シュガーポットに恋をひと粒



47 動揺丸出し



ドキドキしつぱなしの贅沢な疲れを感じつつも、非常に楽しい夕べを過ごした歩佳は、そろそろ美晴と帰ることになった。

すでに十時を回っている。

玄関を出ようとすると、柊二も靴を履き、ふたりの後から出てきた。

「あら、あんた、もしや見送ってくれるわけ?」

美晴は弟をからかうように言う。

「ああ、暗い道を女ふたりで歩かせらんないからな。送ってく」

えっ? 柊二さん、わたしのアパートまで送ってくれるの?

「まだ十時だよ」

「もう十時だ。ほら姉貴、ごたごた言ってないで、行くぞ」

柊二はふたりを急かし、歩き出す。

美晴とふたりなんだし、ボディーガードが必要な距離じゃないけど……柊二さんに送ってもらえるのは、わたしとしては超嬉しい。

しかも、柊二は歩佳の隣を歩いている。

好きな人と肩を並べているこの状況に、切ない感じで胸がきゅんきゅんする。

「歩佳さん」

喜びを噛み締めていたら、柊二が呼びかけてきた。
なにやら、彼は思案顔だ。

「は、はい?」

「ボードゲーム、もしかして面白くなかった?」

突然そんなことを聞かれ、歩佳はびっくりした。

「えっ? そ、そんなことないです。とっても面白かったです」

「負けて悔しくないのは、ゲームそのものを楽しめてなかったからじゃないのか?」

「そ、そんなこと……」

柊二の言葉に動揺してしまい、思うように返事が出来ずにいたら、美晴が「確かにね」と口を挟んできて、歩佳は黙り込むしかなかった。

「前にみんなとトランプしたときは、普通に負けて悔しがってたもんね、歩佳」

み、美晴ってば! そんな風に言ったら!

「やっぱそうか。やりたくなかったなら、そう言ってほしかったな。楽しめない奴がいたら、こっちも楽しくないし」

おかしな風に誤解されてしまい、歩佳は胸が苦しくなってきた。

柊二さん、わたしが楽しんでないと思って、自分は楽しめなかったの?

「柊二。そんな風に言ったら、みんなに気を遣った歩佳が可哀想じゃん」

美晴は庇うように言ってくれたが……逆にへこんでしまう。

「えっ? 可哀想? 俺、そんなつもりで言ったんじゃ……」

落ち込んでしまっていたら、そんな歩佳を見て、柊二は困ったようだ。

「ただ、楽しめないゲームに長々と付き合わせてしまって、申し訳なかったなって、そう思っただけで」

柊二さんには、わたしは楽しんでいないように見えたの?

わたし、すっごい楽しんでたのに……

誤解されている状況に、泣きたいと同時に腹が立ってきた。

「わたし!」

腹立ちのまま叫んだら、ふたりが歩佳に注目してきた。

言葉が消えそうになるが、なんとか踏ん張る。

このまま、誤解されたままでいたくない。

「楽しいふりなんてしてないですから。負けても悔しくなかったけど、だからって、楽しくなかったわけじゃないもの」

一気に捲し立てたら、ふたりはびっくり顔で歩佳を見ている。

歩佳は途端に恥ずかしくなった。

「ご、ごめん。……でも、ふたりとも勝手に誤解してるから……」

俯いてぼそぼそ言ったら、美晴に肩を叩かれた。

「ごめんごめん。確かに勝手に決めつけちゃってたね。ほら、柊二、あんたも謝んな」

「う……うん。歩佳さん、その……ごめん。でも、ほんとに楽しかったのか?」

柊二はどうしても納得できないようで、重ねて聞いてくる。

「ほんとに楽しかったです!」

歩佳はきっぱり言ったが、彼はまだ疑っている顔だ。

「柊二さんって、疑い深いんですね?」

少し怒って言ったら、柊二がちょっと引いたように思えた。

えっ? いまの、言葉がきつかった?

まさか、傷つけちゃった?

「あ、あの……」

「ほらほら、もうアパートに着いたよ。柊二、ご苦労様」

「あ、うん。それじゃ……」

柊二は踵を返して、そのまま引き返そうとする。

ええっ? このまま帰っちゃうの?

「しゅ、柊二さん!」

焦ってしまい、歩佳は思わず彼を呼び止めていた。

「歩佳、こいつのこと、そんなに気にしなくていいよ。ほら、部屋に入ろう」

美晴は、自分の弟だから簡単に言うけど、わたしとしては、柊二さんのことを気にしないなんてわけにはいかないんだよぉ。

歩佳は迷いつつ、ポケットから鍵を取り出し、美晴に手渡した。

「先に入ってていいよ」

「謝る必要ないと思うけどねぇ」

「姉貴、うるさい」

「ほーら、こんな生意気な奴なのよ。もう、そこそこにしとけばいいからね。あっ、歩佳。わたし、先にお風呂入っちゃってもいい?」

「うん、いいよ」

「ありがとう」

美晴は玄関を開け、さっさといなくなった。

歩佳は、改めて柊二に向き直った。

「疑い深いなんて言っちゃって、ごめんなさい」

「いや……その通りだったんだから、謝らなくていい」

そのやりとりのあと、互いに黙り込んでしまう。

静けさが気まずい。

引き止めちゃったものの、これ以上、どう取り成せばいいんだろう?

「楽しんで欲しかったんだ」

柊二が、困ったように言う。

わたしがゲームを楽しんでいなかったと思っての発言で……

つまり、柊二さんのやさしさなんだよね。

けど、それは誤解なわけで……

「けど、ほんとに楽しかったから」

繰り返しになっちゃうけど、歩佳としてはそう言うしかない。

「負けて悔しがらなかったから、信じてもらえないみたいですけど……」

なんとか言葉を探し、さらに付け加えたら、柊二が痛そうな顔をする。

「あのさ……」

「は、はい」

今度は彼は何を言うのかと、身構えて返事をしたら……

「俺、ちょっと腹を立ててたみたいだ」

「えっ?」

「ごめん」

「はい?」

なんで急に謝られたんだ?

いや、それより……

「あの、わたしが何か怒らせたってことです……よね?」

「いや……口を滑らせて、言わなくていいこと言った。ごめん」

「でも、怒らせ……」

気になって、さらに追及しようとしたら、唇に柊二の指が一瞬触れた。

驚いて、目を見開いてしまう。

「誤解してごめん。あのさ……もうこの話はこれで終わりにしたい。頼む」

真顔で頼み込まれ、思わずこくりと頷いてしまった。

すると柊二がふっと笑みを浮かべた。

その笑みに、歩佳はたやすく心臓を打ち抜かれる。

「それじゃ、歩佳さん、おやすみ」

「お、おやすみなさい」

柊二は軽く手を振り、背を向けるとあっという間に駆け去ってしまった。

彼を見送り、歩佳はぼうっとしたままアパートに入った。

玄関に佇み、我知らず唇に指で触れてしまう。

唇に、柊二さんの指が触れた……

かーっと顔が熱くなったところで、美晴が自分の部屋から出てきた。

「歩佳、どったの?」

「ど、どうもしてないよ! まったく、ぜんぜん!」

そんな動揺丸出しの言葉を吐き、歩佳は慌てて自分の部屋に逃げ込んだのだった。





つづく




   
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