シュガーポットに恋をひと粒



第7話 足音にドキドキ



「そうだ。ねぇ、美晴、仕事のほうは大丈夫だったの?」

「うん、なんとかね。もう人使いの荒い職場だからさぁ。もう少し労って欲しいよ」

「頑張ってるね」

「歩佳も、でしょ?」

その言葉に、笑みを返す。

ふたりとも頑張ってる。

そう同じことを思い、互いに胸を膨らませているのがわかる。

不思議だなぁ……

美晴とわたしって、根っこの部分で繋がってるって感じるんだよね。

部屋に入り、歩佳は定位置に腰を下ろした。

気に入りのクッションを胸に抱える。このクッション、大きさがぴったりというか、抱え心地が良くて安心する。

「それ、好きだね」

くすくす笑いながら、美晴は歩佳が抱えているクッションを指さす。

「うん。大きさといい、触り心地の滑らかさといい、安心するんだよね」

「なんだったら、それ、あげよっか?」

「ええっ? も、もらっていいの?」

「いいよ。荷物が少なくなれば助かるもん。帰りは歩佳の家まで車で送ってあげられるし」

「わあっ、嬉しいなぁ。ほんとにいいの?」

「武士に二言はござらんよ」

「ありがとう。大事にするね」

「そんな大げさな。お古なんだから、適当に使ってボロくなったらポイでいいよ」

「そんなもったいないことしないよぉ」

顔をしかめて言ったら、美晴は笑い、「ああ、そうそう」と何か思い出したように言う。

「なあに?」

「梨とブドウ、ありがとうね。抱えてくるの大変だったでしょう?」

思わず、恭嗣の真似をして『巨峰』と言いたくなったが、やめておく。

「うん。まあね。雨が降らなかったら楽勝だったんだけど……あっ!」

し、しまった!

「何? 歩佳、どうしたの?」

「柊二さんのパーカー。洗面所に置きっぱなしにしてきちゃった」

「なんで、それでいいんだよ。濡れてっから洗濯するんだし」

「だ、だって、お借りして、脱いでそのままだなんて……お礼を言って、お返しするべきなのに」

お借りした状況を思い出し、おのずと頬が赤らんでしまう。

「そんな堅苦しいこと……まったく、歩佳は柊二に遠慮しすぎ。三つも年下のガキンチョなんだから、『柊二』って、呼び捨てにしちゃってもいいくらいだよ」

「そ、そんな……柊二さんはガキンチョなんかじゃないし」

「身長はでかいからねぇ。でも、社会人のわたしらにとって、高校生はまだまだガキンチョだよ。ふふん」

優越交じりに豪語する美晴だが、歩佳の目には、お子ちゃまが一生懸命お姉さんぶってるようにしか見えなかったりする。

「ねぇ、夕飯までまだ時間あるし、歩佳の持ってきてくれた梨とブドウいただいちゃってもいい?」

「うん。食べて」

「そいじゃ、取ってくる。……皮を剥くナイフも必要だな」

独り言のように言いながら、美晴は部屋を出て行った。

ひとりになり、歩佳はクッションのやわらかさを味わいながら、美晴の部屋を見回した。

古い家だけど、掃除が行き届いて、住み心地のよさそうな家だよね。

泊まらせてもらっても、落ち着けるし……

なのに取り壊して建て替えちゃうんだなぁ。

柊二さんは、建て替えてる間、どこに移り住むことになっているのか、聞きたいんだけど。

まあ、聞いたからって、なにがどうってわけでもないんだけど……ただ、知りたい。

そのとき、ドアの外から階段を上がってくる足音が聞えてきた。

こ、この足音……み、美晴じゃない……しゅ、柊二さんだ……

思わず息を詰めて、耳を研ぎ澄ます。

柊二さんの足音……だんだん近づいてくる。

ドキドキと胸を高鳴らせ、ドアに目を向けたが、なんとドアが十センチほど開いている。

足音がドアに近づいていることに、歩佳は慌てて顔を逸らした。

十センチの隙間越しに目を合せてしまったら、物凄く気まずい。

柊二の部屋は美晴の隣だ。
歩佳は足音がドアの前を通り過ぎ、隣の部屋のドアが開閉する音を聞き取ってから、とめっぱなしだった息を吐き出した。

はあっ! 苦しかった。


梨とブドウとくだものナイフを持って、美晴が戻ってきた。

「ねぇ、歩佳は果物の皮を剥くの、得意だよね?」

「得意ってほどじゃないけど」

「よしっ。なら、はい歩佳、お願いします」

美晴は、歩佳に梨とナイフを差し出して頭を下げる。

「わたしさぁ、くだものの皮を剥くのは苦手なんだよ」

「えーっ、そうなんだ? 美晴って、なんでも器用なのに」

「これまで母にやってもらってばっかりいたからさ、経験がぜんぜん足りてないんだよね」

「そういうことか。なら、機会があるごとに進んで練習したほうがいいよ。剥けないより剥けたほうがいいと思うし」

「えーっ、そう言わずにさぁ。今日のところは、歩佳お願い!」

額の前で両手をパチンと合わせてお願いされる。

「わたしはいいけど」

「やったーっ!」

美晴は両手を上げて大喜びだ。

小学生の姪っ子みたいで可愛い。

こんなこと、本人には言えないが……

梨を手に取り、歩佳は皮を剥き始めた。

「ほんとに、ここ、取り壊しちゃうの?」

皮を剥きつつ、思わず尋ねてしまう。

「まあねぇ。確かに、この家に思い入れはあるからさぁ、わたしもすっごい複雑な心境なんだけど」

うんうん、だろうなぁ。

わたしだって、生まれ育った実家を取り壊して新築するって言われたら……やっぱり複雑な気持ちになると思う。

家の中のあちこちに染みついている懐かしい思い出が消えちゃう気がして……

「でも、実際、あちこちガタが来ててね。ほら、わたしの部屋のドアとかも、ぴったり閉じなかったりするしさ」

歩佳は美晴の指さすドアに目を向けた。

さっきと同様に、十センチほど開いたままだ。

「リフォームも考えたんだけど、リフォームしたいところが多すぎて、予算を考えたらまるっと建て替えるのと変わんないわけよ。そしたら、新築のほうがいいってことになってさ」

「それはそうだろうね」

皮を剥き終わり、頷きながら切り分けていく。

「あっ、そうだ。梨の前に、こいつをひとつ味見させてもらうかな」

美晴は巨峰を一粒摘まみ、丁寧に指で皮を剥き始めた。そして、「いずれ、柊二が結婚するじゃん?」と言う。

歩佳はその言葉に不意を突かれてしまい、思わず手元を狂わせて指を切りそうになった。

あ、危なかったぁ!

かなりの動揺っぷりで、まともに見られていたなら不審に思われたかもしれないが、美晴は目を細めて満足そうに巨峰を味わっている。

歩佳はほっと息を吐いた。





つづく




   
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