冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇101 長ヤカナ〈密かな願い〉


ヤカナは、手にした魔核石食いの卵だというものを見つめて、物思いに浸る。

勇者様は、滝の裏の洞窟に住み着いていた魔核石食いを捕らえ、ずっと腰に下げておいでだ。

だいたいあの魔核石食いを捕まえてしまわれたことが脅威なのだ。長い年月、里の誰もなしえなかったことなのだから。

そして魔核石食いのこの卵も、里のものだからとすべてお渡しくださった。
魔核石のように加工して使えるそうなのだが、まだ手つかずのまま置いてある。魔核石とは違いがあり、加工が難しいようなのだ。

ともかく、勇者様達がおいでになるのも今日が最後となってしまった。

勇者様たちが手伝いをしてくださったおかげもあり、修復は順調に進んだ。広場でテント暮らしをしていた者たちもみんな自分の家に戻れている。

「ヤカナ様、勇者様たちが参られました」

「ああ、入ってもらっておくれ」

勇者様達はソーンを伴い座敷に入ってくる。

ヤカナは世話になった礼を伝え、感謝の気持ちを込めて、用意しておいた様々な品を運んでこさせた。

「えっ、これ全部頂いていいんですか?」

ゴーラド様は、目を丸くして驚かれる。

だが、ヤカナの気持ちとしては、こんなものではとても足りないと思っている。

里の者全員を妖魔と言う恐ろしき者達から救ってくださったのだ。どれほど礼をしたとしても足りぬだろう。

「この剣、わたしがもらってもいいですか?」

勇者様は、ソーンが持っているのと同じような長剣を手に取り、それは目を輝かせておいでだ。

「もちろんでございます。気に入っていただけるものがあってよかった」

「しかし、こんなにもらっては……」

「そのような遠慮はご無用です。さあ、お納めください」

「せっかくだ。ゴーラド、いただいておこう」

凛々しいキルナ様は、遠慮などみせず、腰のバッグから取り出した不思議な袋にすべてしまわれた。

「独り占めはしないから安心しろ」

ゴーラド様に向けて口にし、にやりと笑われる。

誠に楽しいお方たちじゃ。

ヤカナもつい笑ってしまった。

いや、笑っている場合ではなかった、本題に移らねばな。

「ところで、勇者様」

「はい」

「ひとつお願いがあるのです」

「お願いってなんですか?」

「このソーンを、従者として連れて行ってはくださりませんか」

「えっ? ソーンさんを?」

「はい。此度の御恩に報いるため、里の者を代表して勇者様をお守りするよう命じました」

「そんなこと、させられませんよ」

「それではわしらの気がすみません。どうか、ソーンを従者に」

平伏するとソーンも前に進み出てきて、深々と頭を下げる。

「勇者様、お願いします。僕を従者にしてください。この通りです」

「で、でも……」

「まあ、いいじゃないか。長とソーンの気持ちを汲んでやれ、ティラちゃん」

「ゴーラドさん?」

「私もいいと思うぞ。従者となって里から出て、見聞を広げる。ソーンにとって悪いことじゃない」

おふたりの口添えもあり、勇者様も折れてくださったようじゃ。

「みんながそう言うなら……ソーンさん、本当にいいの?」

気持ちを確かめるべく、勇者様に優しく問いかけられ、ソーンは微笑んで頷く。

こうしてソーンは、勇者様たちと旅立つこととなった。

ヤカナはほっと胸を撫で下ろす。

これで目標の一段階目を越えられたといえる。

共に旅をする中で、ソーンが勇者様のハートを捕らえ、里に連れ帰ってくれることを密かに願う長ヤカナであった。



◇ソーン

何を持っていけばいいのだろう?

ソーンは自分の部屋にいて、頭を抱える。

勇者様たちと旅に行けることになったのはいいのだが……

こんなことはむろん初めてなので、何を用意すればいいのかわからないのだ。

必要と思われるものを、全て集めた部屋は、いろんな品で山になってしまっている。

長剣が数本。弓と矢もできれば持っていきたいし、着替えの服に靴の替え、帽子……どれひとつとして不要なものはないのだが、こんなに荷物を抱えていっていいものなのか?

「ソーンさん、ティラですけどぉ」

突然ティラがやって来て、ソーンは慌てて玄関に急いだ。

「勇者様、どうされました?」

「これ、必要だろうと思って、家に帰って父にもらってきたんだけど」

家に帰って父にもらってきた? 勇者様の家はこの近くだとでも?

「ソーンさん?」

困惑していたらティラに名を呼ばれ、ソーンは我に返った。

「は、はい。なんでしょうか?」

「だから、これ」

差し出されているのは水色のカバンのようだ。

「ソーンさんの髪の色に合わせてくれたの。どう、気に入った?」

「これを僕にくださるのですか?」

「これは魔道具のウエストポーチなの」

「ウエストポーチ?」

「そう、ここを開けて、なんでも入れられるから」

「なんでも? もしや、勇者様が腰にさげていらっしゃるそれと同じものですか?」

そのような不思議なものを、この僕に下さると言うのか?

「で、ですが、そのような高価なもの、いだだくわけには」

「いいからいいから、これ持ってないと、旅するのに不便ですよ。仲間にも迷惑かけちゃいますから」

そう言われてしまうと断れない。

「それでは……ありがたく。あの、勇者様の父上様にもお礼をお伝えください」

「はい」

かわいらしく頷いたティラは、ポーチの使い方を丁寧に教えてくれた。

「それじゃわたし達、結界の出口のところで待ってますね。ソーンさんの支度が出来たら出発するので。挨拶したい人がいたら、遠慮せずにゆっくり挨拶してきていいですからねぇ」

なんというお優しいご配慮だろう。実を言うと、まだ両親に里を出ることを知らせていないのだ。あまりに突然で、身支度のことばかり頭にあって。

ティラの言葉に甘えさせてもらい、荷物を不思議なポーチに全部入れたソーンは、改めて長に挨拶し、さらに長老たち、それから別の家で暮らしている親兄弟にも挨拶して回った。

みな突然のことにひどく驚きはしたが、勇者様の従者として務めを果たすことを誉と思ってくれたようで、涙はあったが温かい見送りをもらった。

そしてソーンは、愛する里を出て、大きな世界へと踏み出したのだった。





つづく



 
   
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