シュガーポットに恋をひと粒



55 焼きました



仕事が終わりに近づき、歩佳は焦って仕事を片付けた。

なんとか終わらせて、時間を確認したら、すでに十五分ほど過ぎてしまっていた。

も、もう、こんな時間⁉

柊二さんと宮平君、わたしのことを待ってくれてるかもしれないのに……

昨日一昨日も、歩佳が定時に仕事を終えて駅まで歩いている間に、ふたりは自転車で通りかかったのだから、すでにバイトは終えているはず。

十五分も過ぎてしまって……

わたしが見つからなくて、心配させてしまってるんじゃないかな?

そうだ、メールした方がいいよね?

そう思ってメールを打とうとしたものの、待っているわけではなかったら、恥ずかしいメールになってしまう。

心配しているとしたら、向こうからメールなり電話なりくれそうなものだし……

あっ、でも、わたしがまだ仕事してるかもしれないと思って、遠慮してる可能性も、無きにしも非ずよね。

ううっ、ど、どうしよう?

メールしたほうがいい、しないほうがいい?

さんざん迷った歩佳は、やはりメールは打てないと結論を出した。

ならば、とにかく急いだほうがいいと、帰り支度をし、そそくさと席を立った。

職場には、まだ数人残っていたが、みな仕事に集中しているようなので、歩佳は邪魔にならないように静かにその場を後にした。

もしかすると、昨日のクレープ屋さんの辺りで待っていてくれるかも?

付きまとわれて困らされた郷野さんは、あれきり顔を見ていないし、もう心配はいらなそうなのよね。

柊二にも宮平にも、そのことは昨日伝えた。

でも、もしかしたら、待っていてくれてるかもしれないし、待っていてくれてるとしたら、少しでも早く行かないと……

会社から飛び出た歩佳は、そのままクレープ屋さんを目指して走った。

後ろから自転車がやって来たりはしないかと、背後も気にしつつ、クレープ屋さんまでやってきたが、お店は休みで、テーブルも椅子も片付けられていた。

な、なんだ。今日は定休日だったんだ。

どっちにしろ、柊二さんも宮平君もいないわけだし……

わたし、いっぱい期待して、勝手に気にして……馬鹿みたい。

全身の力が抜けてしまう。

はあっ、と疲れた息を吐き、歩佳は駅に向かってとぼとぼと歩き出した。

昨日、美晴に、柊二さんが好きだってことバレちゃって、美晴は今朝も普通だったけど……なんかやっぱり、ちょっぴり気まずかった。

バレない方がよかったよね。けど、バレてほっとした気持ちもあるかな?

駅に着き、改札口に向かおうとした歩佳は、ハッとして足を止めた。

柊二さんだ!

昨日とはまた違う、シックなスーツ姿で、駅の構内を歩いてる。

自転車はどうしたんだろう?

そんなことを思いつつも、彼を見つけられたことが嬉しくて、すぐさま駆け寄ろうとした歩佳だが、柊二がひとりではないことに気づいてドキリとし、慌てて足を止めた。

嘘! 高校の学生服を着た女の子たちと一緒だ。

女の子たちは楽しそうに柊二にしゃべりかけていて、見たところ、とても仲が良さそうだ。

あの制服、確か柊二さんと同じ学校のだ。

クラスメイトとかかな?

ううん、それよりもっと親しい間柄みたいだ。

わ、わたし……

胸がずきりと痛み、歩佳はよろめいて一歩後ろに下がった。

辺りには学生やら会社帰りの人など、沢山のひとが行きかっている。

こんなにも混み合っているのに、わたしってば、どうして柊二さんに気づいちゃったんだろう?

気づかなきゃよかった。

唇をきつく噛み、歩佳は踵を返した。

そしてすぐさまこの場から逃げ出そうとして、改札口に向かって走り出した。

「歩佳!」

心臓が跳ねた。

い、いま、わたしを呼んだのって?

後ろに振り向こうとしそうになり、歩佳は慌ててやめた。

いま、柊二さんには会えない。

わたし、いま、物凄く嫌な顔してるし、きっとそれをやめられない。

同世代の女の子と楽しそうにしている柊二さんなんて見たくない。

胸がつぶれちゃうよ。

柊二の呼びかけなど聞こえなかったふりをして、改札を抜けようとしたが、まだ定期券を出していなかった。

改札を前にして立ち止まるしかなく、歩佳はバッグの中を必死にあさった。

混んでいる時間だから、立ち止まった歩佳の後ろには改札を通ろうとする人達の行列ができつつある。

それに気づいた歩佳は、さらに焦り、仕方なく脇に避けた。

ようやく定期券を探し当てて、ほっとした瞬間、歩佳は腕を掴まれた。

ぎょっとして顔を上げたら、やはり柊二だった。

な、なんで?

わたしのことなんて、ほっといてくれればいいのに……

「けっこう大きな声で呼びかけたんだけど、気づかなかった?」

「……ごっ、ごめんなさい」

「このひと、彼女なんですか?」

先ほど柊二と一緒にいた女の子たちもついてきていて、柊二に話しかけた。

「ああ。行こう、歩佳」

柊二はそっけなく言い、歩佳の腕を引っ張って足早に歩き出した。

改札からどんどん離れてしまう。

「あ、わ、わたし、電車に」

「ごめん。もう少しこのまま」

「あ、あの子たち、知ってる子なんでしょう?」

「いや、知らない。けど、この姿で駅の構内をうろついてた
ら、呼びかけられたんだ。逢坂先輩って……」

後輩だったんだ。
けど、柊二さんはあの子たちのこと、知らなかったんだ。

「なんでスーツなんか着てるんですかって聞かれて、人違い
だって言ったら、似すぎてる、絶対逢坂先輩でしょうって言い張られて……まあ、実際そうなんだけど。とにかくしつこくて、振り切れずに困ってたんだ」

「まあ」

「そしたら歩佳さんが改札口を抜けようとしてるのに気づいて、すっげえ慌てた」

そういうことだったのか。

なのに、わたしってば……

柊二さんが同じ学校の子と楽しそうにしてると思っちゃって……

めちゃくちゃ焼きもち焼いちゃったよ。

は、恥ずかしい!





つづく




   
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