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◇100 ティラ ねぐら探索
集落のある場所を抜けると、見渡す限り田畑が広がっていた。さらにはかなりの規模の果樹園もある。
襲撃を集中的に受けたのは集落のある区域なので、この辺りは平和なものだった。
魔牛に魔羊などの家畜が自由に草を食んでいたりもする。遠くに目指す滝も見えて、まったく壮大な景色だ。
その時、ティラの頭の上に浮いていたトッピがぴゅーんと、飛んで行った。
まっすぐ滝に向かっているようだ。
「勇者様、ペットが飛んで行ってしまいましたが」
不安そうにソーンが話しかけてきた。
「ねぐらに戻っただけだと思うけど」
「そ、そのようですね」
ソーンはソワソワしている。またそのまま居つくのではないかと心配なんだろう。
「大丈夫。絶対に連れて帰るから」
力を込めて宣言したら、ソーンは気まずそうにする。
「勇者様、申し訳ございません。ですが、助かります。よろしくお願いいたします」
がっつりと期待を込めてお願いされる。
それでもまだ不安が消えないようだ。
トッピ、かなりの厄介者だったみたいだなぁ。
元飼い主としては、はなはだ申し訳ないことをしましたと、謝りたくなった。
「こうも広いとは、想像してなかったな。見える範囲、ずっと妖精族の里なのか?」
ゴーラドがソーンに尋ねる。
「はい。もう少し奥まで続いています」
「これだけの範囲を結界で守っているとは、凄いな」
「我ら里の者は、防御魔法は得意ですので」
ゴーラドとソーンのやりとりを聞いていたキルナが、いささか納得いかないという顔で首を傾げる。
「結界で安全が確保されていて、長い間この暮らしをしていた割には、戦いに慣れていたようだが」
「妖魔族という脅威がある以上、剣や弓の訓練をかかすことはできませんでしたし、狂暴な魔獣相手の実戦も行っております。ただ、残念なことに妖魔には歯が立ちませんでしたが」
「それは違うと思うな」
「勇者様、違うとは?」
「妖魔は自分たちより強いって思い込みすぎてたんじゃないかと思う。相手に最初から怯えてたら、出せる力も出せないもの」
「そうなのでしょうか? いえ、そうかもしれません。実際、この僕も……」
ソーンは眉を寄せ、考え込んでしまった。
「それでソーン、魔獣相手の実践は、里から出て行くのか?」
キルナは考え込んでいるソーンに構わず問いかけ、答えを催促する。
「いえ。我らの姿を見られては里の存在を知られてしまう恐れがありますので、外に出ることはありません。ですが、魔獣が生息している地域も保持しているのです。滝の向こう側の広大な森がそうです」
「魔獣は里に出て来られないようにしてあるわけね」
「はい、勇者様、その通りです」
「だから、その勇者様はやめてくださいってば」
「そのようなわけには……」
やれやれ。いくら頼んでもやめてくれないとは、困ってしまうな。
道は田畑を抜けて、果樹園の中に入った。
「どの木にも大きな実が実っているな。あれは見たことがない果物だが……」
ゴーラドが興味津々で見つめていると、ソーンは身軽く飛び上がり、高い枝に生っている見事な実をもいだ。
「これはランタです。とても甘いですよ。食べてみますか?」
ソーンはゴーラドに手渡すと、もうふたつもいでティラとキルナにもくれた。
歯ごたえがあるけどジューシーで、ふわっと甘味が口いっぱいに広がる。
「おいしいっ!」
思わず叫んでしまう。
嫌味のない味だぁ。普段毒ものの個性的な果物ばかり食べていたりするので、この純粋な甘みは最高に美味しく感じる。
夢中で食べていたらあっという間になくなった。気づくと、三人がじーっとティラを見ている。
「な、何?」
「いや、瞬く間に食ったな」
見ると、キルナもゴーラドもまだ一口二口齧ったくらいだ。
「だって美味しかったから」
「勇者様、よろしかったらもうひとつお食べになりますか? それとも他の果物を試されますか?」
ソーンが優しく問いかけてくれる。
もちろん遠慮などするティラではないので、歩きながらたらふく果物を食べた。
あー、ここは最高の場所だねぇ。
「昼飯が入らなくなるぞ」
ゴーラドに笑いながら注意される。しかし、キルナは「そんなわけあるか」と否定する。
「平然と、私らより食うに決まっている」
「わたし、そんなに食べませんよぉ」
むっとして言ったら、力強く「「それはない!」」とふたりに言われた。
◇
わあっ、素敵なつり橋がある。
植物のツタで作られたつり橋は、最高の芸術点をあげたいほど美しく編み上げられていた。
「こんなものが作れるんだな」
つり橋を渡りながらゴーラドは足元の感触を確かめている。
「作り手がこだわるのですよ。腕を競ったりするので、つり橋はいたるところにあります」
「全部見てみたくなるわね」
「勇者様、よろしかったらいつでもご案内いたしますよ」
親切な申し出にティラは微笑んだ。
「ありがとう」
わたしが勇者だからではなくて、彼は誰にでも優しそうだ。
滝の水音がだんだん大きくなってきた。轟音と言ってもいい。
霧が立ち込め、日の光で虹がいくつもかかっている。
滝の裏側にあるという洞窟に辿り着くためには、どうも水浸しになる必要があるようだった。
ティラは気にしないが、ゴーラドとキルナは躊躇を見せている。
「ずぶぬれになっちゃいそうだし、ここはわたしひとりで覗いてきますよ。三人ともここで待っててください」
「僕はゆきますよ」
ソーンが即座に言う。さらにゴーラドとキルナも、ここまで来たなら行かない選択はないと言うので、一緒に行くことになった。
「凄い水圧だな」
怒涛のように落ちてくる水をまともに頭に浴びてしまい、みんな見事に水浸しだ。
それでも滝の裏側に回ってしまえば、もう水が当たることはなかった。
洞窟の中はびっしりとオレンジ色の小花が咲いていた。洞窟の中も川が流れていて小花の根は水に浸かっている。この環境でないと育たない花なのだろう。
「この花は?」
「ザビラの花です。魔核石の小さな赤い実が生るのです」
ああ、トッピはこれを気に入って食べてたわけね。それで身体が真っ赤になってたんだ。
洞窟内は広いので、トッピの姿は確認できない。
「トッピー」
呼んでみたがトッピは姿を見せなかった。
ソーンを見ると、不安が増しているようだ。
連れ帰ると言った以上は、なんとしても連れ帰らねば。
「トッピー、出て来ないとこっちから行くけど、いいの?」
脅しを込めて言ったら、奥の方でトッピの気配が微かにした。
そう、出て来ないわけね。ふっ。
「このわたしから隠れようなんて、一万年早いわよ、トッピ」
言うが早いか、ティラは動いた。
一瞬で距離を詰め、同時に槍を取り出し、目的物を突く。
いい感じの感触を得て、ティラはにやりと笑った。
槍の先にはトッピが串刺しになっていた。
「ぷっぴぃーーーーっ」
「ティラ!」
「まさか⁉」
「おいおい」
トッピの悲鳴とともに、三人の声が洞窟内に響き渡った。
ちょっとやってしまった感があるが、こうしないとトッピは捕まえられないのだ。
三人が駆けつけてくる。
「お前ときたら、自分のペットを殺してどうするんだ?」
「殺してませんよ。この子不死身ですから、殺そうとしても殺せません」
「不死身?」
いまだ槍に刺さったままのトッピを見せる。もちろん怪我などしていないし出血もしていない。
「ぷっぴぃーーーーっ」
哀れを誘う目で鳴く。
「可哀想だろう。槍を抜いてやってはどうだ?」
キルナがトッピに同情して言う。
「槍を抜いたら、また隠れちゃうかもしれないんで、このまま連れて帰ります」
「いや、さすがにそれはやめてはどうだ? 見るに堪えないぞ」
そう言われると……困ったな。
そうだ、卵があれば、なんとかなるかも。
「ちょっとこれ、誰か持っててください」
トッピが串刺しになっている槍を差し出すが、誰も受け取ってくれない。
三人を順に見つめたら、そろそろとソーンが手を出してきて、槍を持ってくれた。だが、ソーンはなんとも言えない表情をしている。
ティラは苦笑しつつ、トッピのねぐららしき場所を探ってみた。
おおっ、予想してた以上にごろごろあるじゃないか!
外れもあるが当たりも凄い量が転がっている。
こりゃ、ここにかなりの間いたみたいだなぁ。
「これがトッピの卵ですよ。いっぱいありましたよ」
ティラは卵を三つ手に取り、三人に一つずつ渡した。
「これがそいつの卵か」とゴーラドが言うと、キルナは「魔核石とはちょっと違うな」と感想を述べる。ソーンは手にした卵を見つめたままで何も言わなかった。
「使えそうなものだけ選んでひとまずわたしのポーチに入れときますね。もちろんこれは里のものなので、あとでちゃんとお返ししますから。あっでも、いま少し使わせてください。トッピを捕まえておくのに必要なので」
そう伝え、ティラは手頃な卵をいくつか手に取り、魔力を注いで卵を柔らかくする。
卵と言っても、魔核石の塊みたいなものなので、黄身と白身があるわけではない。
細く伸ばした卵を網状に編み、立ち上がったティラは、それを串刺しになっているトッピに頭からかぶせた。外れないように、最後はしっかり縛る。
「はい、オッケーです」
槍から引き抜くと、網の鎧を着込んだ卵のような姿だ。まあ、手足と尻尾もあるけどね。
「それ、いま作ったのか?」
「どうやって作ったんだ?」
「まあ、いいじゃないですか。とにかくこれでトッピは捕獲できましたし、戻りましょう」
三人とも納得のいかない顔をしているが、魔力でどうたらは説明できないのだ。
トッピを腰に下げ、ティラはさっさと洞窟を出たのだった。
つづく
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