていないんだぞ。ご挨拶をして、ふたりの荷物を積み込み、君のアパートに引き返す。ふたりの荷物を、それぞれ運び入れるところまで、十一時半に終えるのが望ましい」
「十二時には、次の予定が入ってるんですか?」
「正確には一時だ。昼飯を食う必要があるからな。君、作って食べさせてくれるのだろう?」
「おソバですか?」
「ソバならば、おにぎりを三つほどつけてくれ」
「わかりました、巡査殿」
スチャッと、敬礼して応じる。
話が終わり、ふたりが車から降りていたら、逢坂家の一家が全員出てきた。
柊二の姿を目にした途端、歩佳の心臓は勝手に鼓動を速め始めるのだった。
つづく
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